自宅で療養する女性を診察する山岡憲夫医師(左)=5月、大分市太平町
住み慣れた自宅や施設で診察を受けられる「在宅医療」の利用者が増加している。コロナ禍で入院患者の面会が制限されたこともきっかけとなり、病院ではなく家で診てもらうことを希望する人が増えたという。団塊世代の高齢化が進む中、今後さらなる需要の高まりが見込まれる。現場を取材した。
「来たよー。体の調子はどうですか」
大分市太平町の自宅に1人で暮らす真野美江子さん(88)に、やまおか在宅クリニック(同市東大道)の山岡憲夫院長(71)が優しく声をかけた。
真野さんは2016年に乳がんを発症。抗がん剤治療を続けたが、肺にも転移が見つかった。徐々に気力が低下する中で「家に帰りたい」という気持ちが強まり、23年1月に在宅医療に切り替えた。山岡院長が週1回訪問し、薬の調整や治療に必要な輸血などをしている。
「やっぱり家は落ち着く。住み慣れた場所で治療を受けられるのはありがたい」と真野さん。輸血時に立ち会う義妹の増井知嘉子さん(83)は「自宅で診てもらうようになってから明るくなったように感じる」と話す。
同市舞鶴町で妻と暮らす男性(85)も20年6月から在宅医療を続けている。男性はアルツハイマー型認知症を患い、18年から近くの有料老人ホームに入所していた。コロナ禍で面会が禁止になり、妻が「家に連れて帰って一緒に過ごしたい」と決断した。
現在は2週間に1回のペースで山岡院長が訪れる。妻は「最初は不安だったけど、何かあれば365日対応してくれる先生がいるから安心して過ごせている」。
在宅医療を続けるには家族にかかる負担も無視できない。山岡院長は「診察だけでなく、患者や家族の日常生活を守ることも大事」と説明する。時には患者にデイサービスやショートステイを利用してもらい、普段から世話をしている家族が一息つけるように配慮している。
同院は09年に県内初の在宅医療・緩和ケア専門クリニックとして開院した。3人の医師が大分市全域と由布、別府両市の一部地区で計約350人の患者を受け持っている。看護師と共にそれぞれ1日に10人ほどを診察。容体が急変した場合は夜中でも駆け付ける。
新規申し込み患者数は19年まで年間200人前後で推移していたが、コロナ禍を境に20年以降は約1・5倍になった。「面会制限に加えて患者の外出も難しくなったことで、自宅に帰りたいという気持ちがより強まったのではないか」と山岡院長。
家で生涯を閉じたいと望む人は多く、在宅での「みとり」も増えたという。
■対応医療機関は増えず
在宅医療を望む患者が増加する半面、対応している医療機関は増えていないのが実情。介護事業者との連携でニーズの高まりに応じている。
県医療政策課によると、県内で在宅医療の訪問診療を受けた年間の患者数は、データのある2018年度から右肩上がりで、22年度は1万4624人だった。
一方、訪問診療を実施した医療機関の数は、ほぼ横ばいの350前後で推移しているという。
こうした中、県は地域の医療、介護などの関係職種が連携して対応する体制づくりに取り組んでいる。病状などの情報を共有し、▽日常の療養▽入退院▽急変時▽みとり―の各場面で患者の支援を切れ目なくできるようにする。
本年度からは、診療を担う医療機関同士や、病状の急変時などにも対応する訪問看護ステーションとの連携強化を促す研修会を市町村単位で実施する。同課は「患者の希望に沿った支援を続けられるよう、引き続き環境づくりに取り組みたい」と話した。
<メモ>
県が20歳以上の県民を対象に昨年実施したアンケートによると、在宅医療を「知っている」「聞いたことがある」との回答は計92・0%。認知度が高い半面、「在宅でどのような医療を受けられるか分からない」は58・4%、「訪問診療をしてくれる医師を見つけるのが難しい」は72・5%の人が「とてもそう思う・やや思う」と答えた。「住み慣れた環境で家族や知人に囲まれて療養できる」「入院と比べ、自分のペースで過ごせる」というイメージを持つ人はいずれも8割近くに上った。