【Gateインパクト】サラリーマン歩き旅⑩ローカル・ツーリズム

 一筆書きのように土地から土地へ歩いてつなぐ旅では、有名な観光地に通りかかる機会はあまりない。

 その代わり、地元の人や生活風景との出会いに恵まれ、知名度では測りきれない魅力を堪能させていただくことが多い。

 10年ほど前、栃木県は宇都宮から日光に向かっていた時のことだ。

 1日ではたどり着けず、中間辺りにある鹿沼という地方都市で投宿することにした。歴史のある長屋のような旅館に到着したのは夕暮れ時。部屋に荷物を降ろすと暇になり、近場を散策することにした。

 宿の女将(おかみ)さんに、地元の見所を尋ねた。気さくな方で、いろいろ教えてくれた。

 近くに鹿沼の伝統芸能である彫刻屋台(山車)の展示館があるとのことで、まずはそこに足を運んでみた。

 鹿沼の屋台は当時、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産に登録されたばかりだった。展示館では、実物のそばで地元のボランティアガイドが歴史やエピソードを解説してくれていた。

 ガイドは初老の男性だった。彫刻の見事さを説明する言葉の端々から、鹿沼に対する愛着と誇りがにじんだ。私を含む数人の来場者は、ふむふむと聞き入った。

 実はこの時、鹿沼とともにわれらが大分県の「日田祇園の曳山行事」も一緒に文化遺産登録されていた。「私のふるさとでも1件、登録されましてね」などと切り出せば話に花が咲くかなと一瞬思ったが、鹿沼愛でいっぱいの男性にとっては余計なお世話かもと思い直し、そのまま鹿沼愛100%のトークに浸らせていただくことにした。

 アタマが鹿沼モードに入ってきたところで、次の訪問先へと向かうことにした。季節は新緑の5月。せっかくならお外で汗を流したいと思い、先ほどの女将さんに大衆浴場の場所も聞いていた。紹介してくれたのは地元の銭湯。大きくこそないが、住民に親しまれているという。そういう所に行きたかった。教わった通りに生活道をしばらくたどり、無事に着いた。

 壁面に富士山が描かれてあったかどうかは覚えていないが、昔懐かしい雰囲気で身も心もすっかりリフレッシュできた。さて、そろそろ夕飯の時間だ。番台の方に、近所でオススメの居酒屋を聞いてみた。

 2軒、教わった。1軒はアジアンテイストの、若者が好きそうなお店。もう1軒は、オーソドックスなスタイルのお店。1軒目を訪ねるとあいにく休業日だったため、もう一つののれんをくぐった。

 店内は常連らしいお客さんでぎっしり。場違いさも感じたが、これも縁とカウンターの隅に腰かけた。

 若い夫婦で切り盛りされているらしく、2人とも矢継ぎ早に寄せられる注文を手際よくさばきながら、常連さんとのトークに花を咲かせている。雰囲気がいい。

 忙しい中、女将さんは一見の私にも言葉をかけてくださった。「出張ですか」

 私は少し自己紹介をした。サラリーマンで、歩き旅をしていること。今日は宇都宮からやってきたこと。宿の女将さんに教わり、鹿沼の屋台の展示館を訪ね、近所の銭湯で汗を流し、番台さんに聞いてこの居酒屋にたどり着いたこと。

 女将さんは、来店までのいきさつを聞いてクスリと笑った。「ローカルな旅ですね」

 そういえばそうだなあと私も思った。住民に勧められるままに足を運び、見聞きした。特別なことはしていない。が、新鮮で、随分とリラックスできた。何より、鹿沼のほっこりした雰囲気に癒やされた。

 カウンター向かいの話し相手はいつの間にか旦那さんに代わっていた。純朴誠実な人柄に魅せられながら、一品一品に手の込んだ料理を堪能した。地元の日本酒も少々いただき、気力体力ともすっかり充実した。

 さて、そろそろ明日に備えて切り上げることにするか。

 若夫婦にお礼を申し上げ、会計を終えて宿への夜道を戻り始めた。翌日目指す日光へ続く道のりを頭に浮かべていると、後ろから声がした。「すいません」

 先ほどの旦那さんだった。数十メートルを駆けてこられた。「つまらないものですが」

 片手には、缶コーヒー。「歩き旅、楽しんでください」

 繁盛して忙しいのに、一見の私にわざわざ餞別(せんべつ)を手渡すために、お店を離れてこられたのか。

 私は胸がいっぱいになった。「ありがとうございます」。それ以外に言葉が思い浮かばず、ただただ頭を下げた。

   ・・・

 その後、2日かけて日光にたどり着いた。世界遺産でもある東照宮は、参拝客が長蛇の列をつくっていた。この日で帰路に就くため待つ時間もなく、拝観を諦めることにした。

 その代わり、別の楽しみがあった。鹿沼の宿の女将さんが、日光の見所も教えてくださっていたのだ。そちらを目指した。

 東照宮、その奥にある二荒山神社のそのまた奥の山道に分け入った先にある、「滝尾(たきのお)神社」。名前こそ東照宮ほどには知られていないが、緑の中にひっそりとたたずむ社も地元民に慕われているのだという。

 観光客とほとんどすれ違わない山道を歩き、社を参拝した。辺りいっぱいの静かな新緑に差し込む日の光も、心を安らげてくれた。教えてくれた宿の女将さんを思い浮かべ、感謝した。

 振り返ると、鹿沼というまちではさまざまな出会いをいただいた。

 近所の見所を教えてくれた、気さくな女将。

 鹿沼の歴史を、誇りと愛情たっぷりに語った初老のボランティアガイド。

 地元目線で「間違いない」お店を教えてくれた、銭湯の番台さん。

 料理、気配りとも最高だった、居酒屋の若夫婦。

 その土地で暮らし、生業を立てる人々に触れる中で、豪華観光ツアーにも見劣りしない素敵な思い出を育むことができたと感じている。ローカル・ツーリズムの醍醐味だ。

 歩き旅では数多くの土地を訪ねてきたが、住民との出会いが重なり、ミクロな探検も楽しめた鹿沼のまちはとりわけ思い出深く、大好きな土地の一つだ。

(旅師X)

 ~いったん休足。また歩きます~

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