空襲体験者の証言を本紙連載企画「大分の空襲」(1973年8~9月)から再掲します。 <大分市府内町 木村ハズさん> 七月十六日の夜半、空襲警報と同時に夫は警防団員として荷場町小学校に出動しました。予感というのか「今夜あたりどうも...
太平洋戦争末期の1945年7月17日、大分市は米大型爆撃機B29による大規模な焼夷(しょうい)弾攻撃を受けた。午前0時過ぎから1時間20分に及ぶ爆撃で、市中心部が焦土と化した。 B29は約2500キロ離れたサイパン島から飛来。計124...
空襲の被害は広範囲に及んだ。特に現在の中央通りの西側にある中央町や都町は多数の焼夷(しょうい)弾が落ち、密集する木造建築物が焼き払われた。 米軍は、現在の国道197号と中央通りが交わる昭和通り交差点を「爆撃中心点」に設定。消火不能な大...
【大分】大分市牧の県護国神社は24日から、境内の史料館「寄須処(よすが)」で、旧日本海軍の戦闘機「ゼロ戦」のエンジンとプロペラを公開する。戦後80年の特別展示で、終戦の日にまつわる資料も併せて紹介する。...
【宇佐】宇佐市上田の市民図書館2階の渡綱記念ギャラリーで、戦後80年の企画展「雑誌『主婦之友』目次から見る戦時下」が開かれている。11日まで。...
戦争反対を訴える市民団体「赤とんぼの会」が、8月15日の終戦の日に合わせて大分合同新聞など4紙に意見広告を出す。今回のテーマは「『あの時は、まだ平和だった』と後悔しないために憲法九条を世界へ」。...
原爆の被爆者を追悼する「ノーモアヒバクシャ大分の集い」が15日午後4時半から、大分市金池南のJCOMホルトホール大分である。...
【東京支社】大分ゆかりの前衛芸術家で作家の赤瀬川原平(1937~2014年)らの戦争体験を投影した作品を集めた「戦後80年 1945年の記憶」展が18日まで、東京・銀座のギャラリー58で開かれている。エッセーの直筆原稿や雑誌に掲載されたペ...
【大分】太平洋戦争の終結を告げる玉音放送の後、大分海軍航空基地から出撃した「最後の特攻」。死亡した隊員の親族で、隊員に関する著書もある道脇紗知さん(46)=福島県いわき市=が6月28日、基地のあった大分市を訪れた。...
臼杵町(現臼杵市)の平清水地区から門前地区にかけて、未明に焼夷(しょうい)弾が投下された。...
米大型爆撃機B29の編隊が佐伯市に飛来し、佐伯駅周辺や市街地に爆弾を落とした。現中村西町の本馬場通り沿いにあった防空壕(ごう)に直撃し、避難していた多くの住民が即死。他の被害を含め市民46人が亡くなった。隣の東上浦村(現佐伯市上浦)でも浪...
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