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麥田俊一の偏愛的モード私観 第11話「ニナ リッチ」

 インタビューする側の私が、逆にインタビューされることがある。記事を書く備えとしてのインタビューには慣れている。だが、受ける側となると、ちと様子が違ってくる。勿論、大の苦手と云う意味。眼の前の他人に自分らしさを晒すなど考えただけでも居た堪れなくなってしまう私には、せいぜい昔流の談話記者が分相応。だから取材は受けない。今更主義を変えるのも億劫なことだし。

 我々の原稿にも、たとえば、第三者を相手の、語りならではの良さ(と云うより話術、話体)を生かした書き方がある。書いた文章だけれど、すんなりと読める。さて、実際に筆を手にして書くとなると(今はキーボードを叩いている)、どうしても自意識が作用する(叩いている傍から)。自意識の後押しによって文章は書かれるものだけれど、話の場合はそう云う後押しもなく、眼前に人が居るからと云うだけのことで、自然に言葉が引き出されてくる。そのさりげなさが対話の端々に溢れていて、それが寧ろ、その人らしい自然な話になってくる。書いた文章では、到底こうはいかない。ならば、対話の模様を映像で見せるか、或いはテープ起こしのママの文章で事足りると云うことにもなるが、それでは私は一向に慊りない。だから私は、書く。

 パリにて「ニナ リッチ」の最新コレクション(2020年春夏シーズン)を取材した後、デザイナー2人に会う機会を得た。女性のリジー・ヘレブラーと男性のルシェミー・ボッターは私的にもパートナーの関係と聞く。彼等が新たなクリエーティブ・ディレクターに就任したのは前回(2019~20年秋冬シーズン)のことだから、今回が2回目のショーである。「ニナ リッチ」は、欧州の高級婦人服メゾン(店舗)が軒を連ねるパリのアベニューモンテーニュに本拠地を構える、仏が誇る由緒ある高級ブランドの一つ(創業デザイナーのニナ・リッチは伊を出自とする)。伝統と云うもの、現代に於いては、その頑迷固陋な魅力だけではなかなか通用し難いものだが、これはファッションの世界にも通じる真理。だからって、風船ガムなの? 2人の遊び心が、メゾン発展への跳躍台となるのかどうかを見極めてみたい心組みもあった。いざや、2人のもとへ。

 プレスルームにて口をアングリ開けて呆然とする私。そう、それが私にはいちばん応えることだった。あまりにも突然と云うことが。勢い破裂するリジーの笑い声。暫く収まる気配がない。パートナーのルシェミーの顔も、漸次綻びる。もしかしてリジー、笑い上戸なの? 端正な顔立ち、思い切り崩して尚も彼女は、独り笑いの渦の中。呆気にとられる私。気さくな雰囲気に満ちた部屋。和んだ空気。それだけが救い。話題を、バブルガム(風船ガム)に向けた先攻。眼前の2人を、こうもヒットするとは思わなかった。何も、その場でリジーが風船ガムを膨らませていたわけではない。今回のショーで、このバブルガムが歴とした役割を振られていたのだ。唯、それだけのこと。でも…。

 九牛の一毛と云われればそれまで。ショー会場には、座席毎にウエルカムギフトとして、特製パッケージに包まれたバブルガムが置かれていた(今回の招待状の白い封筒には、わざわざ「これは食べられません」と註釈付きで、偽物の板ガムが入っていた)。「A Show in Gum」とか「NiNALiCiOUS」とかの冗談が踊るタイポグラフィーとアメコミ風のポンチ絵が、如何にも子供じみていて、洒落ている。唯、それだけではない。今回のショーには、膨らんだ風船ガムを思わせるイヤリングがモデルの表情を殊更愛らしく見せていたのだ。

