世の中が荒れとりますなあ。
21世紀の時代に、本格的なドンパチが起きよる。信じられん。
数年たってまだ続いている戦(いくさ)もある。あたら若い命が失われていくのは、ただただつらいものであります。為政者、暴君の責任はとてつもなく大きい。
わたしゃ思うんです。
わが世の春を謳歌(おうか)しとるように見える地上の猛者たちも、栄華はいつまでも続かない。
力を手にして、何が楽しかろう。もっと大切なことが、あるんじゃなかろうか。
いつか、土に還るんやで。
◇ ◇ ◇
さあ、くるならこい。閻魔(えんま)だってサタンだって、誰でも相手にしてやろうじゃねえか。
黄泉(よみ)の国にやってきたばかりの人間たちがつくる列の中に、一人険しい形相を見せる男がいた。
地球で息をしていた頃。その男は天下を支配し、民から富という富をむしり続けた。農家から身を起こし、力に取り入り、ライバルというライバルを全て蹴散らして、地上の王として君臨していた。
しかし生命の掟(おきて)には抗(あらが)えず、白寿を前にしてポックリいった。あっけなかった。地上で厳かに営まれる葬儀を見下ろしながら、男は次なる世界の入り口に立っていた。
あれだ、ここが天国行きか地獄行きかを決める関所なんだろう。生前、悪逆の限りを尽くした男は、自分に下される審判がおそらく苛烈を極めるであろうことを覚悟した。
受付のスタッフが、男の前に並ぶ老婆にほほ笑んだ。「おばあちゃん、どうぞ」
「なるほど、島国に生まれて、ご主人を若い頃に亡くされて。苦労されましたね。よくワンオペで頑張ってこられましたね。もう楽にされてくださいね。それじゃあ、このゾーンをおすすめしましょう」
スタッフが老婆に何やらマップを見せている。老婆の心が感動で跳びはねるのが分かった。「ありがとうねえ、ちょっくらその、『ファイブスター・ビーチリゾート』ってとこで憩わせていただこうかしら。その、ビキニってのも着てみるかねえ」
ウキウキした口調の老婆は、話すほどに若返り、いつしか妙齢の美人に戻っていた。「そうですよおばあちゃん、地上で苦労された分、今からたっぷり楽しんでくださいね」
今やスラリ美脚をのぞかせる美人は品よくうなずき、ゲートの向こうに消えていった。
さて、俺の番だ。尻の穴に力を入れて臨むことにするか。
「次の方、どうぞ」
スタッフのもとに向かう。早速、地球時代のプロファイリングが始まった。「えっと、農家に生まれて、いろいろされまして、そして地上の王になられましたと。はい」
えらい、あっさりとしていた。正直、そっちの方が助かる。根掘り葉掘り過去をほじくり返されたら、たまらないからな。
「それでは、どうされますか。まあ地上時代のご経験があれですから・・」
男はごくりと生唾をのみ込んだ。さて、血の池地獄か。針の山地獄か。極寒の世界か。閻魔100人とのシェアルームか。なんでもこいだ。
スタッフはパラパラとページをめくり、あるところで手を止めた。「ここなんか、どうでしょう」
示されたのは、朝日に輝く白壁の王城だった。地上時代でも築くことのできなかった、憧れの域を超えた建築物だ。
「おお! これこそ俺が望んでいたもの! ここに住まわしてくれい!」
一も二もなく、王城を指さした。「そうですか。それでは、こちらのゲートから向かってください。車とかバイクとか、タケ〇プターとかなんでも使って結構ですよ」
追加の説明をいくつか受けた後、あっけなくゲートを通過した。なんだ、あの世ってこんなもんだったのか。天国とか地獄とか、閻魔大王とか、罰当たりとか、あんなのは作り話だったんだな。まあいいや、俺はこれからのあの世ライフをバッチリリッチに、ゴージャスに、楽しむぞ!
