ささえストーリー

飯田市天竜川にのぼる初日の出(2026.1.1)
「難民になんてなるもんじゃないよ」
1993年夏、北海道南西沖地震。
当時学生だった田辺大は災害ボランティアとして駆けつけ、
焼け野原となった奥尻島で
着の身着のままで避難所に逃げ込んできた
被災者の言葉を聞きました。
「地震と津波で、たった一夜で人生が変わってしまった。惨めなもんだよ」
その瞬間から、一つの問いが田辺の人生を動かし続けています。
「全てを失った人でも、どうすれば社会の中でささえを得られるのか?」
「ささえ」とは何か
災害だけではありません。
病気、貧困、疎外、事業の挫折 —
人生が変わってしまう瞬間は、誰にでも訪れます。
そのとき、隣に「ささえ」があるかどうかは、
大きな分かれ道ではないでしょうか?
福祉、教育、農林水産業、人権、自然保護、まちづくり —
非営利事業の本質とは、突き詰めれば「ささえ」です。
そして「ささえ」がなければ、どの人間も生きられません。
毛細血管こそ、社会の「ささえ」
大都会を心臓部とすれば、地方は毛細血管です。
水、食料、人材を生み出し、社会全体をささえています。
酸素や栄養を届ける役割は心臓部ではなく、毛細血管が担っています。
しかし今、その毛細血管が空前の危機にあります。
人口減少、物価高騰、燃料危機 —
「ささえ」る存在こそが、最も「ささえ」を必要としています。
私たちのPurpose(存在理由)
奥尻島の問いを抱えたまま、田辺は経営の世界で歩み続けました。
起業支援、事業再生、障害者就労支援 —
現場で汗をかくほどに、「ささえ」が社会で大切な領域に届かない現実を痛感してきました。
しかし同時に、全てを失うほどの逆境から奮起する人間の、
計り知れない力強さも目の当たりにしてきました。
ささえがあれば、人は必ず飛び立てる。上昇気流を生み出せる。
その田辺が、同じ問いを持ち続けてきた仲間たちとともに、本財団を立ち上げました。
本財団は、「ささえ」を社会に編み込むために存在します。
研修で人を育て、助成で挑戦を支え、経営支援で事業を立て直す。
誰もが、必要なとき、必要な「ささえ」にアクセスできる。
そんな場を、私たちが根を下ろす飯田の地から、日本各地へ。
あなたへ
あなた、あなたの事業、そしてあなたが愛する地元を
ささえる財団であり続けたい。
あなたは、誰をささえますか?
https://sasae-fdn.org/
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