経営に応える“キー人材”を絶やさない。育て、迎え、見抜く人事へ ―Thinkings【組織再考ラボ】フェロー 髙倉 千春氏


Thinkingsが運営する「組織再考ラボ」のフェロー、髙倉 千春氏が、グローバルな視点を踏まえ、日本企業が人事を起点に強くなるヒントについて語ります。 


●「いい人材がいない」と感じる時、何を考え直すべきか

──経営から重要ポストの人材を求められても、すぐには応えられない。多くの人事の方が抱える悩みかと思います。なぜ、こうした状況が生まれてしまうのでしょうか。


そうですよね、本当に多くの人事の方からこの悩みを伺います。


これは決して人事側の力不足ということではなく、思考の起点が「今いる人」から始まっていることに大きな原因があります。「Aさんは経験豊富だから、次の事業責任者に」というように、今の必要な人材要件と現在の社員メンバーから逆算して配置を考える適材適所の発想は、長らく日本企業を支えてきた考え方でもありますね。


ただ、今の時代は事業戦略の変化が速く、もっとも稼いでいる事業が、この先もずっと主軸の事業であり続けるとは限りません。事業ポートフォリオがガラッと組み替わったとき、「今いる人」を起点にしていては、新規事業を担う人材を見出すのは難しいでしょう。


そこで大切なのが事業戦略から逆算して考える「適所適財」です。先に事業戦略から「どんなポジションが、いつ、どれだけ要るか」を定義し、その後で「誰を充てるか」に進むという発想。事業ポートフォリオに合わせて、人材ポートフォリオを設計していくということです。


たとえば私が味の素やロート製薬で人事を担っていた時には、全社員が「ビジョンシート」に5年後の希望と来期の行動を書き、その内容を経営幹部が数カ月かけて参照しながら、事業の状況となりたい姿を結び合わせて一人ひとりに少し背伸びすれば届く役割を充てていきました。または、将来の人材要件を念頭に、適任となるポテンシャルを持つ人を発掘していきました。これも「適所適財」を回す取り組みの一つです。


「いい人材がいない」の根底には、人事が事業戦略の議論に上流から関われていないという構造的な問題があります。逆にいえば、ここに踏み込めれば、人材の備え方は大きく変わってくるんです。



●将来価値から逆算して、計画的に人材を育てる

──事業戦略から「適所」を定めた後、それを担える人材と中長期的に向き合い続けるために、人事は具体的に何をしておけばいいのでしょうか。


将来必要となるポジションが見えれば、逆算して育てておく。その出発点が「将来価値のジョブリクワイアメント」、つまりポジションに求められる役割や要件を、今ではなく2、3年先あるいは5年先を見据えて必要となる姿で書き出すことです。


たとえば今のマーケティング責任者は、現状の業務を回せる人なら務まるかもしれません。でも2、3年後にはAIを使いこなせ、営業の現場感覚も持ち、顧客のニーズを最前線で掴める。それを研究開発と会話していち早く製品を開発していく。そんな新しい資質が要るかもしれません。


そこから先が人事の腕の見せどころで、その姿に近づけるために今の社員にどんな経験を積んでもらうかを設計していきます。マーケ畑の人を一度営業に回す、海外プロジェクトに出して異文化での意思決定を経験させる、研究開発と横ぐしのプロジェクトを作りリーダーを任せるなど、そうやって未来から逆算して経験を組み立てるのが「戦略的ジョブローテーション」です。


前回、お話ししたノバルティスのサクセッションプラン──「すぐ」「5年後」「10年後」の3階層で後継者候補を選び、計画的に育てていく仕組みも、まさにこの発想で動いていました。


たとえばノバルティス日本法人のCFO候補に、財務には強いけれど海外経験がない、という方がいました。本社や各国の社長が候補者を持ち寄って話し合う「タレント・レビュー・セッション」で、日本法人社長が「海外経験を積ませたい」と発信したところ、アジア地域の社長が「シンガポール経理のポジションが空いている」と応じてくれた。そうやって、未来から逆算したキャリアの道筋を一緒に描いていったんです。


