無責任に移住させない。飛騨市の「おせっかい」な移住支援

豊かな自然。のびのびとした風土。魅力的な補助制度。
理想の「田舎暮らし」をアピールし、地域外から移住者を呼び込む。
それは、本当に移住者にとって良いことなのでしょうか?
インターネットで「地方移住」と検索すると「やめとけ」「失敗」といったネガティブなワードが並びます。
せっかく地域に来てくれた人に、ネガティブな気持ちを抱かせたくない──そうした思いから、飛騨市では、移住後の生活を見据えた「現実的な」移住支援を行っています。
活動の中心を担うのは、飛騨市役所ふるさと応援課の石島怜奈(写真右)、認定NPO法人まちづくりスポットコーディネーター 飛騨市移住担当 藤本朋美(写真左)。
話を聞いて見えてきたのは「飛騨市らしい」移住支援のかたちでした。
移住の多様化に応じて、相談窓口を強化

──お二人の役割をお聞かせください。
石島:もともと移住者の相談対応は市が担っていましたが、コロナ禍で移住需要が高まったことを背景に体制が見直されました。その結果、まちづくり事業の一環として飛騨地域(※1)の移住・定住促進に向き合ってきた「まちづくりスポット」に、2023年4月より移住支援センターの運営を委託することになりました。
その中で私は、移住に関わる補助制度の手続きを主に担当しています。移住を検討されている方の相談窓口「飛騨市移住支援センター(以下、移住支援センター)」の運営を担うまちづくりスポットと連携し、ときには窓口に立ちながら、現場の声を制度に落とし込むことも重要な役割の一つです。
※1 飛騨市・高山市・下呂市・白川村の3市1村から構成される地域のこと。
──移住支援センターには、月にどのくらいお問い合わせがあるのですか?
石島:2023・2024年度の実績では、月平均14件です。具体的に移住をご検討されている方からは、月に複数回お問い合わせいただくこともあります。
──どのような方が相談にいらっしゃるのでしょう?
藤本:近年、窓口にお越しになる方の背景や目的は実に多様化しています。仕事や住まいが決まったうえで、地域のことや補助制度についてさらに知りたいという方もいれば、漠然と「田舎暮らし」をイメージしてお問い合わせされる方もいらっしゃいます。
また、高山市へ観光に来たついでに飛騨市まで足を伸ばし、移住情報を集める方も珍しくありません。いわゆる「のんびりした田舎」を思い描く方の中には、飛騨市のような落ち着いた環境に心地よさを感じる方も一定数おり、ベッドタウンとして視野に入れて検討されるケースもあります。
地域の魅力アピールだけじゃ不誠実
──移住支援センターは、相談に乗ることを通して地域の魅力をアピールする役割も担っているのではないかと想像します。実際はいかがでしょう?
藤本:私も、以前はそう考えていました。でも最近、それではいけないと思うようになってきたんです。
一方的に魅力を伝え、安易に移住を促すことは、移住を検討されている方に対して失礼だな、と。
──どういうことでしょう?

藤本:飛騨市への移住を検討していただけるのは、ありがたいことです。ただ、実際に移り住んだ結果、水が合わず定住に至らないのは、ご本人にとって望ましいことではないでしょう。
だから私は「本当に飛騨市がいいのか?」という点を丁寧に確認するようにしています。言い換えると、移住を検討されている方が抱く飛騨市の「イメージ」と「現実」とのギャップを埋めるコミュニケーションを心がけています。
例えば、飛騨市での主な移動手段は、車またはバス・タクシーです。買い物をする場所は、大きな道路沿いにあるケースが一般的。
一方、都市部に住む方の中には、買い物をする場所は「駅の近くにあるもの」というイメージをお持ちの方もいらっしゃいます。そのためか、住まい探しの際に「飛騨古川駅の近くで」と希望されることがありますが、駅周辺には大型スーパーやドラッグストアはありません(※ 2026年3月時点)。
その点をお伝えすると「自転車で移動するので問題ありません」と言われることもあります。しかし、雪国である飛騨市では、自転車での移動を前提に生活を組み立てるのは現実的ではありません。特にお子さんがいるご家庭にとっては、車と運転免許は生活に不可欠です。

