私事で恐縮だが、小学校の授業だったと思う。大量殺りくの世界大戦のはざまに軍縮会議が幾度も開かれたと知り、何とも不思議な気持ちになった。...
「君たちは、知っておかなくちゃいけないんだ。知っておかないと、また同じ過ちを犯すんだ」。恩師の言葉だという。後に同じ教職に就き「生徒に事実を語り伝えていくことの大切さ」を痛感したとの寄稿が心に刺さった。...
モノの本を頼ったり、インターネットで調べたり。今夏、借りた畑で見よう見まねの野菜作りに挑んだ。キュウリ、ゴーヤー、ナスなど。生き物相手にビギナーズラックは期待できない。...
料理愛好家の平野レミさん(78)が紹介するレシピには、よくカボスがお目見えする。炒め物、パスタ、鍋、ドレッシング。「香りのアクセントには爽やかな風味がぴったり」と愛してくれている▼余話をもう一つ。...
窓という窓に段ボールをあてがい、徹底した目張りが隙間から明かりが漏れるのを防ぐ。倒壊したビルを想定した広い会議室。...
「たくさん持ってるでしょ。何でまた買うの?」。夏物衣類のセール会場で、いらだった様子の男性の声が聞こえてきた。夫婦なのだろう。妻と思われる女性は、困ったようにほほ笑んで手に取った服をそっと戻した。...
自分は世の中に必要とされていないという思いに押しつぶされそうだった。ふと、机のそばにあった懐中電灯をつけて光に手のひらをかざすと、きれいな赤色が見えた。一編の詩が生まれた。「手のひらを太陽に」。...
九州新幹線の新八代駅(熊本県八代市)はきょうから、同市出身の故八代亜紀の名曲「舟唄」を車両発車時に流す。オルゴール調だそうだ▼扉が閉まる前の20秒間、ホームで聴ける。...
猪瀬直樹さんのノンフィクション『昭和16年夏の敗戦』がNHKでドラマ化された。1940年に設置された「総力戦研究所」に金融機関や陸海軍、通信社などから若きエリートが集結。...
当事者から生の声を聞く機会が一層貴重になった戦後80年。小紙は「大分の空襲」や全国の地方紙19社との共同企画「あの時私は」などの連載が、戦争の記憶を伝えてきた。...
県民の共通認識だろう。「大分はガソリンが高過ぎる」。誰もが腹の中でグッとこらえていることの一つに違いない。そうだ、と膝を打つあなたの眉間のシワが目に浮かぶ▼大分市には九州唯一の製油所がある。...
地球上のアリの総重量は、人間の総重量とほぼ同じらしい。人工知能(AI)に何かびっくりする話題はないか尋ねたら教えてくれた。調べてみると生物学者エドワード・O・ウィルソンの説だと確認できた。...
雲さえも見下ろす高みから果てしない地平線を眺めてみたい―。アウトドア派ならずとも山への憧れを抱く人は多いのではないか。だが、その山頂を目指すとなれば話は別。...
休肝日を増やそうと努力はしている。一応。とはいえ晩酌に缶ビールを1本あおるくらい、バチは当たるまい。手っ取り早いつまみといえば、やはり枝豆。育ちきる前に収穫した大豆だ。...
映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は何度見ても面白い。タイムマシンを動かすのに必要な電力として、雷のエネルギーを使う。一発が約400キロワット時で家庭用電力の数カ月分に相当する。利用できればいいのに。...
大物文化人の訃報に戦後の節目を感じた。14日、80回目の終戦の日を目前に茶道裏千家の15代家元、千玄室さんが亡くなった。102歳▼国内外で反戦のメッセージを発信してきた。原点は学徒出陣。...
県内の内陸部を中心に激震が襲った1975年4月。湯布院町(現由布市湯布院町)は震度6程度の揺れがあったと推定され「壊滅」との風評が広がったという。町の健在ぶりをアピールするため新たなイベントが次々と始まった。...
戦後80年の今年は往事を振り返る書物や展示に接することが増えた。...
一陣の風となって草原を泳いでいるだろうか。満天の星の一つになって闇夜の大地を照らしているだろうか。...
お地蔵さんはエラい。人々に寄り添って救い導くため、仏になって天界に昇ることを断った。正式名称は地蔵菩薩(ぼさつ)。道ばたでよく目にするし、『かさ地蔵』といった昔話もなじみ深い。...
「水と油」は相いれないものの例えだが、旧日本海軍の研究所に「水からガソリンができる」と開発話を持ち込んだ男がいた。...
「終戦」と「敗戦」。どちらの表現を使うか、特に定めがあるわけではないのだが迷うときがある。ラジオで玉音放送が流された1945年以来、80回目を迎えた終戦の日。...
当時14歳だった作家の故・野坂昭如さんは神戸で空襲に遭う。避難先で1歳半の妹を背負いながら、空襲の残り火と似て非なるホタルの乱舞に見入った。爆弾の目標になるからホタルを処分せよと回覧板が回ったという。...
風変わりな神仏が好きだ。国内ではビリケンさん。とがったはげ頭につり上がった目。笑顔がとてもキュートである。国東半島にも伝わる角大師もユーモラス。海外ではインドのガネーシャがお気に入り。象の頭に太鼓腹。...
1985年は時代の転換点だった、と言っていい。電電公社が民営化され、男女雇用機会均等法が産声を上げた後、戦後の首相で初めて中曽根康弘氏が終戦の日に靖国神社を公式参拝した▼ビッグニュースは続いた。...
府内城跡(大分市荷揚町)は市民、県民にどれだけ愛されているだろうか。...
縦約13センチ、横約9センチ。被爆者健康手帳のサイズはパスポート(B7判)に近い。表紙を見ればその人の名前、性別、番号が分かる▼計36ページ。...
戦後80年の節目を迎えている今夏。例年にも増して平和の願いを強くするのは、露骨な自国優先主義や、国際関係の緊張が高まり国防が議論される機会が増えたからだろう▼平和を希求した男の生き様(ざま)―。...
豆腐がおいしい。定番のかつお節、小ネギの他、時にはキムチやしらすをのせたアレンジもいい。よく作る料理は野菜、卵、豚肉と炒める豆腐チャンプルー。白麻婆(マーボー)豆腐はひき肉、調味料と合わせてレンチンするだけなので簡単。...
作家の中山士朗さんがご存命なら94歳になる。別府湾を一望する別府市野田に「原爆亭」と名付けた書斎を構え、ヒロシマの記憶を静かに書き残した孤高の文筆家だった。...
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