漫画でしか見たことのないタケ〇プターをかぶり、王城に翔(か)けた。「おお、すばらしい城門。まさに俺にふさわしい建物だ」
上機嫌で敷地内に降り立った。輝く朝日が心地よい。そよぐ風は、少し秋の気配が入りかけで、実にさわやか。ああ、最高だ。
ギギ―
王城のドアを開け、室内に入る。絢爛(けんらん)豪華とはこういうことをいうのだろう。天井のシャンデリアがキラキラと照り映える。すべてが最高級。ソファもフカフカ。やっぱ、あの世の者どもも俺って人間の器の大きさってのをよく理解してるんだなあ。
そのままソファで横になり、しばらくうつらうつらした。やがて日が暮れた。
静かだ。落ち着いている。この空間には、裏切りも妬(ねた)みも嫉(そね)みもない。なんと穏やかなんだ。
男は心が鎮(しず)まっていくのを感じた。ただ一つ、気になることがあった。それはやがて心の中で膨らみはじめ、もはや無視することができないほどの「不安」としてはっきりした輪郭を持って迫ってきた。
人が、いない。
誰もいないのだ。男を除いて、王城には人っ子一人、それこそ虫の一匹すらいなかった。これは一体どうしたことか。
男は、あの世のゲートでスタッフと交わした会話を思い返した。あまりにゲート通過がスムーズに進んだことに、男はやや戸惑いすら感じていた。スタッフからマップを渡されたとき、聞かなくてもよかったが思わず尋ねてしまった。
「地上で悪いことばっかりやってた人間が、閻魔様から舌をひっこ抜かれたりとか、しないのかい」
スタッフはクスッと笑った。「舌を抜くだなんて。だあれもそんなこと、しませんよ。この世界じゃ、誰もが自由なんです。なんせ、みんな肉体のない『魂』なんですから。誰も、人を傷つけることなんて、できません」
なるほど、と男はうなずいた。「じゃあ、安心だ」
ゲートを抜ける直前、スタッフがボソリとつぶやいた。「誰が誰と会うのかも、一人一人の自由なんです」
男は、頭の中でこうした言葉の一つ一つを反芻(はんすう)した。どういうことなのか。結論が、うっすらと見えてきた。
黄泉の国では、人を罰する存在はいない。誰もが自由だ。束縛されない。それは一見、前科者にとっての楽園にみえる。が、実はそうでもない。地上で人を傷つけ、欺(あざむ)き、悲しませた者の下には、誰も人が寄ってこないのだ。究極の孤独。これに勝る罰があるだろうか。
「むおおーん」
男はがらんどうの宮城で一人、泣きわめいた。俺の今は、俺の過去が全て招いたものだ。これからたっぷりと、犯した罪の深さを骨身にしみて理解するまで、この孤独地獄でのたうち回ることになるのだろう。
男にとって、王城はもはや極楽を装った誅罰(ちゅうばつ)の場、さながら「天国地獄」であった。
◇ ◇ ◇
男が誰に聞かれるともない慟哭(どうこく)を上げているころ、「ファイブスター・ビーチリゾート」でくつろぐ、かつての老婆の姿があった。
「いやまあ、なんて透き通った海だこと」
素足を水面に浸すと、ちょっぴりひんやりした。でも、気持ちいい。最高だわ。
「そうだろう。ここはねえ、あの世でも指折りのリゾートなんだよ」
いつしか隣に髭(ひげ)もじゃのダンディー男が立っていた。若い頃先に逝ってしまった、最愛の夫だ。「久しぶりだね。美代子。これからは、ゆっくりとこのスーパーゴージャスな空間の中で、たんまりセレブ生活としゃれこもうじゃないか」
ウン十年ぶりに抱擁を交わす二人の周りに、いつしか人だかりができていた。自然と、拍手が湧いた。
「再会、おめでとう!」
美代子が振り向くと、懐かしい顔ぶれが並んでいた。小学校の親友・照子ちゃん。かつてスーパーのバイトでレジ作業を教えてくれた、人生の大先輩・トラさん。地域のごみ清掃で黙々と汗を流していた、自治会長の山田寅太郎さん。地上時代は、一人一人に助けてもらった。悩み事に耳を傾けてもらった。
美代子も、みんなを支えた。お金もないし、体力もなかったが、つらそうにしている人を見るとそっといたわりの言葉をかけた。助け、助けられた。支え合う「人」の字を体現していた。
どの顔も穏やかだった。あふれる温かみが、美代子の心にじんわり染み渡っていくのが分かった。
「私、今、本当に幸せ」
美代子は夫にささやいた。そして、恥じらいがちにお願いをした。「せっかくだから、カクテルのマルガリータでも頼もうかしら」
「へい、よろこんで!」
ビーチパラソルの露店商が声を張り上げた。今日はたっぷりと、ビーチでパーリーピーポーだ!
◇ ◇ ◇
あの世に閻魔大王はいないかもしれない。ただ広がるのは、無限の自由のみ。誰も傷つけない代わりに、誰も相手にしてくれないことが、地上のサタンに下される究極の罰になりうる。一方、苦境にあっても温かみを失わず、誰かのために生を果たした老若男女は、再び地球に戻りたくなるそのときまで、心ゆくまで仲間たちとの交流を楽しみ、味わい、地上のファイブスターホテルも形なしのゴージャスライフを満喫しているのかもしれない。
(文・マーおじさん)
~現実を追いかける新聞記者が、空想の世界を駆け抜けます。お楽しみに~
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