2008年6月に発覚した県教委汚職事件は、贈収賄で教育者8人に有罪判決が下されるなど全国を震撼させた。「あの事件」は大分県の教育をどう変えたのか。教職員は何を思い、どんな気持ちで子どもと向き合っているのか。不正の温床とされた教育委員会は今、どうなっているのか。事件を振り返りながら、時代の波に翻弄(ほんろう)される教育現場をルポした年間企画。2010年度日本新聞協会賞候補作品。
※大分合同新聞 朝刊社会面 2009(平成21)年6月16日~2010(平成22)年4月18日掲載
来年春からは東京での生活が始まります。そこでは「地方の魅力を知る先生」として、これまでの経験が生かせれば、と思ってます。 《 今秋の東京都教員採用試験に合格した30代の男性は、通信教育で教員免許を取得した。...
昨日と同じように、教室は鍵が掛けられていた。 今日も中に入れない。 それが愉快なのだろう。児童たちが笑い転げている。県中部の小学校。5年生を受け持つ50代の男性教諭は笑えなかった。 チャイムが鳴る。気を取り直してチョークを持つ...
「悪い」と自覚していない。故に反省はない。むしろ、あっけらかんとしている。 筆箱を忘れても、教科書を持ってこなくても、勉強ができなかったとしても、本人は心配しようともしない。 県内の中学校で2年生の担任を務める40代の女性教諭...
ある日――。ささいなことで子どもたちがけんかをした。クラス全員で話し合い、みんなが納得する形で解決した。 ところが、男子児童は家でこう告げた。「おれだけ先生に怒られた」。親が血相を変えて学校に乗り込んできた。「なぜ、うちの子だけしかる...
大分市郊外の小学校。低学年を受け持つ40代の男性教諭は、いつも切ない気持ちになる。 今日もそうだった。「ちゃんと朝ご飯、食ってきたか?」。元気に登校してきた男の子に声を掛けた。その子は笑みを返し、うなずいた。「うん。今日はガムを食...
もしかして「遊び」に飢えているんじゃないか。昼休みの運動場を見るたび、そう思う。 子どもたちは教室では見せないような笑顔で、元気に、無邪気に、楽しそうに友達と駆け回っている。 「限られた学校の時間でしか、今の子たちは仲間と外で遊ぶ...
文部科学省が2002年に公表した全国実態調査によると、学習障害(LD)や注意欠陥多動性障害(ADHD)といった発達障害の子どもは小・中学校に6・3%いる。 単純計算では各学級に1、2人いることになるが、判別困難な症状を含めると実際はそ...
「いじめ」は今、水面下に隠れて見えなくなっている。 手法はかつての暴力行為から言葉の暴力へと変わり、近年はインターネットへ。ブログやプロフといった特定サイトの中に影を潜めた。 手口は巧妙化し、陰湿の度合いを高めている。相手の名前は...
県中部の小学校教諭(40代男性)が以前、別の学校に勤務していた時のことだ。 イライラしている児童から「何でもいいから数字を紙に書いて」と頼まれた。わけも分からず言われた通りにしてあげると、その子は、紙の上の数字でひたすら割り算を始めた...
それは若い母親だった。 県中部の小学校での授業参観。保護者たちは教室の後ろに並んでいた。 その時だ。1人の母親が携帯電話を取り出し、わが子の写真を撮り始めた。 それだけではない。母親はゆっくり、教室の中央へ。友達と机を並べる“...
昔から「うちの子に限って……」は親の決まり文句だ。とはいえ、最近はブレーキが利かなくなっている。 わたしは税金を払ってます。だから、うちの子は教育を受ける権利がある。ならば文句を言わんと損や――。「そんな態度でクレームを付けてくる保護...
世の中で社会問題化しているように、わが子に対する親の考え方にも「格差」が広がっているのではないか。 別杵地区の中学校長(50代男性)は最近、ふと考える。 「自分の子がかわいいあまり、何をしても信じて疑わない親がいる。その一方で、自...
枕元で時計のアラームが鳴った。「もうそんな時間?」 県中部で小学校4年の担任を務める女性教諭(50代)は、布団の中でため息をついた。 午前3時。机に座り、子どもたちの答案用紙に赤ペンを走らせる。パソコンで学級通信を作成。教育委...
話し合いは「多忙化」をテーマに始まった。 2009年12月、県教委が佐伯市で開いた県南・豊肥地区教委との意見交換会。最初に県の教育委員がボールを投げた。 「先生たちは忙しいと聞く。労働者としてみれば仕事量は多いのだろう。ただ、...
