ひと、まち、暮らし、文化――。変わりゆく泉都・別府市のリアルな「素顔」を描写した長期連載。
※大分合同新聞 夕刊社会面 2007(平成19)年10月22日~2009(平成21)年3月14日掲載
別府タワーは、温泉観光都市のシンボル的な存在だ。 「空に伸びる姿が格好良くてねぇ。誰もが羨望せんぼうのまなざしで見上げてましたよ」 小畑敏治。78八歳。 建設当初から約20年勤めた元...
白菊で飾られた祭壇。ほほ笑む遺影に、いつもの口調で語り掛けた。「おい、おまえ……早過ぎるぞ」 長野清一。70歳。別府緑丘(現・芸術緑丘)高校時代、野球部で鉄腕・稲尾和久とバッテリーを組んだ同級生。 「アイツがいたから、おれも頑張れ...
リヤカーと生きて、かれこれ40年近くになる。 脇敬子。61歳。亀川商店街などで鮮魚を売り歩く行商人。 「始めたんは……幾つん時やったかな。37歳になる下ん子が、おなかに入っちょん時やったけんなぁ」 ♨ ...
こん別府ん街、わたしゃあ好きですねぇ。食べモンうまいし、安い温泉もある。だから市外から来た客にはよう言うんです。1度でいいから住んでみてくださいよ、て。 〈 星野金弘。74歳。泉都では最古参の老練理容師 〉 ...
当時47歳。腕には自信があった。「できますよ」。気軽にそう答えてから、不安になった。「えらいモンを請け負うてしまった……」 武蔵次男。85歳。 JR別府駅西口から見える雑居ビルの壁面に、芸術家・岡本太郎の陶板壁画を手掛けた元タイル...
接ぎのない象牙のマルバチで、三味線を奏でる。 古賀美保子。芸名「直美」。この道、約35年の現役芸妓げいこ。 「芸者に年齢を聞いたらいけんのよ。お客さんに夢を売る商売やけん」 着物の袖...
〈 米沢日出男。79歳。別府湾に船を出して60年以上の古参漁師 〉 確か昭和20年の7月じゃったと思う。すぐ終戦になったけんな。オヤジが1人ではえ縄しよって、手伝いだしたんが始まりじゃ。確か……16か17ん時やった。 ...
特大のミラーボールが回転していた。 目の前にフロア。その向こうには、和服やドレスで着飾ったホステスが約300人。1階・中2階・3階のボックス席を行き来している。 さて、いくか――。...
あれは夢幻だったのか。 アロハシャツにレイバンのサングラス。颯爽さっそうと左ハンドルのジープを操る自分を、青い目の彼らは「マイク」と呼んだ。 井上義夫。78歳。戦後、別府に進駐した米軍の...
昔のカマは男女混浴だったでしょ。常連の年寄りが体を寄せ合って湯治してたの。家庭的とゆーか、本当の裸の付き合いがあってね。あの雰囲気が好きだった。 わたしの指定席は一番左でね。重機でガガーッと壊される時は、ああ、あそこに寝転んで泣いたり...
車窓を照らす夜景が目に焼き付いている。 藤内森人。72歳。今はなき別大電車の元運転士。 「あの当時、泉都のネオンはものすごかった。かんたん(西大分)から別大国道に入ると、別府湾の向こうに光の帯が見えてくる。そりゃあ、キレイやったな...
開演のブザーが鳴った。 「ナショナルテレビ」と刺しゅうされた緞帳どんちょうが上がる。思わず、背筋が伸びた。 有線のインカムを耳に当てながら、全員に指示を出す。 「いかにステージを演出...
第3泳者だった。 1964年。東京五輪。舞台は代々木オリンピックプールの第六コース。 全世界注目の水泳女子400メートルメドレーリレー決勝。日の丸を背負った「なでしこ4人娘」は4位に終わった。 タッチの差で、メダルは胸元から逃...
ブザーが響く。 「平成〇年第〇回別府市議会定例会は成立致しました。ただ今から開会致します」 議長がそう告げた時、既に書き終えている。右手は次の言葉を待っている。 桐生能成よしなり。6...
