編集局記者が本紙とはひと味違う記事をお届けします。
大分市に米軍機の編隊が飛来し、爆撃機が投下した焼夷(しょうい)弾で市街地の西部が広範囲に焼かれた。 当初は熊本市が攻撃目標だったが、先発隊の爆撃による煙で視界が悪くなったため、狙いを第2目標の大分市に切り替えていた。7月の大分大空襲で...
人間の命、命をつなぐ家族の歴史、戦争で失われる命、助けたい命。「人は生きてこそなんだ」。シンガー・ソングライター蘭華(らんか)は、そんな思いを込めてステージに立つ。デビューから10周年を迎え「何とかここまで来れました」をサブタイトルにした...
米国を代表するプロレスラー、ハルク・ホーガンさん死去のニュースが25日未明に流れた。享年71。人気、実力ともにキャッチフレーズの「超人」そのもので、世界中で愛されたスーパースターだった。大分にまつわるホーガンさんの思い出を振り返りたい(以...
大分市と大分空港を海路でつなぐホーバークラフトの定期運航が7月26日に始まる。その日が目前に迫った20日朝、私は大分市駄原(西大分)のホーバーターミナルおおいた(通称ホボッタ)にいた。報道機関向けの乗船会だ。 訓練中の事故など困難を乗...
<別府市 飯田哲朗さん> 真夜中の県都に2万発の焼夷(しょうい)弾が降り注いだ。太平洋戦争末期の1945年7月17日未明にあった大分大空襲。中学3年だった飯田哲朗さん(94)=別府市山の手町=は、現在の大分市都町で爆撃に見舞われた。「経...
九重町野上の野矢小は2024年度から「親子山村留学」の受け入れに乗り出し、今年4月には1組目の家族を迎え入れた。山村留学は教育の選択肢を広げ、少子化に悩む過疎地域にとっては学校存続の希望にもなっている。住民の思いや、豊かな自然と文化に触れ...
今年1月下旬。スキーウエアに身を包んだ九重町野上の野矢小の児童たちが、太陽を反射するまぶしいゲレンデで笑顔を輝かせていた。町内湯坪には、九州最大規模を誇る九重森林公園スキー場があり、毎年の恒例行事になっている。 「自分で止まれるように...
特攻の命令を受けた三浦秀逸さんらの第24振武隊は、1945年春から千葉、大阪、山口へと基地を転々とした。 この頃の手紙には、特攻への覚悟やサクラの花に寄せる思いと併せ、かつての家族での暮らしを懐かしむ記述もある。大阪では伯母の家を訪ね...
1944年12月5日。21歳の三浦秀逸さんは特攻隊員に任命された。この日の手紙は「取急ぎ申し上げます。本日」の後が検閲で黒塗りになっている。かすかに見えるペン先の跡から、「大命を拝しました」と記していたとみられる。 検閲による黒塗りは...
陸軍の特別操縦見習士官(特操)の1期生として飛行訓練を受けていた三浦秀逸さん。1944年春には中国大陸に渡って訓練が続いた。手紙に「見るもの聞くもの珍しきものばかり」「大陸の黄砂のひどい事、今更ながらおどかされました」などと現地の様子を興...
特攻隊員だった三浦秀逸(しゅういつ)さん(享年101)が戦時中に家族へ送った手紙43通の全文を、4回に分けて紹介する。 三浦さんは旧制の高等農林学校から1943年10月に熊本県の大刀洗陸軍飛行学校隈庄教育隊へ入った。当時19歳。入...
「元米軍パイロットが写真の家族を捜している」 5月上旬、大分合同新聞社に一通のメールが届いた。差出人は東京都内の女性。以前から交流のある米国の男性が、50年前に佐伯市の砲台跡を訪れた際、日本人の家族連れと出会った。その時に撮った写真を...
元米軍パイロットが50年前に撮った写真。そこに写っていた家族を捜そうと意気込んで始めた聞き込みは、予想外の展開になった。1軒目で親戚の家にたどり着いてしまったのだ。 写真を見て「私の伯母さんや」と声を上げたのは、佐伯市蒲江西野浦の浪井...
米大型爆撃機B29の編隊が佐伯市に飛来し、佐伯駅周辺や市街地に爆弾を落とした。現中村西町の本馬場通り沿いにあった防空壕(ごう)に直撃し、避難していた多くの住民が即死。他の被害を含め市民46人が亡くなった。隣の東上浦村(現佐伯市上浦)でも浪...
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