ノバルティスではもう一つ、こうしたグローバル・キー・ポジションに就いている責任者には「ストレッチアサインメント」という役割が課されていました。自分の後継者を上司や人事と協力して育てるタスクが評価項目に組み込まれており、後継者が育たなければ評価が下がる。それは同時に、「あなた自身もステップアップしてください」という会社からのメッセージでもあるんです。そこまで設計してはじめて、計画的な育成は現場で機能していきます。



●迎え方、4つのB、組織構造の視点──今すぐの欠員に応える打ち手

──ここまで中長期で人材を整えるお話を伺いました。とはいえ、今この瞬間に欠員が出ている現場もあります。中長期の準備が間に合わないとき、人事には何ができるのでしょうか。


おっしゃる通り、現場ではしばしば「今誰かが要る」という事態が起きますよね。社内に候補がいないとなると、外部から迎えるしかありません。けれど、外部採用に丸ごと頼ると、これはこれで難しい局面が出てきます。


外部から迎えた方が組織で力を発揮できるかどうかは、その人個人の実力以上に受け入れ側の準備しだいなんです。そこで人事に求められるのが、外部と内部をつなぐ翻訳者の役割です。


新しい方をそのまま現場に放り込めば、社内で長年積み上げてきた方々との間にあつれきが生まれかねない。だから人事は、社内で築かれてきたものへの敬意を共有しながら新しい方を迎え、現場の声を聞き合える場をつくる。そのうえで、社内のメンバーと新しい方が一緒に「これからはこうしていきたい」というビジョンを描けるよう、間に立って橋渡しをしていきます。


具体的にはGE(ゼネラル・エレクトリック)発祥のAssimilation(アッシミレーション)プログラムを導入していました。新任リーダーを迎え、その人とともに価値あるチームをつくっていくのは全員の職責である。そんなポジティブな風土を意図的に育ててきたんです。


これができていないと、せっかく迎えた方が本来の力を発揮できないことも多く、私の経験上、期待通りに活躍してくださるのは3割ほどというのが実感です。


それから、人材確保の方法は中途採用にこだわる必要もありません。私はこれを「4つのB」で整理しています。Buy(中途で迎える)、Build(社内で育てる)、Borrow(業務委託や副業で借りる)、Bot(AIに任せる)。一つに頼るのではなく、ポジションごとに最適な組み合わせを考える。専門性のある仕事なら高度専門人材を業務委託で迎える、新規事業なら他社とジョイントベンチャーを組む。三菱商事とKDDIがローソンに共同で資本参加した「未来のコンビニ」構想のように、雇用を超えた組み方ももう当たり前ですよね。


そしてもう一つ、視野を広げていただきたいのが、個人の配置だけで何とかしようとせず、組織の構造そのものに目を向けるという発想です。たとえばマーケティング責任者に営業戦略の知見が要るとしても、必ずしも一人で両方できる人を探す必要はない。マーケティングの実務に強い人と営業戦略を分かる人が、ペアで動ける役割設計にすれば、社内のメンバーで打てる手は意外と広がります。AIの導入に伴い、どこをAIに任せて人間が本来価値を出すところはどこかというJob Designも新たに始まっています。


人材の配置や育成に魔法の杖はありません。けれど、迎え方の作法、4つのB、組織構造の視点など、これらを組み合わせていけば、「今動ける」打ち手は豊かになっていくと思いませんか。



●人を見抜く3つの視点と、これからの人事システムへの期待

──ここまで中長期の準備と、今すぐ動くための打ち手の両面でお話を伺いました。最後に、これから人事が経営と並走していくために、何が大切になるでしょうか。


何より大切なのは、人事が経営の議論に早い段階から加わることです。事業戦略と人材ギャップを埋める打ち手は、経営でも事業部でもなく、人事だからこそ出せるものがあります。


