【Gateインパクト】サラリーマン歩き旅⑥世間の目線、地元の目線

 歩いてつないでいく旅は、特段の目的があるわけでもなく、のんびりしている。

 気になる風景や場面があれば、立ち止まる。そうしているうちに、地元の空気が体に入ってきて、その土地とカッチリつながったような感覚になることがある。

 「地元の目線」とでもいえるような感覚だ。

 そのような体験をした場所の一つに、山口県の下関がある。

 コロナ禍が明けて間もない頃だった。関門海峡の海底トンネルを渡り終え、本州に出るとそのまま海辺に向かった。抜群の眺めを楽しみたかった。

 間もなく、海峡に面した広場で紙芝居をする高齢女性を見かけた。

 そこは誰もが知る壇ノ浦。女性は、おなじみ源平合戦の物語を読み聞かせていた。地元のボランティアガイドさんだろう。せっかくだからと、足を止めた。

 源義経の「八艘(はっそう)飛び」をはじめ、有名なシーンやエピソードを女性は臨場感あふれる語り口で明かしていく。戦の現場が目の前に広がっていることもあり、余計に迫力があった。

 と、途中から不思議な違和感が湧いてくるのに気付いた。

 ヒーローのはずの源氏が、どうも好きになれない。義経も船の上で逃げ回ってばかりで、格好良くない。あれ、なんだこの変な心境は。おかしいな・・

 女性は、敗れた平氏の立場から一部始終を語っていたのだった。「おごれる平家」と世間はそしるけれど、才気にあふれ武勇に優れた武士もいたと女性は語った。義経を瀬戸際まで追い詰めた平教経もそう。一門の将来を嘱望された平知盛もそうだという。いずれも一族の終わりを眼前に悟りながら、逃げず、最後まで力を尽くした。

 敗れ去った側にも、この世に生きた軌跡がある。誰かがそこに光を当ててあげないと、あんまりだ。

 女性の語り口には、そうしたいたわりがにじんでいた。

 「私たち下関の人間は、負けた者にも優しいんです」

 漏らした一言が心に残った。

 いろいろな土地で、物語や歴史があり、世間一般の評価が下されている。源平の合戦もその一つだろう。ただ、舞台となった地元に限っては、その見方がひっくり返ることがある。地元には地元なりの温かい目線があるということに、私は救われる思いがした。

 話には少しばかり、続きがある。

 赤間神宮で平家一門の墓を参拝した後、そのまま西に浮かぶ小島を眺めようと歩みを進めた。時代は戦国末期に下り、宮本武蔵と佐々木小次郎が対峙(たいじ)した、あの巌流島だ。

 眺望の良い小山に上ったところで、地元のお年寄りが私に近づいてこられた。

 手元には、紙が1枚。巌流島の決闘を紹介する、自作の資料のようだった。お年寄りは、地域の歴史をうれしそうにひもといてくれた。

 そうしていると、先ほど感じたばかりの不思議な感覚がよみがえってきた。

 誰もが憧れるはずの武蔵が、なんだか好きになれない。むしろ、敗れた小次郎のほうに感情移入してしまう・・

 それもこれも、お年寄りの語りが小次郎に寄り添っていたからだった。

 小次郎には、教え子がたくさんいたという。彼らはその日、師の厳命に従い、島に乗り込むことをせず、この小山の付近に控えてひたすら帰りを待った。そして、慕う人を再び仰ぐことはなかった。

 師とともに、歴史の舞台から姿を消すことになった存在に、このお年寄りも温かい目線を向けていたのだ。

 始終を教えてくれたお年寄りにお礼を申し上げ、私は小山を下りた。

 海岸沿いの集落まで戻ってきたところで、道沿いの電柱がふと目に留まった。緑色の地名表示板に、私はくぎ付けとなった。

 そこには、「弟子待町」と書いてあった。

 彼らのことだと、すぐに分かった。

 目頭が、熱くなった。

 この下関では、小次郎方が最後は勝ったのだと思った。少なくとも彼らは、21世紀に至るまで住民の記憶に深くとどまり続けることになった。地名に姿を変え、今もしっかり地元に息づいている。

 世間一般の評価とは一線を画し、地元なりの温かい目線で歴史を語り継ぐ下関の人々のことを、私はいっぺんに好きになった。

 その土地、その土地におそらくこうした独自の目線がある。その一端に触れさせていただくと、自分の狭い視野がグーンと広がるように感じる。

(旅師X)

 ~いったん休足。また歩きます~

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