「打線は水物。粘り強い守備こそが伝統」「接戦に競り勝ってこそ大商の真骨頂や」―。 大分市の別大興産スタジアムで2日、高校野球の交流試合があり、大分商と広島商が対戦した。大分商の創立110周年に合わせて企画。スタンドからは在校生のほか、春夏通算22回の甲子園出場を誇る歴代のOBらが見守り、野球談議に花を咲かせた。 大分商OBが、今も口々に母校の強みに挙げるのが伝統の「守備」。それを象徴するのが1974年春のセンバツ2回戦だ。前年夏王者の広島商と対戦し、今も甲子園記録に残る14盗塁を許しながら、1点のリードを最後まで守り抜いた。伝説の一戦を現メンバーで―。広島商の快諾を得て、半世紀を経て再戦が実現した。 試合前のセレモニーでは、甲子園通算4勝左腕の松本健OB会長(63)が始球式。徳光省吾校長が、甲子園に春夏通算46回出場し、春1回、夏6回の全国制覇を誇る広島商を紹介した。 試合は両エースの好投で息詰まる接戦に。そんな展開を眺めながら、かつて松本会長とバッテリーを組んでいた朝来浩一郎さん(63)は高校時代に思いをはせた。 「朝晩の監督のノックを毎日受け、相当鍛えられた。練習中は当然、水も飲めんかった。部員は外野の草むらに水が入ったバケツを隠し、球拾いに行くふりをしてこっそり飲んでいた。顔を漬けるから帽子のつばは逆さまにしてなあ。いやー懐かしい。守備だけは数をこなさんと絶対にうまくならんち、教わったもんや」 当時監督だった松田瑞雄さん(89)も駆け付けた。両チームの変わらないユニホームを見つめながら1974年を回顧。「試合前の甲子園練習で広島商を間近に見て、体がめちゃくちゃ大きな選手ばかりで驚いたのを覚えている。試合は五回に捕手がけがで退場し、もうお手上げ状態だった。そして次々と走られた。でも(エースの)亀島君を軸に、本当によく守り抜いた。相手も同じ高校生。痛快な内容で、『これが試合』と感激したものです」 このほか、「年間を通じて休みは元日だけ。でも大みそかまで練習し、1月2日のOB戦の準備で下級生は元日も駆り出された」「上級生は雲の上の存在。1、2年生の間に、社会でも通用する“生きる力”を学んだ」「松田監督から『普通の子を鍛え上げるのが俺のやり方や』と、毎日のように本当の“千本ノック”を受けた」。当時のエピソードトークでOB席は大盛り上がりだった。 試合は九回まで0―0。延長十回タイブレークの末、大分商が1―0で勝った。スタンドから拍手を送るOBが後輩たちにかけたのが、冒頭の言葉だ。 広島商は今年で創部127年。試合前の整列から終了後のあいさつまで、伝統校の風格は見事だった。大分商も負けてはいなかったものの、野球を通じた教育に人一倍熱心な那賀誠・現監督は「うちの生徒も、もっとピシャッとさせんといけん」と決意を新たにしていた。(首藤福功)
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