50周年のBEAMS、悲願のアメリカ出店で「故郷に錦を飾る」 浮き沈み激しい業界で離職率わずか3%の優位性とは?

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50周年を迎えたBEAMS

 1976年の創業以来、日本のセレクトショップを牽引してきたBEAMS。ファッションの枠を超え、独自の目利き力で多様なカルチャーやライフスタイルを提案し続けている。創業から半世紀を迎える今、離職率の低さに裏付けられた独自の組織力や異業種コラボ、念願のアメリカ出店に至る歩みと展望について、BEAMSの原田謙太郎さんに話を聞いた。

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◆「BEAMSのフィルターを通した生活(ライフスタイル)を売る」がベースにある

――1976年の創業から今日まで、ファッションやカルチャーの市場は大きく変化してきました。70年代から90年代にかけての市場の変遷と、BEAMSの歩みについて教えてください。

【原田謙太郎さん】 1976年の創業時は「アメリカンライフショップ」としてスタートし、アメリカ西海岸のUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の学生が使うようなアイテムをハンドキャリーで仕入れていました。その後、当時の原宿にいたクリエイターの方々らに大人の文化を教わったり、同時期に創刊された雑誌『POPEYE』とも呼応しながら、東海岸のアイビーやプレッピー、さらにはヨーロッパの文化も取り入れるようになりました。そして90年代には渋谷に複合店を作り、洋服だけでなく雑貨や家具も扱い、「BEAMSのフィルターを通した生活(ライフスタイル)を売る」というベースが出来上がっていきました。

――その後、2000年代に向けてさまざまなレーベルが誕生していきましたが、その多様化はどのようにして生まれたのでしょうか。

【原田謙太郎さん】 基本的にはスタッフの気づきや趣味嗜好が起点です。例えば、メンズの洋服を買いに来る女性客が多いことを観察し、メンズ服のサイジングをウィメンズに変えて提案したのが「BEAMS BOY」の始まりで、ジェンダーレスの走りだったと思います。また、原点であるアメリカ服が一番かっこよかった時代のものを再構築した「BEAMS PLUS」は海外でも非常に評価が高いです。音楽好きの社員がセレクトする「BEAMS RECORDS」や、ロンドンオフィスの人間が北欧や沖縄の文化背景から生まれた手仕事などの共通点に着目して始まった「fennica(フェニカ)」など、スタッフの「好き」から次々とレーベルが生まれました。

◆ファストファッション台頭でも根本は変わらない「100人いれば100のBEAMSがある」

――2000年代に入るとファストファッションが台頭し、安価で良質な服が溢れるなど市場は転換期を迎えました。価格帯も業態も異なる中で、どのように差別化を図ってきたのでしょうか。

【原田謙太郎さん】 ファストファッションとハイブランドの間で、魅力的なスタイルやストーリーを伝えるという私たちの根本は変わりません。ただ、この頃から洋服にとどまらない独自のプロデュース力やコラボレーションで差別化を図っていきました。例えば、社内のデジタルオタクの社員がPDA(携帯情報端末)や電話機を洋服と同じ目線でコラボレーション商品をヒットさせたり、Tシャツをキャンバスに見立ててアートを身近にする「BEAMS T」を始めたりしました。スタッフの年齢が上がり、ライフスタイルが変わるにつれて「こどもビームス」やマタニティウェアを展開するなど、独自のカルチャー提案を進めていきました。

――近年は古着ブームが再燃し、市場価格の高騰など投機的な動きも見られます。セレクトショップとして、この古着市場の状況にはどのように対応しているのでしょうか。

【原田謙太郎さん】 BEAMSのスタッフにも古着好きもいますし、新品と古着をミックスして着ているので、古着ブームによって自社のモノが売れなくなるという危機感はありません。むしろ消費者との共存を図るため、KOMEHYO(コメ兵)さんやセカンドストリートさんなどのリユース企業が持つ膨大な在庫から、BEAMSの目線でセレクトしたアイテムを販売するイベントを開催しています。これが、今まで古着に抵抗があった方々の新たな入り口となり、お互いにとってWin-Winの相乗効果を生んでいます。こういった協業をBEAMSが行うことでファッション全体が活気づくことにも期待しています。