 「はて、あのバブルガムは誰のアイデア?」。俗っぽい質問ならお手のものの私。先ずは風変わりな話題に水を向ける。「2人で考えたの?」と訊いてみる。「面白かったかな? あれは僕のアイデアさ…と云いたいところだけれど…」とルシェミー、なかなか煮え切らない。その瞬間の出来事だった。もうこれ以上は堪え切れないわとの態でリジー、思い切り噴き出す為体。けたたましく大声で笑う彼女に釣られて、いいとこ取りを仕損じたルシェミーも苦笑いしながら説明に余念がない。

 「ショーが終わったらいつも2人で口々に云うのだけれど、僕等にはそれがちょっとした反省会のようなもので(あまり他人には聞かせられないけれど)これが面白い。たとえば一つ一つのアイデアについて『これは僕が考えたものだよ』『いや、私が最初に思い付いたのだわ』と云う具合にね。白状すると、バブルガム、実はリジーのアイデアさ」と彼。お株を奪い返しても尚、紅潮醒めやらぬ顔のリジー。彼女も仔細を説明してくれる。「あれは5年以上前のことになるかしら。アントワープからアムステルダムに移動している最中、たまたまガムを見付けて噛みながらピンときたの。あぁ、このバブルガムの膨らんだ感じ。これ、絶対に耳に貼り付けたら可愛いイヤリングになるわよ、と。そのことが記憶に残っていて、でも、ずっと温めてきたアイデアではないのだけれど、今回は試してみるいい機会になったみたい」と云うのが顛末。

 再び今回の会場風景の描写。天井より滝のような勢いで落ちる水流が、透明なガラスの壁伝いに落ちる様子は、さながら水の壁のよう。巨大な水流の壁が左右対称に会場を二つに分ける、詩味溢れる舞台演出である。「今年の夏、リジーの実家に遊びに行った折に驟雨に見舞われたのだけれど、あの水の壁は、屋根から流れ落ちる雨と水飛沫にイメージを膨らませて生まれたもの。僕等のルーツであるカリブ海特有の雨にもね。雨は自然の恵みだもの。大自然のインスピレーションは他にもあるけれど…今度は間違いなく僕のアイデアだよ(笑)」と、胸を張る彼。こうした、ありのままに描かれるコントラストも2人の創作の特徴の一つとなる。

 彼等の内にある明確なビジョンをキープしながら、更に想像を膨らませ、遊び⼼に横溢するノスタルジアと、最先端の技術が交叉する新たな世界を描く2人は、今回の創作を或る種の「遊び場」に置き換え、子供の頃の懐かしい記憶を個性的な形に繋げている。オプティミスト。そして、ルールを破ることを躊躇わない女性たち。自由な精神を纏った彼女たちが、どれだけクリエーティブな喜びを享受することが出来るか。そのことを、この2人は熟知している。まぁ見ていて御覧なさい、と云うわけだ。

 「子供の頃の懐かしい記憶」。創作の起点としては特段珍しくもないが、これが、まさに新境地へと踏み出した2人が今回のために温めていた着想だと知れば、俄然興味がそそられる。「昨年の暮れに『ニナ リッチ』チームと一緒に僕等の故郷、カリブ海のキュラソー島とか、ドミニカ共和国を旅して回ったのだけれど、皆に家族や古い友人たちを紹介しているうちに、懐郷の念に駆られて、子供の頃の思い出や体験を2人で知らず知らずに追体験して生まれたのが発端。たった今『何故?』と尋ねられて、その時のことを思い出したよ(笑)」と飄々とするルシェミー。だが、「子供の頃の記憶をそのままコレクションに具現化したわけではないよ。デザインは前に進むものだからね。でも、記憶に残っている純粋さは大切なものさ」とも。砂場遊び用のバケツは、フェルト素材や光沢のあるコーティング仕上げの帽子とバッグに姿を変え、スイミングキャップは、刺繍を施したエレガントなヘッドドレスに生まれ変わった。勿論、バブルガムは極上の装身具。恰も今回のコレクションは、2人の閃きや驚きが一杯に詰まった大きな風船のよう。(麥田俊一、ファッションジャーナリスト)

2019年12月5日

エンタメ記者コラム

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