──車を持っていても雪国で生活した経験がなければ、冬用タイヤやワイパーに交換するといった習慣にも馴染みがないでしょうし、雪道の運転そのものに不安を感じる方も少なくなさそうですね。
藤本:生活をするうえでの「前提」の違いに戸惑う方は少なくありません。車社会や雪国であるという点に加え、虫が多いことも、移住検討者が戸惑いやすいポイントの一つです。相談者が移住に前向きでも、ご家族が虫を苦手として不安を感じるケースもあります。
──虫が苦手だと、春先や秋口に一斉に出てくるカメムシには、なかなか慣れないかもしれませんね。生活環境の違いだけでなく、人との関わり方についても、イメージとのギャップはありそうです。
藤本:「田舎は人が温かい」とよく言われますが、どのような「温かさ」をイメージしているかも、移住後に馴染めるかどうかを左右するポイントです。
飛騨市には、いわゆる「おせっかい」ともいえる気風があります。
「ぜんぜのこ(古川音頭)」という民謡には「ゼンゼノコ、マンマノコ」という歌詞があります。ゼンゼノコはお金、マンマノコはご飯を意味し、お金やご飯がなくても、助け合いによって生きていけるという考えが込められているそうです。
地域では、見慣れない人の姿があれば気にかけますし、長い間家の前に車がなければ「元気にしているだろうか」と心配します。畑で野菜がたくさん採れれば、分けてあげたくなるものです。
こうした関わりを「親切」と感じるか「干渉が多い」と感じるかによって、住み始めた後に地域へ馴染めるかどうかは変わってきます。
そうした人間関係や生活環境のリアルをお伝えしたうえで「どこまで適応できそうか」という視点で考えるのが大切です。
地元の案内人が「現実」を伝える理由
──地方移住には夢がありますが、具体的に考えるほどシビアなものですね。
藤本:そうですね。移住コンシェルジュは、私たち以上にシビアな現実を率直に伝えていると聞いています。
──移住コンシェルジュとは何でしょう?

移住コンシェルジュの方々。(飛騨市移住・定住支援サイト「飛騨で暮らす──移住コンシェルジュ」より。)
石島:移住検討者に向けて設けている制度の一つで、地元の方が地域を案内する取組みです。
現在、移住コンシェルジュは12名。市役所や地元企業出身のOB・OG世代、元移住者で地域おこし協力隊出身の単身世帯、子育て世帯など、さまざまな立場の人が活動しています。移住検討者の属性に合わせて、知りたいことを直接聞けるのが特徴です。例えば、子育て世帯の方であれば、地域で実際に子育てをしている移住コンシェルジュに話を聞くこともできます。
親戚を訪ねるような感覚で参加していただけるプログラムです。
──よりリアルなかたちで地元の文化に触れられるのですね。
藤本:移住コンシェルジュと意見交換会を実施した際におっしゃっていた言葉が印象に残っています。
「呼ぶだけ呼んで面倒見んのなんて、そんなことはできんで(地域外から人を呼ぶだけ呼んで面倒を見ないなんて、そんなことはできない)」と。だから、本当のことしか言わない、とおっしゃっていました。
移住コンシェルジュとの交流では、移住検討者は暮らしに関わる話を聞いたり、居住予定地へ一緒に足を運んだり、数時間から半日ほど一緒に過ごします。中には、食事を共にしたり、自家用車でまちを案内してもらったり、飛騨市の4町(※2)全てを回りたいという方もいて、その場合は丸一日かかることもあります。
※2 古川町・神岡町・宮川町・河合町。

飛騨市の地図。
──確かに、町が違えば文化も少しずつ異なると聞きます。
藤本:私は神岡町出身ですが、それぞれの町でまとう雰囲気の違いは感じます。ぜひ、その違いを実際に体感してもらいたいですね。
さらに、先ほどの雪の話にもつながりますが、四季によって見える景色は大きく変わります。できる限り何度か足を運び、その変化も感じていただきたいです。
移住コンシェルジュの利用に回数の上限はありません。活動に対しては市からコンシェルジュへ報酬が支払われるため利用料もかからず、気軽に何度でも足を運んでいただけます。
制度の掛け合わせでつくる、リアルな地域体験
──とはいえ、特に県外の方にとっては、何度も足を運ぶのはハードルが高そうです。

石島:確かに、移住検討者の居住地は岐阜県内に次いで関東が多く、移動だけでもコストがかかります。
そこで、少しでもハードルを下げるために補助制度を設けています。
一つは「移住検討交通費補助金制度」です。居住地域に応じて最大1万円まで補助され、1世帯あたり2回まで利用できます。
ただし条件があります。移住コンシェルジュを利用すること、または、市が運営する「住むとこネット」の登録業者の案内で空き家の内見をすることです。
補助制度の存在をきっかけに移住コンシェルジュの利用を検討される方もおり、制度同士をつなげることが、より具体的に移住を考える動きにもつながっています。

地方移住の課題の一つが、賃貸物件の不足。飛騨市では、空き家を賃貸物件化するためのリフォーム費用を補助しているほか、よりスムーズに住まいを探せるよう情報サイトの改修を進めています。
もう一つは「移住検討宿泊費補助金」です。対象の宿泊施設に1泊以上滞在した方に対し、宿泊費の2分の1以内(上限3万円)を補助します。利用は1世帯あたり2回までです。
こちらにも条件があります。宿泊先は、ベッドメイキングや朝食付きのホテルではなく「暮らすように泊まれる」施設限定です。自分で食事を準備したり、買い物に出かけたりすることで、スーパーの位置関係や生活の不便さも実際に体験できます。
できれば、連泊してほしいですね。交通の便の面でも、日帰りでは移住後の暮らしを十分に見定めるのは簡単ではありません。ゆっくり滞在しながら暮らしを体感してほしいという思いを込めて、この制度がつくられました。

