オイゲン・ヘリゲル著「弓と禅」
弓道をしている人なら、一度は耳にしたことがある本だ。著者はドイツの哲学者オイゲン・ヘリゲル。日本では弓道の古典のように扱われることも多い。
初めて読んだのは弓道を始めたばかりの8年ほど前。先輩から「読んでみたら」と手渡されたが、正直なところ何が書かれているのかよく分からなかった。
ヘリゲルは大正時代に来日し、東北帝国大学で哲学を教えながら弓道を学んだ。西洋の合理主義を身に付けた学者だった彼は「どうすれば矢が当たるのか」を知りたかった。
ところが、師範の教えはなかなか理解できない。
「当てようとしてはいけない」
「自然に放たれるのを待て」
「それが射るのだ」
まるで禅問答のような言葉ばかりだった。
的に当てる競技なのに、当てようとするなとはどういうことなのか。ヘリゲルも同じ疑問を抱き、長い年月苦しんだという。だが、ある日、師範が放った矢を見て衝撃を受ける。力みも気負いもなく放たれた矢が、まるで当然のように的を射抜いたのである。
その時、ヘリゲルは少しずつ気付き始める。目指すべきなのは「当てること」ではなく、「正しく射ること」なのではないかと。
弓道では、足踏みから始まり、胴造り、弓構え、引き分け、会、離れへと続く一連の動作を重視する。結果として矢が的に届くのであって、当たりだけを追い求めるものではない。
もっとも、そう簡単にできるものではない。
私自身も弓を引くが、いまだに「当てたい」という気持ちから自由になれない。的前に立てば一本でも多く「中(あ)てたい」と思う。そう考え始めると肩に力が入り、離れは乱れ、かえって矢は外れる。
先日、『弓と禅』を読み返してみた。今読むと少し違って見える。弓道の本というより、結果ばかり追い求める人間への問いかけのように感じるのだ。
最近、そのことを仕事でも考える。
良い記事を書こう。読者に読まれる記事にしよう。そう意識し過ぎると、かえって視野が狭くなる。そこにあるのは事実ではなく、自分の思い込みかもしれない。
まずは話を聞く。データや資料で確かめる。丁寧に整理する。その積み重ねの先に記事がある。
報道部に配属されてまだ2カ月。記者としては新人同然だ。ヘリゲルが師範の言葉を理解するまでに長い年月を要したように、私もまだ入り口に立ったばかりなのだろう。
正しく引けば、正しく当たる。
いつも弓を教えてくれる先生たちから繰り返し聞く言葉だ。当たり前のようで難しい。
もっとも、仕事に追われて最近は弓道場からも少し足が遠のいているが…。それでも『弓と禅』を読み返すと、弓道場で教わった言葉が不思議と仕事にも重なって見えてくる。
(衛藤知愛)
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