玖珠町であった行事で日本舞踊を披露する梅川壱ノ介さん=4月28日
古典から現代まで幅広いジャンルで日本舞踊の公演をしている梅川壱ノ介さん(43)=日田市出身=が歌舞伎俳優から舞踊家に転身・改名し、10周年を迎えた。日本舞踊の奥深さを追求し、師匠の坂東玉三郎(人間国宝・歌舞伎俳優)と公演を共にするほか、海外でも活躍の場を増やしている。帰郷した際、自身の成長や手応えを聞いた。(聞き手・佐藤栄宏)
―この10年間を振り返って感じることは。
「ずっと変わっていないことがあります。坂東玉三郎先生の日本舞踊を見て受けた『こんなにもかっこいい』『こんなにもすばらしいものがあるんだ』という衝撃が活動の原点。そこに向かって全力で走り続けています」
「10年前は、自分がどのような人になっていくかも分からず、手探り状態でした。自信もなかったので、一つ一つにしがみついていました」
「クリエーティブと位置付け、いろんなコラボレーションや、新しいことを必死に、必死にやってきました。今も必死な部分はありますが、白鳥のように水面の上は落ち着いて、下ではしっかり足を一生懸命こいでいる、そういう感覚があります」
「今は提案できることも増え、広がりもイメージできる。自分の持ち札が増えてきたような実感があります。自分にできること、自分にしかできないこと、自分の得意なことが見えてきました」
―日本舞踊への向き合い方に変化はありますか。
「年を重ねるごとに、技術や、作品に対する向き合い方、理解力、勉強の仕方やライフスタイル、ルーティンワーク、そういうものが少しずつ確立されつつある。そこから、自分自身の踊りが変わってきた感覚があります」
―どのような理想や目標を掲げていますか。
「理想や目標は坂東玉三郎先生です。全国公演に年間2~3カ月ご一緒しています。その中で、先生の思考や生活へのお考え、生活スタイルみたいなものを間近で学ばせていただいています」
「先生のようになりたい、そのためにはどういうふうにしたらいいのだろうと考えています。『どういう生活をするといいのか』『楽屋での時間の過ごし方をどうしたらいいのか』『舞台を迎える前はどういうふうに迎えればいいのか』などを勉強させていただき、自分なりにまねています」
―海外での公演やワークショップにも力を入れていますね。
「転機になったのは2年ほど前、JAL(日本航空)の機内向け映像に起用されたことです。アメリカでは、メインで呼んでいただけるようになりました」
「韓国、ベトナム、台湾、中国といったアジアや、ギリシャ、フィンランド、ブルガリアなどのヨーロッパに行き、たくさんの人に出会わせていただきました」
「僕たちが大事にしてきた文化の一つが日本舞踊。その中には礼儀作法などの文化が凝縮されています。時間の流れだったり、そこでの思考だったり、精神だったり。海外の人がそれを見て喜んでくれる。美しいと感じてくれるのです」
「日本舞踊を通して日本を知ってもらい、好きになってもらう。そこで、お互いに学びがあり、リスペクトを持つことができる。そういう異文化コミュニケーションが楽しいですし、自分にできることの一つのように感じています」
「今年10月には、日韓交流おまつりinソウルという交流イベントにも出演します。開会式で、韓国のパンソリという伝統芸能とコラボレーションします。とても楽しみにしています」
―桃太郎を題材にした子ども向けの公演にも力を入れていますね。
「5年前から制作を始めました。日本舞踊と絵本のコラボレーションを考え、桃太郎が題材の舞台を始めました。第1弾が「御伽ノ介絵巻(おとぎのすけえまき) 其の壱 ~桃太郎編~」です」
「小さな頃は日本文化をつまらないと思い、外国への憧れが強くなっていました。今の仕事に関わるようになって日本にも、かっこいいものがあったことを知った。だから、子どもたちに早く教えてあげたい」
「もともとミュージカル志望で、声楽とバレエを学んできた。その経験を基に、バレエと歌舞伎と日本舞踊を集約した舞台となりました。脚本、映像、キャラクター、音楽も全て監修しています」
「ミュージカル調のアップテンポの華やかさや、バレエのように序曲を設けて音楽をとても大切にする文化も取り入れている。衣装も小道具も大道具も、舞台演出も歌舞伎の技法を活用しています。舞台上の動きは日本舞踊です」
「桃太郎を好きな子どもが多いから、目をキラキラして見てくれる。本当に偉大なヒーローです。大人も子どもも笑いながら、楽しんでくれています。子どもにとって初めての伝統芸能を『楽しかった』と、素晴らしい思い出にできる舞台。この舞台ができたことも10年間の大きな成果です」
―日本舞踊を通して表現したいことは。
「日本の伝統芸能、伝統文化やその神髄を自分なりに研究し続けています。それを着色せずに見ていただきたい。『日本はいいなあ』『日本はきれいだなあ』『日本人で良かったなあ』と思える時間や機会を提供できる舞踊家でありたい」
「(日本舞踊には)日本人が長く大切にしてきたこと、静かな動きで小さいものではあるけれど、確固たる強い精神性や何か強いものがしっかりある。それが僕たちの強さにもなっている。そういうものも守っていきたい」
「僕にとって踊るということは、その時代と今をつなぐことです。演目ができた時代にあった時間や間の使い方、思考の流れに身を置くことで、その時代が見え、その時代の思考や精神性さえも感じ取れてくる」
「例えば、江戸時代の演目を踊ると、その時代の中にそういうシーンがあったのだろうということが見えてくる。その方法や技術を使って、いろんな国とつながったり、他の国の伝統芸能とのコラボレーションもしたりしていきたい」
―地元への思いは。
「自分が今あるのは、大分があるから。地元で何か恩返しができたり、自分が役目を果たせるようなことがあるんだったら、いくらでもしたいです」
<メモ>
日田市での10周年記念公演が6月27日午後3時から、パトリア日田で開かれる。チケットは5千円(全席自由)。18歳以下は無料(付き添いの保護者は2人まで1人2千円)。申し込みはパトリア日田(0973-25-5000)。
【プロフィル】うめかわ・いちのすけ 1983年、日田市生まれ。日田高、新潟大卒業。2005年、東京バレエ団に入団。日本文化に憧れて07年、国立劇場歌舞伎俳優養成所に入所し、10年、中村獅堂一門に。16年に日本舞踊を専門とした舞踊家へ転身した。