安部龍太郎著「ふたりの祖国」
(潮出版社・2420円)
日本が戦争の渦中にあり、そして最大の戦争に向かおうとしている時代に、言論人の端くれである自分がタイムスリップしたならば、どのように行動するだろうか。戦争はもちろん反対だ。だが、国が進む道に異を唱えたり、邪魔な人間だと思われた者は暗殺されてしまうような未成熟で狂った世の中である。日田市出身で元大蔵大臣の井上準之助も射殺されている。口をつぐむか、反対を論じ続けるか。格好悪いが、答えは分からない。
著者は「日本がなぜ戦争に突入したのかを明らかにしたかった。そして書く責任があると思った」と言う。歴史作家も言論人である。日本史における最後の「戦国」であるこの時代は、著者が通らねばならぬ宿命の道であったに違いない。
本書は、軍部と深いつながりがあり、主張が皇国主義、軍国主義へと先鋭化していくジャーナリストの徳富蘇峰と、米国から日米融和の重要性を発信し、日本の危機的現状に警鐘を鳴らし続けたイェール大教授の朝河貫一を軸に話が進む。2人の祖国愛は対極にあるが、自分と同じ新聞人である徳富の行動や言論に、どうしても目がいってしまう。
人々が情報を得る手段が極端に少なかったこのころは、誰もが新聞を読んでいた。徳富は新聞にコラムをもっていたことが武器で、現代で言うなら大変な「インフルエンサー」だ。言葉や文章で国民を扇動し、戦争へと駆り立てるのはたやすいことである。
ただ著者は「そうした批判は結果から見た後世の判断だ」と指摘し、「激動の渦中にあった者を全て否定するのは公平公正ではない」と、読者に冷静な目を求めている。なぜなら「教訓」とするべきだからだ。
日本は1931年の満州事変から坂道を転げ落ちていく。1941年に日米開戦、そして1945年に力尽きる。このような死におびえる世界は、まっぴらごめんである。昨今のきな臭い世界情勢を見れば、負の経験から学ぶことこそ重要なのだが「人類は教訓としているのか」と、本書が語りかけてくる。
(下川宏樹・大分合同新聞編集局長)
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