――全国に多くの店舗を展開していますが、幅を広げすぎるとブランドのカラーを保つのが難しくなると思います。多種多様な展開をしながらも、BEAMSのイメージがブレずに保たれている理由は何でしょうか。

【原田謙太郎さん】 当社の事業は「人」が起点です。スーツ好き、サーフカルチャー好き、ゴルフ好きなど、社員1人ひとりの「好き」がそのままビジネスに繋がっており、代表も「100人いれば100のBEAMSがある」と言っています。金太郎飴のようにすべてを同じにするのではなく、各店舗が異なる個性を持つことこそがブランドの面白さです。ベースには「世の中に明るく楽しい社会現象を起こしていく集団(Happy Life Solution Communities/ハッピー・ライフ・ソリューション・コミュニティーズ)」という共通言語がしっかりと根付いています。

◆プロパー社員が多く離職率もわずか3%、「リスペクトする文化」が根強い社風

――最近では横浜に大型店「BEAMS LIFE」をオープンされましたが、お店の個性を出しつつも、どのようにマネジメントされているのでしょうか。

【原田謙太郎さん】 例えば「BEAMS LIFE」のショップマネージャーはカジュアル畑の出身ですが、店内にはカジュアルウエアはもちろんスーツからアンティークウォッチ、古本、飲食ブースもあり、さらに古着コーナーでは独立した元社員の古着屋さんのポップアップを開催したり、スターバックスさんとのコラボスペースを設けるなど、マネジメントする範囲がものすごく広い。それでも滞りなく運営ができるのは、ショップマネージャーがすべてを背負い込んで自分のやり方やセンスだけで固めるのではなく、得意な人に任せるという「リスペクトする文化」が強いのだと思います。「楽しい社会現象を起こす」という大上段の理念を共有した上で、さまざまなコンテンツを用意してコミュニティを広げていくという理解が浸透しています。

――ファッション業界は離職率が高いイメージがありますが、御社はプロパー社員が多く離職率が約3%と非常に低いそうですね。それが組織の一体感にどう寄与しているのか教えてください。

【原田謙太郎さん】 新卒のプロパー社員が多く、もともとBEAMSが好きな人間が集まっていることが大きいです。長く働く中で互いの得意分野を尊敬し合う文化が育まれています。例えば、累計37万部発行された『BEAMS AT HOME』という本でスタッフ自身のライフスタイルを発信したり、個人が買い付け枠を持ってオンライン上にお店を作れたりと、個人の活躍の場が広く用意されています。昔いた先輩に「食費を削ってまで好きなデザイナーの服を買う」という人がいましたが、そういった「推し」に近い強いこだわりを持つ人間がリスペクトされる風土が、離職率の低さとブランドの熱量に繋がっていると思います。

――ブランドの個性や価値を保ちつつ、各地域に根付いたお店作りを進める上で、どのような独自のアプローチを取っているのでしょうか。

【原田謙太郎さん】 一般的なチェーン展開のように全国どこでも同じ店を作るのとは真逆で、地域のコミュニティを起点にしています。例えば85年に出店した初の地方店である熊本店は、現地のネットワークを持つ地元出身スタッフがいたから実現しました。また、近年は出雲大社や日光東照宮の参道や善光寺の境内などに「BEAMS JAPAN」の店舗を出していますが、これも単に出店するのではなく、出雲の取引先や、日光のアイスホッケーチームの運営会社など、BEAMSと考え方が合い、地域の特性を熟知している地元企業と連携して特有の魅力を活かした店舗運営を行っています。

◆BEAMSの優位性は“目利き”と“ストーリーを翻訳して伝える力”

