みこしを担ぐと肩にずっしりとした重みが来る=11日午前11時22分、大分市坂ノ市中央
これまで各地で開かれる祭りに取材記者として伺ってきた。自宅がある大分市坂ノ市地区に引っ越して3年目。坂ノ市神社の秋祭りに参加し、取材する側から担ぐ側になった。上下純白の衣装に身を包み、みこしの担ぎ棒の下へと頭を突っ込んだ。3連休中日の11日、人生初のみこし担ぎをした。
時代の波は祭りにも押し寄せていた。足元は白足袋ではなく履き慣れたスニーカー。みこしには立派な台車が付き、15人ほどの担ぎ手から前後4人ずつの計8人が交代で担ぎ、巡行の大半は押すスタイルだ。
かつては血気盛んな若者がみこしを激しく担いでいたという。ベテランは「昔は教え方も強烈でな。顔から血を流すくらい当たり前やったわ」と笑う。もしも昭和時代の祭りにタイムスリップしたら、私は即、逃げ出しただろう。
「令和の運行はずいぶん合理的でマイルドだ」などと甘い幻想を抱いたが、自分の肩に担ぎ棒を乗せた瞬間、体に電撃が走った。「重っ」。容赦なく肩にめり込む重量。日ごろのデスクワークでさびついた筋肉はすぐに悲鳴を上げた。「押すことが多い」はずなのに、たまに巡ってくる「担ぎ当番」は、すぐ先の目的地までが絶望的に遠い。
「もう無理っす」「マジでやばいっす」。清らかな白装束を着ていることすら忘れ、口から漏れるのは弱音のオンパレード。へろへろの新参者を救ってくれたのは、担ぎ棒を分け合った仲間たち。「あと少し、踏ん張りましょう」と励ましてくれ、笑い合った。「昔のような流血の洗礼はなくとも、同じ重みに耐える」。この連帯感が、祭りのもたらす最大の魅力なのだろう。
さらに、沿道の人々の熱量が足を前へと押し出してくれた。みこしの到着を玄関先で待ってくれた、おじいちゃんやおばあちゃん、子どもたちから飛ぶ「待ってたよ」「ありがとう」「がんばれ」の温かい声。手を振る笑顔を見せられたら、肩がきしもうが、足がもつれようが、踏ん張るしかない。
道中では、手厚いもてなしもあった。昼は弁当と日本酒、休憩所でビール、夕食でまた乾杯。「担ぐ、飲む、押す、飲む」のループだ。すさまじい量の汗を噴き出して、アルコールが蒸発していくせいか、一向に酔わない。
休憩の時間、64歳のベテランから真剣な表情で太鼓を教わっていた26歳の女性に声をかけた。「小学生から笛を吹いてきたけど、他の楽器も増やしたくて」と笑う。
出発から10時間。体力ゲージがゼロを下回り、肩が完全に砕けたころ、ようやく神社に戻った。だが、祭りはまだ終わらない。境内へと突進するみこしと、通せんぼするおはやし方による攻防戦。もう腕も足も上がらないはずなのに、境内の熱狂に飲まれて残る全エネルギーを絞り出し、最後の押し合いへし合いを繰り広げた。
足腰が震えている私に仲間たちが言った。「祭り、本当に楽しいやろ。地域を出て暮らしている同級生も、この日ばかりはみんな帰ってくるんよ」。地域を離れても引き戻される理由が、痛いほど分かった。強烈な一体感と、温かい声援、そして振る舞い酒。
連休最終日に、激しい筋肉痛と腫れ上がった両肩をさすりながら思った。「来年もまた、『もう無理っす』と言いに戻ってくるんだろうな」と。(原田宏一)