大阪のオフィス街に現れた白衣の集団に足を止めて眺める人たち=10月、大阪市
白衣にマスク。怪しい集団に大阪のオフィス街がざわめく。通勤途中の人たちが不審そうに振り返る。医療従事者…ではない。科学者…でもない。「もしかしてドラマの撮影?」とカメラを探した人がいたかもしれない。そんな視線をよそに淡々と歩みを進める。向かった先は「トイレ」だ。
■「意味のないことを真剣に」
一行の名は「大分圏清掃整理促進運動会」。2015年に大分市で開かれたトイレが舞台のアートフェスティバル「おおいたトイレンナーレ」を勝手に盛り上げようと有志が集まった。現在のメンバーは20~80代の15人だ。
毎月10日の午前7時、大分市内の公園や公共施設に集まり、ラジオ体操をした後、無言でトイレを清掃。真面目な表情とおどけた表情の集合写真を1枚ずつ撮影し、何事もなかったように去っていく―そんな風変わりな活動を肩肘張らずに続けている。
「意味のないことを真剣にやることに意義があるんです」と八坂千景会長(53)は笑う。
元ネタは、大分市ゆかりの前衛美術家・赤瀬川原平ら「ハイレッド・センター」が1964年の東京五輪に沸く銀座の並木通りを白衣姿で掃除した「首都圏清掃整理促進運動」だ。当時の過剰な美化意識を風刺した伝説のパフォーマンスへのオマージュとして始めたという。
結成から10年を迎えた今秋、地域文化の発展に貢献した団体を顕彰するサントリー文化財団の「第47回サントリー地域文化賞」を受賞した。遊び心を大切にしながらメンバーそれぞれの想像力と感性を磨く活動が「街の風景に緩やかな変化をもたらしている」と評価された。
■「無言で、怪しく、入念に」
大阪市での贈呈式にいつもの白衣姿で出席した大分圏清掃整理促進運動会のメンバー10人は翌朝、サントリー文化財団のトイレに向かう。
菅章副会長(72)の「今日も無言で、怪しく、入念に」の一声で出張パフォーマンスを開始。よく見ると、板前用の白衣をまとったメンバーが。大分市でサイクルショップを営む児玉憲明さん(64)だ。「間違って持ってきてしまった」と言い張るが、誰よりも場になじんでいる。
サントリー文化財団の職員も一口乗った。白衣に袖を通し、水回りや壁、床の隅々まで磨き上げる。大栗佳奈さんは「10年ぐらいここで働いているのに、こんな所に扉があったのかと新たな発見があった。気分もすっきりしました」とうれしそう。
次の現場は、近現代アートの殿堂・大阪中之島美術館。静まりかえった館内でいつものようにパフォーマンスを始めると、ギャラリーがぽつぽつと集まる。菅谷富夫館長は「無言で掃除する人、それを見つめる人―。この状況そのものが不思議で面白い」と非日常の光景を楽しんでいた。
パロディーとして始まっても、続けていくうちにオリジナルのアートになっていくのだなあ…。元ネタとは異なる時代背景を反映してか、ユル~く人の心を揺さぶる進化に賞賛を送りたい。