バブルんころは30人ぐらいおったんよ。今は市内に16人。いつん間にか自分が一番、古なった。時代にヤットコサ付いていきよる、ちゅう感じですわ。 〈 首藤省三。71歳。...
3・8mm。均一の長さに刈り込んだベント芝に、自分の「魂」を宿している。 日野幸次郎。60歳。セントレジャー城島高原ゴルフクラブのコース管理を手掛けるグリーンキーパー。 「24時間、寝ても覚めても芝のことを考えとる。...
剪定せんていされた樹木。大空を翔かける野鳥たちにとって、生い茂った緑は安息の地だった。 川田康。75歳。 別荘文化の象徴「旧麻生別荘」(山の手...
なぜ別府へ? いつも、そう聞かれる。 きっかけは新聞広告だった。別府湾を一望する分譲地のパノラマ写真。 絶景に魅せられた。 「取りあえず見に行こうかな、と。そしたら、いっぺんに気に入っちゃってね。パッと1人で決めた」 ...
食は別府にあり。 そう断言してもいいだろう。 戦後の復興期から高度経済成長期へ。...
とり天は「けなげ」だ。 実力はある。なのに威を張ろうとはしない。グルメブームの昨今。主義主張を誇示せず、ただひたすらに「庶民派」を貫いている。 豊の国ではメジャーな料理でありながら、一歩、県外に出ればマイナーな存在。 食堂、居...
左手にフォーク。右手にナイフ。ちょっぴりリッチな気分で、白い皿に盛られたライスをいただく。 戦後の復興期。泉都・別府の路地裏に漂うソースのにおいは、どことなく、ハイカラな香りがした。 ♨ NHKがテレビ放...
その思いはある日突然、やって来る。「焼き肉が食べたい……」。すると、居ても立ってもいられなくなる。 肉にうるさい別府市民の多くは、大抵、市内に行きつけの「ひいき店」がある。 カルビが旨うま
別府冷麺めん。 言わずと知れた湯の街オリジナルの食文化である。 キャベツのキムチ。牛肉のチャーシュー。三日月形にスライスされたゆで卵。 昆布などからだしを取った琥珀
もはや芸術である。 客を喜ばす。そのためにまず、目で楽しんでもらう。 熟練の技が必要だ。 専用のふぐ引き包丁で身を薄く切る。包丁にまとわりつく身を切っ先に載せて、そのまま手を使わず大皿に1枚、1枚描いてゆく。 ふぐの波盛り...
ロールケーキ。その発祥の地が泉都・別府であることはあまり知られていない。 ただ、洋菓子業界では有名な話だ。 「最初に考案したのはニュードラゴン。そこから全国に広まった」 スイーツを手掛けるパティシエの間では、「伝説」として語り...
不思議なパンである。 手に取ると、憧憬しょうけいにも似た「あのころ」の記憶が頭を巡る。 家族で囲んだ食卓。大きく見えた両親の背中。元気だった祖父母。影が長くなるまで遊んだ地元の空き地……...
迷うことはない。 わずか7席のカウンター。目の前の壁に掲げられた「お品書き」から選べばいい。 〈 舌代 〉 鍋烙(やきギョーザ) 六百圓えん也 ビール 六百圓也 ...
約3週間前の6月12日午後8時16分。 別府の「食」を支えた1人の女性がこの世を去った。 徳丸千鶴子。享年87。老舗居酒屋「チョロ松」(北浜1丁目)のおかみ。 その日、いつも通りに出勤した後、厨房ちゅうぼう...
きめの細かい白い肌。艶つややかな曲線美。 もっちり、しっとり、ふんわり。張りのある豊満な「いでたち」が麗しい。 申し訳なく、表面を酢じょうゆに浸す。それを申し訳なく、口に運ぶ。 ホク...
従業員の発案だった。 「旅館で出す茶わん蒸しと同じように、この噴気で作ってみない?」 試行錯誤を重ねた。 卵、牛乳、砂糖。その割合を何度も変えては、蒸籠せいろに置いた。 砂糖と水...
11日付の紙面はこちら