2008年6月に発覚した県教委汚職事件は、贈収賄で教育者8人に有罪判決が下されるなど全国を震撼させた。「あの事件」は大分県の教育をどう変えたのか。教職員は何を思い、どんな気持ちで子どもと向き合っているのか。不正の温床とされた教育委員会は今、どうなっているのか。事件を振り返りながら、時代の波に翻弄(ほんろう)される教育現場をルポした年間企画。2010年度日本新聞協会賞候補作品。
※大分合同新聞 朝刊社会面 2009(平成21)年6月16日~2010(平成22)年4月18日掲載
「昔は皆、先生を尊敬してました……」。県のPTA役員を長年務めた70代の男性は、寂しげにため息をついた。 「愛情を持って子どもたちを抱き締めきらん。そうすることができる先生が最近、めっきり少なくなった気がする」 これも時代の流れな...
「わたしは昨年、採用試験を突破して採用された県内の教員です」 大分合同新聞の社会部に届いたメールは、携帯電話からの送信だった。 「わたしは採用取り消しや解雇にもなりませんでしたが、胸をえぐられるような思いをし、何も手に付かない...
県教委汚職の「その後」を注視する県民は多い。 匿名希望の読者。「人は事件を風化させてはならない、と言う。それは、組織として事件の教訓を次世代の組織に伝えることではないか。...
チャイムが鳴った。 7月10日、日田市内の小学校。授業を終えた男女9人の教職員が校長室に集まった。 教育現場の現状を把握するため、今夏から県教育委員(6人)が始めた学校訪問。 「昨年は大変な問題が起こった。改革を進めて教育界を...
県教育委員会の事務局は、9階建ての県庁別館(大分市府内町)にある。 本年度の職員数は402人。そのうち教員出身者は183人(46%)で、知事部局からの出向組など「教員出身以外」が半数以上の219人を占める。 平均年齢は45・6歳。...
「学校現場の先生たちは本当に大変な思いで教壇に立っている。苦労は承知している」 教室で汗を流す教員を思うと頭が上がらない、と知事部局出身の県教委元幹部は語る。ただ、違和感がないことはない。...
県教委の体質について、さまざまな関係者が苦言を呈した。そのことは、県教委汚職事件の原因をまとめた教育行政改革プロジェクトチームの報告書に記載されている。 〈 課・室長会議が形骸(けいがい)化しており、自由な意見を言えるような雰囲...
9月7日の定例県議会本会議。自民党県議の麻生栄作が一般質問に立った。 「(県教委の改革は)やっと動き始めた。胎動だ」と語った後、本題に入った。 「学校現場にはびこる前例主義も手伝い、何も変わらずにいる学校もたくさんある。変える...
教職員らの多くは年齢を重ねると、「自分の立ち位置」を考え始めるという。 学校現場にこだわり続ける人がいれば、希望を持って管理職を目指す人もいる。 スタンスは人それぞれだ。 夢をかなえたい―。...
県内の公立学校で働く教職員は1万人余り。その中から県教委に「抜てき」されるのは容易ではない。 “先生たちの先生”といわれる指導主事、あるいは社会教育主事として選考されるのが一般的となっている。 登用されると「学校現場に対して権...
県教委汚職事件は「色濃い仲間・身内意識」が大きな原因の一つとされた。 職員室、教育委員会、教育事務所、さらには研修先や飲み会、プライベートの集まり……。 いつも教職員らは「〇〇先生」と相手を呼び合う。...
7月上旬――。宅配業者が家に来る。ビール、清涼飲料水、和洋菓子……。のし紙には「お中元」と書かれている。 年の瀬――。今度は日本酒、焼酎、洋酒といったアルコール類のほかに鮮魚、乾物などが届く。すべてお歳暮だ。...
〈 今回の(県教委汚職)事件は、ほんの一握りの人間がやったことだ 〉〈 教員の世界は、お互いの仕事には干渉しないことが常識化している 〉〈 最終的には個人の問題 〉――。...
思わず絶句してしまうようなニュースだった。 女子中学生(14)に現金4万5千円を渡してみだらな行為をしたとして、日田林工高校の男性教諭(33)が9月3日、児童買春・ポルノ禁止法違反の疑いで福岡県警に逮捕された。...
