ひと、まち、暮らし、文化――。変わりゆく泉都・別府市のリアルな「素顔」を描写した長期連載。
※大分合同新聞 夕刊社会面 2007(平成19)年10月22日~2009(平成21)年3月14日掲載
泉都・別府市。別府八湯の湯煙がたなびく街に、新しい変化の波が寄せている。...
夜に咲く。その妖艶ようえんな香りが好きだった。 一輪挿しを枕元に置くと、会いたい人の夢を見る。「台湾ではそんな言い伝えがあるの」。いつか別府で店を持ったとき、その花の名を付けよう――そう決め...
はやりの”光メーク”を施す。ナチュラル系のカラーを入れた髪を後ろで束ね、きらびやかな貸し衣装を身にまとう。 客をもてなすボックス席。その革張りのソファには、今日も「別のわたし」が座っている。 北浜1丁目のローズプラッツビル3階。...
透明ガラスのショーウインドー。「今夜のおかず」が蛍光灯に照らされている。その数、ざっと50品。 午後6時前。えんじ色ののれんをくぐると、約40席の店内はほぼ満席に近かった。配膳係の従業員が威勢よく迎える。 「いらっしゃい!」 ...
NHKラジオが午後8時の時報を告げた。ガラス戸の向こうから、時折、酔客たちのざわめきが聞こえてくる。 人気グループ「キャンディーズ」が解散し、「窓際族」の言葉が流行した1978年。料飲店がひしめく八坂ビル1階(北浜1丁目)の片隅に、の...
ぽつり、ぽつりとネオンが目を覚ます。 「取りあえず……」 「じゃあ、お疲れさん」 別府の街のあちらこちらで乾杯が始まる。夜の合図だ。 ♨ 流川通りの南側。...
ドアを開けた瞬間から、上質な大人の「夜」が始まる。 重厚なS字形の木製カウンター。年代物のスコッチやバーボンが並んだバックヤードに、柔らかな暖色系のライトが反射する。 「今日は何に致しましょう…」 いつもの席に座り、いつもの酒...
レジの奥から、夜の街の「喜怒哀楽」を見詰める。 あのにぎやかな団体は多分、これから2次会だ。スーツ姿のさっきのグループは、仕事帰りの”ちょい飲み”に向かう途中とみた。マップを手にした今の外国人、無事に目的地へとたどり着けるだろうか……...
半世紀前。”小便横町”と呼ばれた元町の裏銀座に、この建物は豪華キャバレー「ユーモレスク」として産声を上げた。 やがてキャバレーの看板は「チャイナタウン」と改名。その灯が消えた昭和50年代から約20年の時を経て、新たに赤いネオン文字が店...
今でも、勘定はアナログだ。 「電卓は押し間違えがあるけんなぁ。何か知らん、抵抗あるんよ。やっぱ、これが一番で」 ”あ・うん”のおしどり夫婦は、5つ玉のそろばんをパチンと指ではじいた。 ♨ 別府駅前通り...
「おれの用具一式を贈るから、記念に店に飾っといて。取りあえず、頑張れよ」 大リーグ、シアトル・マリナーズの城島健司から激励されたのは、2005年6月のオープン時だ。別大付属高校(現・明豊高)時代、同じ野球部寮で寝食を共にした。...
景気づけに、と生ビールを飲み干す。週末の午後9時すぎ。 居酒屋で勘定を済ませ、あてもなく、北浜通りを山手から海側に下ってテクテク歩いた。 1次会から2次会へ――。ホロ酔い気分の左党たちが勢い勇んで「次の店」を目指す活況の時間帯だ。...
「昔は薄暗くて怪しい雰囲気がありましたけどね。今は全然違いますよ。タレントの女の子も若くて明るく、エンターテインメント性が強い。お客さんに夢を売ってますから……ストリップは」 ♨ 北浜通りにあるA級別府劇場は...
特殊公衆浴場。いわゆる「ソープランド」と呼ばれる風俗店は、湯の街・別府に20軒ほど存在する。 「そりゃあ、もう業界はガラッと変わりましたよ。昔のように”闇の世界”が経営する店なんて、今の別府にはほとんどない。世間には知られてないですけ...
光熱費無料の豪華マンション寮完備。引っ越し全面援助。日給完全現金手渡し。託児所あり――。 「最高級の待遇で貴女あなたの夢をかなえます」。風俗の専門求人誌に躍る好条件。ソープランド嬢は、業界で...
