「魚は、結局『人』が売るもの」――包丁も握れなかった16歳が、角上魚類最年少店長へ。新店で初日1580万を売り上げた若きリーダーが、恩師から受け継いだ商売の本質。


2026年2月19日、鮮魚専門店 角上魚類の新店舗である狭山店がオープンしました。2024年に最年少で店長に就任し、今回この新店の舵取りを任されたのが八子(やこ)さんです。


オープンに密着したテレビ取材で「初日売上目標1450万円」と宣言した八子さんは、凄まじいプレッシャーを跳ね除け、実際にはそれを大きく上回る1580万円の売上を叩き出すという、異例の大ヒット発進を遂げました。


周辺にスーパーや市場が密集する超激戦区での見事な立ち上がり。その熱気溢れる現場のリアルと、かつては包丁すら握れなかった八子さんが「最強の現場リーダー」へと成長を遂げた軌跡、そして彼が実践する「商売の本質」に迫りました。

「冬が明けたら、辞めるつもりだった」――魚への興味ゼロから始まった、16歳のアルバイト


角上魚類の創業地 寺泊から車でおよそ40分、新潟県長岡市出身の八子さんが16歳で働き始めたのが角上魚類 長岡店でした。


――「冬が明けたら、元職に戻るつもりだった」とお伺いしました。最初は、魚がお好きというわけではなかったのですか?


そうですね、特別魚が好きだったとかではないです(笑)長岡店は雪の影響を受けない屋内施設だったので、雪が収まるまでの短期アルバイトとして働こうと思っていましたね。でも、そのときの上司に、今後は時間を伸ばしてフルタイムのアルバイトとしてやってみないかと言ってもらって。時給も良かったので「じゃあやってみようかな」って感じで始めたのが最初です(笑)


店頭で魚を並べて対面販売するってことをしていたんですけど、お客さんに魚を売るっていうのが最初は難しかったですね。どうやったら売れるのかっていうのは、先輩社員に教えてもらってやりながら身につけていきました。


――そのあと正社員になられたのは、どういった経緯からなのでしょうか。


19歳のとき、正社員試験に受かって、神奈川の相模原店にオープンメンバーとして入ってくれと言われて。だから、正社員として長岡店で働いた期間はごく短いんです。相模原店では、長岡店で見たことのない築地(市場)の魚があり、自分にとっては新鮮でした。長岡店ではずっと対面販売をしていたので、包丁もほとんど使えない状態で。包丁技術も相模原店で一から覚えていったという感じです。


――相模原店には12年ほど在籍し、店次長まで勤められたあと、2024年2月に所沢店の店長になられたとお聞きしています。もともと店長へのステップアップは見据えていたのでしょうか。


正社員になってから10年目までに店長になるっていう目標は一応持っていました。まあ10年ではなれなかったんですけど(笑)



相模原店で一般職から店次長まで経験させてもらったことで、魚の知識や技術だけじゃなくて、従業員の管理、オペレーション、お店全体の管理についても身についた感覚がありますね。店次長時代は、それまであまり経験してこなかった部門にもあえて入って、どんな動きをしているのかをチェックしていました。「お店として、利益を残すためにどうすべきか」を考えるようになって、仕事に対してのスタンスや考え方も大きく変わっていきましたね。

「魚の価値や魅力は、売っている『人』にある」——未経験の仲間たちと挑む、激戦区での店づくり

――所沢店で2年ほど店長をされたあと、新店舗 狭山店を立ち上げる店長という大役に指名されたわけですが、驚きや重圧などはいかがでしたか?


上司から「オープンから店長でよろしく」って感じであっさり言われました。自分から希望は出していなかったものの、いい機会なのかなという風にポジティブにとらえていましたね。


もちろん、求められる売上規模に対して、最初はプレッシャーもありました。まあ、でもやってみないとわからないので、「やってから考えればいい」と思うようになりましたね。一番不安になったのは、テレビ取材で予算を聞かれて「1450万円です」って言っちゃったときくらいです(笑)。テレビで言ったからには「達成できませんでした」とは言えないですから。



――結果、初日に1580万円という見事な数字を達成されました。開店準備はどのように進められたのですか?


店長に指名されてからオープンまで1カ月くらいしかなくて、すぐに人材確保や作業しやすいバックヤードの動線構築、売り場構成などを考え始めました。


何より大きかったのは、オープン2週間前に狭山店に配属された正社員と本社会議をしたときです。若くてやる気に満ち溢れているメンバーばかりで、その姿を見て「これはいけるな」と確信しましたね。


狭山店オープン直後の賑わう店内


――オープンから数カ月が経ちましたが、現在の課題はありますか?


