「簡単なあいさつを依頼されたのですが、今、日本の世の中、あまり雰囲気がよろしくないと感じています。まじめにメッセージを用意して参りました」 10月12日、別府市コミュニティーセンターであった「イスラム文化祭り」。立命館アジア太平洋大(APU、同市)の米山裕学長(66)の来賓あいさつは意外な言葉で始まった。 米山学長は、自らの研究対象としている米国の日系移民について説明した。20世紀前半、職業や住居を制限する差別を受け、太平洋戦争開始後は10万人超が強制収容所に送られた歴史を語った。 講義のような話の結末を聴衆は静かに待った。 「外国から日本に来た人たちが、日系人と同じような経験を繰り返す日本であってはならない。イスラム教は別府の多様な文化の一つ。ぜひ関心を持ってもらいたい」■見知らぬ人物から電話 主催した別府市内のイスラム教徒(ムスリム)の間では少し前から、静かな動揺が広がっていた。 別府ムスリム教会が運営する礼拝所(モスク)「セントラル九州マスジド」(同市若草町)の指導者カーン・アルタフさん(44)=パキスタン出身=に9月25日、見知らぬ人物から電話があった。 「お前たちはゴキブリだ」「なぜ、ここにいる」「日本に住む価値はない」 日出町南畑の土葬墓地整備計画に抗議する狙いだろうと感じたという。「別府に11年間暮らすが、こんな電話は初めて」。淡々と話す様子に、押し殺した心の痛みが見え隠れした。 同じ月、交流サイトの「インスタグラム」では計画を痛烈に批判する動画が投稿された。 額部分に「侍」の文字が入った帽子の人物が教会のカーン・ムハマド・タヒル・アバス代表(58)の実名と顔写真を示し「生の遺体をポイッと捨てるわけだからゾンビちゃんが現れる」とあおった。■「苦しい」移住も選択肢に 「『公園礼拝』拡散 ヘイトの芽 福岡のモスク 信徒600人 『自分の国に帰れ』怒号も 地元は『混乱なく問題ない』」(9月22日付、西日本新聞) 「外国人政策 誤情報拡散 北九州『ムスリム給食』抗議1000件」(同24日付、毎日新聞) この時期、ムスリムの振る舞いや行政の対応に関し、隣県でも排外主義的な反応や抗議が起きたことが立て続けに報じられていた。 教会役員のザファー・サイードさん(44)=パキスタン出身=は、一部の政治家の分断をあおるような主張がきっかけになり、外国人や外国ルーツの人たちに対する視線が厳しくなったと感じている。 2000年開学のAPUで1期生として学び、卒業後、別府市内で中古車の輸出業を営んできた。日本国籍も取得した。過激派組織イスラム国に批判が高まった時期でさえ、周囲の人は優しかった。それなのに―。 排他的な風潮が強まれば将来、子どもたちはきっといじめられる。そんな思いに突き動かされ、9月、家族でマレーシアを訪れた。移住は現実的な選択肢として浮かんでいるという。 「日本に25年暮らしてきて、こんなに苦しい状況はなかった。今年は本当にハートブレークです」 =プロローグ終わり=
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