――海外のモノを紹介してきたセレクトショップが、日本の魅力を発信する「BEAMS JAPAN」の事業を立ち上げた背景について教えてください。

【原田謙太郎さん】 もともとは海外の良いモノを仕入れてきましたが、日本にもまだ知られていない良いものや優れた技術があり、私たちが培ってきた「目利き」の力やプロデュース力を国内に向けたら何ができるだろう、という発想から生まれたのがBEAMS JAPANです。地域を助けるといった高い視座から臨むのではなく、面白いことをやる余地が国内にあるのではないかというところから始まりました。その結果、青森県から依頼を受けて、地元企業によるインバウンド向けの商品開発をアドバイスし、海外客が多い新宿の店舗でテストマーケティングを行うなど、結果的に地域復興や新たな価値創造に結びついて喜ばれるケースが増えています。

――昨今、洋服のセレクトという枠を超え、異業種や自治体とのコラボなど「プロデュース集団」としての側面も強くなっています。これにはどのような強みが活きているのでしょうか。

【原田謙太郎さん】 BEAMSには「これを使うとこんな楽しい生活ができる」というストーリーを翻訳して伝える力があり、現在はビジネスプロデュース部門を立ち上げてBtoB事業に注力しています。例えば、行政や地元新聞社、地元企業と組んだ「大名古屋展」では、中日ドラゴンズと名古屋グランパスのマスコットが共演した「ドラ&グラ」などの企画商品を実現し、地元の方々から大反響を得ました。また、琉球ゴールデンキングスの応援ユニフォームにアメリカのプロスポーツのバックグラウンドを取り入れました。少し珍しい例ですと、自社開発したキャラクター「ツッキー」を使ったIPビジネスまでも展開しています。店舗設計や広告制作まで自前でやってきたリソースとフットワークの軽さがあるからこそ、ユニークな商品開発や企画が実現できています。

◆創業から半世紀を経てアメリカ出店「故郷に錦を飾る」 メイド・イン・USA製品の開発も

――創業50周年という節目に、ロサンゼルスへの店舗オープンなどアメリカへの本格出店を掲げています。アメリカンライフスタイルへの憧れから始まった御社にとって、これにはどのような想いがあるのでしょうか。

【原田謙太郎さん】 ひと言で言えば「故郷に錦を飾る」という想いです。1976年の創業時はベトナム戦争後で、自由でハッピーなアメリカの空気感への憧れが強く、それが原宿1号店の原点でした。そこから半世紀を経て、日本独自の目利き力やおもてなし、さまざまなカルチャーを混ぜ合わせるプロデュース力といった「今のBEAMS」の姿を、発祥の地であるアメリカで体現し、恩返しをしたいと考えています。一般のお客様にも直接世界観を届けるための挑戦です。

――アメリカは移り変わりが激しい市場ですが、ロサンゼルスへの出店に向けた勝算やこれまでの準備について教えてください。

【原田謙太郎さん】 実は現地法人を立ち上げる前から、ロサンゼルスで何度もポップアップショップを行い、テストマーケティングを重ねてきました。原宿の店舗に来る海外のお客様がロサンゼルスのポップアップにも来てくれるなど、すでに行き来が生まれています。これまで世界中のプロの方からは高い評価をいただいていましたが、一般のお客様に世界観を直接伝える場所がありませんでした。お店という箱をしっかり作ることで、我々がどういう集団で社会に何を見せていきたいのかを体現できる面白い店になると思っています。

――アメリカでの展開において、単なる店舗販売にとどまらず、現地法人にさまざまな機能を持たせているとお聞きしました。メイド・イン・USA製品の開発など、具体的な展望を教えてください。

【原田謙太郎さん】 2024年9月に設立した現地法人は、店舗運営やECだけでなく、生産機能も持ちます。単にコストを抑えて大量生産するためではなく、技術力の高い現地の工場を組み込み、正真正銘の「メイド・イン・USA」を作っていくことも、ひとつの目的です。私たちが大きな影響を受けたアメリカの優れたモノづくり文化と日本固有の目利き力やセンスなどの融合を、次世代へしっかりと伝えていきたいと考えています。

(文/磯部正和)

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