いろいろ課題だらけです。経験のある正社員は、過去に上手くいっていた“当たり前”という感覚に頼りがちになる部分もありますが、それがいまのお客さんにとっても“当たり前”とは限らない。実際に売り場に立つと、そういうズレに気づかされます。逆に、未経験で新しく入ってくれたパートさんやアルバイトさんからは、細かい気づきをたくさんもらえるので、すごくありがたいですね。


あと、売上や粗利の数字っていうよりは、お店の質で角上魚類の店舗1位を目指すっていう目標のがあって。売上ってそう簡単に出せないので。商品の出来栄えとか、接客、お店の活気づくりとか、いろいろな部分が相まって、質の高い店舗といえるのかなと思います。そうなったら、必然的に売上もついて来ますしね。


――質の高い店とは具体的にどのようなものなのでしょう。魚が新鮮なだけでは不十分なのですか。


新鮮な魚がそろっていても、それだけだと質の高い店というのは難しいと思いますね。魚の価値とか魅力って、結局売っている「人」にあると思うんですよね。角上魚類で核となるのは対面販売なので、そこでお客さんにどれだけいい応対ができるかっていう、それこそがうちの価値なのかなって。商品はもちろん、人が一番大事なのかなっていう風に思いますね。


角上魚類でいう「四つのよいか」をしっかり守って日々の営業ができていれば、質や売上にも必ずつながってくると思います。ただ、それを守るのが非常に難しい。毎日営業するなかで、従業員自身が「四つのよいか」を守れている日があったり、少しずれちゃう日もあったりというのは絶対に起こってくるので。だからこそ、自分のような指導側の人間が必要になるのかなと思いますね。


※四つのよいか:鮮度はよいか・値段はよいか・配列はよいか・態度はよいか



――実際、どのように声掛けされるのですか。


例えば、売り場に置かれているマグロが変色しているのをもし見つけたら、「自分で食べたいか、自分だったらこれを買うのか」っていう指導の仕方もありますね。売り場に出すってことは、それを売っているわけですから。


自分も上の人から指摘されたことを、しっかり改善してきて褒めてもらった過去があるので、そういうところが一番大事かなと思いますね。


――どんな指摘を受けたか記憶に残っているものはありますか。


うーーん、いっぱいありすぎて…。グサッとくるものばかりでしたね(笑)


「ちょっと個人的な話、していいですか?」――寡黙な恩師が遺した言葉

――最年少で角上魚類の店長に就任されたとはいえ、これまでの道のりは決して楽なものではなかったと思います。アルバイトとして入社されてから今日までの歩みのなかで、八子さんを動かし続けたのは何だったのでしょうか。


…ちょっと個人的な話、していいですか?


10代のころ、アルバイトとして長岡店で働いていたとき、専務(当時)がほぼ毎日来ていたんです。基本、黙っていて、自分がいた対面売場のすぐ横にずっと立っていて。最初誰だろうなって思っていたんですけど、それが専務だったんですよね。その専務はいまの会長の弟さんなんですけど、とにかくなにも言わない方で。専務の口からダメ出しされた記憶はないんです。そのあと自分が正社員になる直前に亡くなってしまって。当時の長岡店のメンバーで葬儀にも参列しました。そのあと、関東への配属が決まった際に、実は「八子を関東でやらせてみろ」と専務が当時の店長に話してくれていたことを知って。専務の存在が、いままで続けられてきた一番大きな理由になっているかもしれませんね。



――店長からバイヤーを目指す方も多いと伺いましたが、ご自身も転身を考えているのでしょうか。


バイヤーになりたいとは考えたことがなくて。やっぱりお店のほうが好きかなと思います。ずっと店長を目指してやってきたので、せっかく店長になれたなら、これからも関東の激戦区で勉強させてもらいたいなと思いますね。


――これからの狭山店についてのお考えを教えてください。


狭山店は、まだオープンして数カ月ですけど、何十年も続く店になってほしいっていうのはありますし、まず地域一番店を目指してやっていくことしかないのかなって思います。


スーパーや市場が密集する超激戦区にある狭山店で、日々勉強を続けながら現場に立ち続ける若きリーダー八子さん。その誠実な表情の裏には、かつて自分の可能性を誰よりも信じてくれた故・専務から受け継いだ、「魚は、結局『人』が売るもの」という商売の本質が、熱く、静かに息づいていました。恩師や過去の上司から注がれた温かさは、いまの狭山店の若いチーム、そして未経験のスタッフたちを信じて育てる、八子さんの情の深さへとそのまま受け継がれています。








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