午後4時すぎ。やっと6時間目の授業が終わった。 県中部の中学校。40代の男性教諭は足早に職員室に戻る。トレーニングウエアに着替え、急いで部活動の指導へ。 生徒全員が帰途に就いたのは午後6時すぎだった。さあ、これから明日の準備だ。職...
県中部の男性中学校教諭(30代)は、あるスポーツ部の顧問を務めている。 週末のうち最低1日は部活動に当てる。土日返上で朝から晩まで指導に打ち込む先生もいるが、「正直、わたしにはそこまでの余裕がない」。 夫婦共働きだ。子どもを保育園...
教職員は週休2日だ。子どもたちと同じように春、夏、冬には長期休暇もある。うらやましい、と世間一般は感じる。 実際はどうなのか。「とんでもない」と笑い飛ばすのは別杵地区の小学校教諭(50代男性)。由布市内の同教諭(30代男性)も「み...
「その感覚がわたしには分からない」。県南で小学校6年を受け持つ30代の男性教諭は、不思議そうに肩をすくめた。 忙しい、大変だ、休めない、きつい、雑務が多い――。 周りの先生は異口同音に「多忙だ」と漏らす。ちょっと待てよ、果たし...
「こんばんは。(わたしは)県中部の小学校に勤務している40代の男性教員です」 社会部に届いた深夜のメールには、連載記事に対する“現場の思い”が記されていた。 「確かにわたしたちは多忙化し、先生方は疲れていると感じる。しかし教員を苦...
2児を育てている別府市内の女性は、夫が高校教師だという。「家族みんなで食事することは少ない。子育ての協力を頼むこともできない」 夫は毎朝5時に起き、約1時間かけて通勤する。クラス担任でもあり、授業の準備などに追われ、休日は部活動の指導...
豊肥地区から届いた。 「何かと“大変”なことはあるのかもしれません。でも、先生の皆さんはそれぞれ思いがあって勉強し、今の職に就いたのではないでしょうか?」 社会部あてのファクス。送信者は「一保護者」だった。 「先生は誰でもなれ...
ため息が出る。一体、どれだけ我慢すればいいのか。 県中部の中学校教諭(30代男性)は悩んでいる。 受け持つクラスには、授業を妨害する生徒が数人いる。「急にどうしたんだ?」。突然“キレる”子も少なくない。 「今日もあいつらと一緒...
メンタルヘルス対策のため、県教委が「教職員健康支援センター」を設けたのは2006年度のことだ。 保健師対応のメンタル相談は07年度が100人だったのに対し、翌08年度は一気に264人にまで膨れ上がった。 なぜ、先生の心は病むの...
いつからこんなにギスギスした雰囲気になったのか。 由布市の小学校教諭(40代男性)は「管理職に監視されているとまでは言わないが、ピリピリした空気が職員室にある」と話す。県教委汚職事件以降、特にそう感じるという。 大分市内の小学校教...
学校の雰囲気は校長の「器」で決まる、と言っていい。「教員と管理職の人間関係がうまくいっている学校は働きやすい」。多くの教職員は口をそろえる。 職員室の居心地もガラリと変わる。「現場の先生同士の関係も自然と良くなる。...
県内には公立の特別支援学校が16校ある。管理職や臨時講師らを含めた「先生」は約千人(昨年5月1日現在)。 保護者とのきずなを深めながら、日々、ハンディのある子どもたちの自立活動をサポートしている。熱意と情熱、根気と理解力が求められる仕...
相も変わらず、教職員の「不祥事」は後を絶たない。 飲酒運転、わいせつ行為、体罰、スクールセクハラ……。模範となるべき教育者たちの無責任な行動に、県民の多くはあきれ返っている。 そんな“同僚”の振る舞いを、先生たちは職員室でどのよう...
県中部の小学校教諭(40代男性)にはジレンマがある。 子どもたちのために何か思い出に残ることをしよう。そう思い立って準備を始めると、同僚教諭から忠告された。「悪いけど、やめてくれないか」 理由は、前例をつくるのが良くないからだとい...
先生は看護師と同じでありたい。ある市教育長の持論だ。 病室を巡回する看護師は、何もなくても「〇〇さん、調子はどうですか?」「今日は顔色がいいですね」と声を掛ける。立派なカウンセリングである。 「学校もそうなれば」と市教育長。最近ど...
年度末が迫った。1年の契約が切れる臨時講師にとっては憂うつな季節だ。 4月から再び採用があるだろうか。今度はどこの学校に配置されるのだろう。 「教育事務所などから通知があるのは3月の最終週。携帯電話は絶対に手放せず、常に電波が届く...
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