そして、その提案の質を支えるのが、ここまでお話ししてきたキー人材──将来の事業を担う要のポストを任せる人──を見抜く目の解像度です。スキルや過去の業績だけを見ていては、将来も力を発揮してくれる人かは分かりません。私が大切にしているのは、3つの視点です。


一つは「Will」、その人が本当にやりたいこと。会社の戦略や社会のニーズとどうつながるのかを、自分の言葉で語れるかどうかを見ます。二つめは「ケイパビリティ」、組織の総合力につながる個人の力です。自分の仕事を一段上から俯瞰し、足りないものを自覚して、自ら学び続けようとしているかを見ます。三つめは「コンピテンシー」、高い成果を生み出す行動特性です。過去の難局で知恵を絞って結果につなげた経験から、チームを作ることや相手のニーズを価値に変えること、スピードをもって難しくともやりきる知恵、つまり、再現性あるコンピテンシーを見ます。


ところが、今の採用管理システムや人事システムの多くは、現在の評価や経験を整理することに重きが置かれていて、こうした将来価値の手がかりはなかなか拾えていません。これからは、まずは採用時点で、その人が将来どのような価値を作り出したいか、そのために自身が持っているCapability(将来的な価値創出につながる力)とCompetency(職務で発揮される行動特性・能力)を本人の自己認識を引き出しながら把握し、人材のポテンシャルを見抜いたうえで、採用から配置・育成・活躍までを一気通貫で、社員一人ひとりの将来価値を引き出していく。そんな視点を持って動ける人事こそが、経営の半歩先を歩めるようになるはずです。


「いい人材がいない」という悩みに向き合いながら、経営に応えるキー人材を見出し、育て、組み合わせていく。その挑戦と歩む人事の方々こそ、これからの会社をつくっていく主役なのだと、私は感じています。





髙倉 千春(たかくら ちはる)

元ロート製薬株式会社 取締役(CHRO)

高倉&Company合同会社 共同代表

Thinkings 組織再考ラボ フェロー


農林水産省、外資系製薬会社の人事リーダー、日系大手CHROを経て、現在は複数のプライム上場企業で社外取締役を務める。外資で培った「人が強ければ世界に勝てる」という信念のもと、人的資本経営の本質である、個人が主体的にキャリアを築き、組織がそれを支えることで共に進化していく考え方「個と組織の共進化」を提唱。投資家に語れる人事戦略の構築、変化を組織に埋め込むサクセッションプラン(後継者育成計画)、越境学習によるインタープレナー(越境人財)育成などをテーマに発信を続けている。



■プロフィール

1983年農林水産省入省。90年フルブライト奨学生として 米ジョージタウン大学へ留学し、92年に MBA 取得。 93年から三和総合研究所にて組織再編、新規事業実施などにともなう組織構築、人材開発などに関するコンサルティングを担当する。99年よりファイザー人事部担当部長、2006年ノバルティス・ファーマ人材組織部 部長、14年より味の素理事グローバル人事部長としてグローバル人事制度を構築、展開 20年よりロート製薬取締役、22年同CHROに就任。22年より日本特殊陶業社外取締役 サステナビリティ委員長。23年より三井住友海上火災保険・野村不動産ホールディングス社外取締役。24年より中央大学ビジネススクールアドバイザリーボードに就任。企業の将来の経営の方向性を見据えた戦略的な人事に取り組み、多様な次世代人材育成などを推進。


プロフィール詳細 




「組織再考ラボ」とは 

「企業における組織づくりのあり方について再考し、経営層や人事部門の皆さまに対して有益な情報発信を行う」をミッションに掲げ活動しています。 



https://thinkings.co.jp/re-thinking-org_lab/ 



メディア・企業からのお問い合わせ先 

組織づくりに関連した専門的な知見と実践経験を持つ、「組織再考ラボ」の各フェローへの取材・講演・企業コンサルティングなどは、こちらからお気軽にお問い合わせください。

 

■お問い合わせ先はこちら 

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■髙倉 千春氏の取材・講演可能なテーマはこちら 

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