「またか……」。40代の男性高校教諭は鼻白んだ。 「不祥事が発覚するたび、上は『研修をやれ、やれ』と言う。そのくせ昨年の汚職事件については現場に説明がないまま。...
失った教育への信頼をどのように取り戻すか。 「それが一番大事であり、何よりも難しい」。教育関係者は異口同音に語る。 進学高校長を務めた県教委の幹部OB――。 「県教委は独立機関であるべきなのに、知事部局の力を借りるなど自浄...
あいさつの冒頭。 「昨年の事件は教育行政に対する信頼を根底から失墜させるものであり、県民の皆さまにあらためておわび申し上げます。今後は教育再生に不退転の決意で取り組んで参りたい、そう考えております」 県教委汚職事件以降、幹部職...
正直、悩みました。 先生を続けるべきか。それとも就職浪人するか。このまま学校にいたら混乱しないだろうか。子どもや保護者にもっと迷惑を掛けるんじゃないか。 あの問題(教員採用取り消し)で僕らは信用を失ったわけですよね。いろんな人に不...
今後、自分はどうしたらいいのか。すさまじい衝撃と虚無感、言葉で言い表せない混乱で気が狂いそうでした。 自分は何も悪いことはしていないのに、さらし者のように「不正合格者」の烙印(らくいん)を押され、犯罪者になったような罪悪感で外にも出ら...
先生になりたい。そう思ったのは小学校高学年からです。 小さい子と接したり、面倒を見るのが好きだった。大人になったらそういう仕事に就きたいと、ずっと思ってました。 中学や高校は専門教科に分かれるけど、小学校の先生は1日中、子ども...
《 2008年度教員採用試験で不正合格していたとして、採用が取り消された元教員は21人。うち15人が2010年度採用試験に挑み、4人が合格した。「A」はその1人だ 》 試練の1年でした。真実が分からず、自分は悪いことなんかして...
昨年9月の県教委の措置(不正合格者の教員採用取り消し)は、まったく子どもたちのことを無視していたと思う。 教室から担任がいなくなることがどういうことなのか。簡単に考えられていた気がする。 学校は信頼関係がすべてです。にもかから...
冗談じゃねえ。思わず、あぜんとしました。 《 2008年度の教員採用試験。合格していたのに点数操作で不合格にされていた――として、30代の男性教諭は昨年10月1日付で中途採用された 》 これまで一体、どれだけ苦しい思...
《 臨時講師を10年以上務めた30代の男性教諭は、県教委の救済措置により昨年10月に正採用となった。人生はガラリと変わった 》 今までと何が一番違うかと言うと、赴任した学校に数年務めることができる。それが率直にうれしい。 ...
今ですか? それなりに充実した日々を送ってます。 だから……本当はもう、あまり思い出したくないんです。 《 20代の彼は何度も首を振った。難関を突破した2008年度教員採用試験。「先生」になってすぐ、身に覚えのない不正で採用...
《 失うものは何もなかった。2010年度教員採用試験の、3次試験(今秋)の個人面接終了間際。「最後に何か言いたいことはありますか?」。面接官の質問に、開き直った 》 あります、と答えました。 「教員を目指すのは今年で最後に...
昔は……と言っても5年ぐらい前のことですが――。 《 小学校の臨時講師を務める30代の男性は今年、悲願の教員採用試験に合格した。“10度目の正直”だった 》 例えば、の話です。数十人の採用枠があったとしたら、当時、既に...
1次試験に通ったのは今年が初めてでした。でも結局は……2次で落ちた。口頭試問で緊張してしまい、自分を出せなかった。気持ちで負けてました。 《 三十路(みそじ)を迎えた教員志望の男性は、今年も採用試験につまずいた。また1から出直し...
《 思い出すと気がめいる。6度目の小学校教員採用試験に失敗した30代の男性にとって、この1年間は酷だった 》 深夜まで勉強し、午前7時前に起きて再び机に向かう。 その後はピアノを弾いたり、授業で教える音楽を聞いて覚えたりし...
悩んだ末の“決断”でした。 そりゃあ、もちろん未練はあります。「不正採用で教員になったやつらに負けてたまるか」。ずっとそう思ってやってきましたから。 《 10月23日。東京都教委が発表した合格者リストに、彼の受験番号「10...
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