私の映画史~1980年代~
大江謙一(大分合同新聞社文化科学部 記者)
発信者の思いをかみしめ、新たな価値観に思考を巡らせる時間が、映画にはあります。何を見て、いかに感じ、変化したのか―、それは見た人一人一人に委ねられています。映画を愛する人たちが、好きな作品や映画にかける思いなどをつづります。
思えば映画にまみれた少年時代だった。
1975年生まれで、エンターテインメントのジャンルは少ない時代を過ごした。3、4歳の頃はビデオテープも身近な存在ではなかった。19インチテレビのチャンネル権は父親ががっちり握っており、番組に興じた記憶すらない。だからこそ、たまに宇佐市の四日市文化センター(当時)で上映される子ども向けの映画会が楽しみでたまらなかった。
― 画面でかくて迫力あるし、人が多くてお祭りみたいだし、最高じゃん ―。
その時に上演された「一休さん」はそんなに好きではなかったけれど、映画を見るという体験の下地はそこでつくられた。そして、「いつかは映画館で映画を見てみたい」と思うようになった。
その機会は意外に早く訪れた。
小学生低学年のことだ。普段はエンタメに興味すらない母親が急にスティーブン・スピルバーグ監督の「E.T」を見に行こうと提案したのである。テレビ番組でも盛んに紹介されていて、子どもながらに興味を持っていた一本。行きたくないわけがない。初めて訪れた映画館のシートに腰を落とし、天津甘栗を頬張りながら、いざ鑑賞へ!と意気込んだ。テンションはマックスである。
― ここまでは良かった。
映画には予告編というものがある。今後上映される作品の雰囲気を味わえる大事なものなのだが、この予告編で紹介された作品がまずかった。
― 「食人族」 ―。
イタリアのホラー映画「食人族」。ドキュメンタリーの撮影隊が体験した恐怖を描いた作品なのだが、生々しい作風と残酷でグロテスクな映像のオンパレードだった。
現在であれば「物語」と認識して鑑賞ができるのだが、子どもの時分では現実と非現実の区別がつくはずがない。
さらに悪いことに、この時僕の腹は大量の天津甘栗で埋め尽くされていた。さまざまな混乱が、消化中の甘栗を突き上げ、客席で予告編以上のショッキングなシーンを演じてしまった。
当然ながら「E.T」を見ることなく退館することに。胸をドキドキさせるためにきたはずなのに、胸はバクバクするばかり…。
「映画館では何が起こるか分からない」
― これが、映画館に初めて抱いた感想だった。
惨たんたる映画館デビューを飾ってしまったのだが、とあるきっかけで再び映画のとりこになり、やがては映画製作の学校に通うことになる。のだが、今回はここまで。
次回は90年代の映画とともにティーンエイジャーのときの話ができれば。
ではまた!
今回登場した作品
※「一休さん」室町時代の僧、一休宗純の少年時代の説話を描いたアニメ作品。
※「E.T」少年と宇宙人の友情を描いたスティーブン・スピルバーグ監督作。ヘンリー・トーマス、ドリュー・バリモアが出演。
※「食人族」ルッジェロ・デオダート監督のイタリア映画。2023年5月には「4Kリマスター無修正完全版」が公開された。
=2023/06=