月に120万円以上を稼ぐときもある、という。 私生活で会員証などを作成する際、職業欄には「接客業」と書き込む。「だって、ソープ嬢って書けないでしょ? 別にわたしは気にせんけど、相手が驚くと悪いけん……」。アイスコーヒーを飲みながら、洗...
たばこの灰を、トントンと灰皿に払った。 「不景気であればあるほど、質の高い女の子が集まってくる。就職口がなくなるからね」。別府でソープランドを営む桜木久男(59)は、ゆっくりと紫煙を吐き出した。 「昔のように重荷を背負い、追い詰め...
中学を卒業してから、底引き網の遠洋漁業に出よったんですわ。で、知り合いだった風俗店オーナーの運転手としてこん世界に入った。 24、5歳の時やったかなぁ。店の前に立つうち、そんまま客引きになった。今、58歳やけん、もう30年以上になる。...
ちあきなおみの名曲「喝采かっさい」が心に染みる。 〈 いつものように幕が開き/恋の歌うたう私に届いた報せは/黒いふちどりがありました 〉 その日も仕事だった。体調を崩していた...
帰途に就く酔客たちと擦れ違いながら、ネオンが消えゆく街に”出勤”する女性がいる。 店の裸電球をともすのは深夜1時すぎ。ガスこんろの火を止めて「今日」を終えるのは、いつも午前8時ごろだ。...
密度の濃い白煙が立ち上る。 頭上に特大の換気扇。目の前にはしちりん。網に「ドサッ」と置かれた塊のホルモンが、上質の備長炭にあぶられて変形していく。 店長の藤沢昇(31)がころ合いを見計らい、料理ばさみで食べごろサイズにカットする。...
地べたに座る。低い視線から、別府の夜の街を見上げる。 多分、誰も聞いていないだろう。でも、もしかしたら、どこかで誰かが聞いているかも――。 「だから……」。指先に思いを込めて、アコースティックギターの弦(げん)をつま弾く。 ...
ヘッドライトが近づいては通り過ぎてゆく。人影が途絶えた街に列をなす車両。そのエンジン音が夜の静寂しじまに吸い込まれる。 観光客の低迷に加え、LPガスの高騰が追い打ちを掛ける別府のタクシー業界...
街の鼓動スイッチを「オフ」にしたかのように、人の気配がパタリと消えた。 1本のマフラーを2人で巻いた千鳥足のカップルと擦れ違う。午前4時5分の北浜通り。時折、暗闇の商店街にハイヒールの乾いた音がこだまする。 ♨ ...
温泉都市・別府は「宿の街」と言っていい。 別府八湯の各エリアに点在するホテル、旅館、民宿……。...
何もない。料理もなければ、布団の出し入れもない。 気が向くままに寝る、起きる、温泉に身を沈める。何か食べたくなったら自炊し、時には、近くの店で出来合いを買って来る。 われながら不思議やな、と思う。自宅で過ごす、いつもの日常と変わら...
「どっから来はったん?」 「今朝は何、食べたと?」 「そっちの宿賃、いくらかえ」 方言が飛び交う別府市営鉄輪むし湯。無料の「足蒸し」に湯治客らが集まっては、井戸端会議ならぬ”湯端会議”で情報を交換する。 人に接して心も温ま...
友達か、と聞かれれば友達だ。 「たったさっき、こん宿のそこで知りおうたんよ。もはや友達というより、兄弟じゃ」 鉄輪温泉の貸間「双葉荘」(鉄輪東6組)。西日が差し込む6畳1間のふすまを開けると、じいちゃん2人が布団の上にいた。 ...
石畳が続く鉄輪温泉のいでゆ坂。その東口で「双葉荘」(鉄輪東6組)が貸間の看板を掲げて70年近くになる。 「ここはみんなが集う憩いの場。初めて見る人は必ず声を上げて喜ぶんよ。『わー、すごい』って」 おかみの伊東アサ子(63)が鉄製の...
アナログの貸間経営に”時代”を取り入れたのは、鉄輪井田3組の「陽光荘」だ。独特の湯治場情緒に、多くの外国人が訪れては「ワンダフル……」と目を丸くする。 3代目の主人・佐原秀治(52)は元外務省キャリア。1995年春、古里の貸間業を継ぐ...
11日付の紙面はこちら