土谷雄一さん 別府市明礬・湯元屋旅館
「これこれ、このお湯が最高なんよ」
別府市明礬の「湯元屋旅館」の内湯へと案内してくれたのは、温泉巡りのスタンプラリー「別府八湯温泉道」の第一人者である土谷雄一名人(47)。数多くの温泉に通じた名人の声が弾んでいる。別府でも珍しい泉質の「酸性—アルミニウム—硫酸塩泉」に期待は高まるばかりだ。
お湯の色はグレー。多種多様な温泉が自慢の別府八湯でもなかなかお目にかかれない。この色合いは泥に由来していて、湯船の底には粘土のような温泉成分が積もっている。「pH1・8の強い酸性やけん、染みるで」。好奇心のままにお湯を少しなめると、カボスの上をいく酸っぱさ。かすかな渋味も潜んだ深みを感じた。
ゆったりと目を閉じた土谷名人が深く息を吸い込んで言った。「ガスのような臭いがするやろ」。運動会で使うピストルの火薬の香りもよぎった。いやいや、やはりゆで卵?。ワインを吟味するソムリエの気分でしっくりくる言葉を探していると、あっという間に長湯になった。
湯の街・別府に暮らす土谷名人にとって、温泉はあくまで一日の汗を流すためのもの。88カ所のスタンプを集めると名人になる温泉道を44巡し、王位名人となったのも、日々の入浴の積み重ねの結果だ。
だからこそ、強酸性でせっけんが泡立たない湯元屋での入浴は、土谷名人にとって特別な時間。五感を研ぎ澄まして、体中で温泉の個性を楽しむための入浴なのだ。
「明礬温泉では、隣の宿でも泉質が全く違うんよ」。創業130年を超える湯元屋を切り盛りするおかみの加藤信子さん(69)は言う。小さな宿の経営は楽ではないが、「この温泉を守るために旅館を続けているようなものね」。若おかみの吉良美智代さん(45)と顔を見合わせて笑った。
「おんせん県おおいた」の魅力は、日本一の湧出量や源泉数をベースにした温泉の「多彩さ」だ。温泉地ごとの特長に加え、一つ一つの温泉にも違いがある。単純泉、硫黄泉といった11種類の泉質分類には収まりきれない、複雑微妙な違いを楽しむ湯巡りの世界に、温泉道名人が誘う。
つちや・ゆういち 大分市出身。車椅子利用者の温泉入浴介助を手掛けるNPO法人「ゆぴあ」理事長。JR九州による「九州温泉道」対象施設の選者も務める。
データ
湯元屋(TEL0977・66・0322)は不定休。立ち寄り湯の受付時間は午前10時から午後8時。湯船は内湯と露天の2カ所。50分で1人400円(小学生以下200円)。