移住促進補助金の一部を紹介したリーフレット(2025年度版)。
移住して終わりじゃない。定住を見据えた支援
──制度から「地域のリアルを知ってほしい」という強い思いを感じます。実際に、現実をよく知ったうえで移住を決めた方の定住率は高いのでは?
石島:移住者の中でも、ある制度を利用した方の5年後の定住率は、およそ8割です。
──ある制度とは?
石島:「米10俵プロジェクト」です。飛騨市外から移住した方のうち、3年以内に住まいを建てる、または購入した移住者(※3)を対象に、飛騨市産のお米1俵(60kg)を10年間、市から贈呈します。
「米10俵プロジェクト」に加え、「移住奨励品」「Uターン奨励品」を含めた3つの支援制度では、5年以上の定住を条件とし、途中で転出した場合は返還していただく仕組みでした。その運用実績から、利用者の約8割が定住していることがわかっています。
ただし、「移住奨励品」「Uターン奨励品」については今年度から制度の位置付けを見直し、まずは1年間、実際に暮らしてみて定住できるかどうかを見定めていただいたうえで、意思が固まった方を支援する仕組みにしています。これにともない、申請時期も転入後すぐではなく、転入1年後からとしました。
※3 Uターンなど、飛騨市内に2親等以内の親族がいる方は対象外です。詳しくはこちら。
──お米を10年間! 定住を促す活動にも注力されているのですね。
藤本:やはり、せっかく飛騨市に来てくれた方には、できるだけ長くここで暮らし続けてほしいという思いがあります。
石島:金銭的・物資的な支援だけでなく、人とのつながりを築くような取組みにも、より力を入れていきたいと考えています。
その一つが、移住者交流会です。
私自身も移住者なので、職場と家の往復になりがちな移住生活の現実をよく知っています。普段の暮らしのなかで移住者を名乗る機会は少なく、移住者同士が自然につながる場は、誰かが用意しなければ生まれにくいと感じていました。
そこで昨年の夏、コロナ禍で休止していた移住者交流会を復活させました。参加者には移住を検討中の方も含まれ、移住者目線での情報交換が行われています。
昨年は21名が参加し、そのうち2名は移住前の方でした。

飛騨市公式サイト「飛騨市移住者交流会を開催しました」より。
石島:交流会で交わされるのは、暮らしに根ざした何気ない会話です。
出身地や移住のきっかけの話から始まり、地域でおすすめのカフェや地元食材の調理法といった暮らしを楽しむヒント、さらには通院事情などの実用的なことまで話題は広がっていきます。そうした会話が、この地域でのこれからの暮らしを思い描くきっかけになることもあります。
──自分から輪に飛び込むのにためらいを感じる方にとっては貴重な機会ですね。
石島:移住者交流会に加えて「ヒダスケ!」の利用も、移住後の関係づくりの手段としておすすめしています。
「ヒダスケ!」は、地域の困りごとと、飛騨市に関心のある人を結ぶプラットフォームです。作物の収穫など、地域のお手伝いをする代わりに、特別な体験や返礼品を受け取ることができます。
もともと「観光客以上、移住者未満」の関係人口を呼び込む目的で生まれた取組みですが、お手伝いを通じて地域の人と自然につながる側面もあります。
「地域のお手伝い」で広がる関係人口の輪。飛騨市の"内"と"外"の人々をつなぐ「ヒダスケ!」の裏側
PR TIMES STORY
×「子育てしやすそう」だけを理由に移住はNG

飛騨市公式サイト「2026年版「住みたい田舎ベストランキング」に飛騨市が上位ランクイン!」より。
──そうして関係が築かれ、徐々に定住への気持ちが固まっていくのですね。定住できるかどうかは、住みよいまちであるかにも依存するかと思います。2026年、宝島社『田舎暮らしの本』2月号「2026年版 住みたい田舎ベストランキング」において、飛騨市はいくつかの部門で高い順位を獲得しています。「人口3万人未満の市」の中では、子育て世代部門で6位を獲得。どのような点が評価されたと受け取っていますか?
石島:評価基準は公開されていませんが、いくつか考えられるポイントがあります。
一つは、待機児童ゼロであることです。都市部では保育園に入りづらいという話も耳にしますが、飛騨市では子育て中でも安心して働ける環境が整っています。
もう一つは、子どもの一時預かりを担う「ファミリーサポートセンター」です。お子さんが小さいうちはなかなか目が離せず、用事があっても調整が難しかったり、息抜きの時間を取りづらかったりします。移住者の場合、近くに頼れる親戚や知り合いがいないことも多く、こうした支援を利用しやすい点が安心材料になっていると考えられます。
さらに、いま注目されているのが「学校作業療法室」です。作業療法士が定期的に校内に入り、学校生活に困りごとを抱える児童を中心に、自立に向けた支援を行っています。
例えば、筆算に苦手意識のある子どもに対しては、算数を教えるのではなく、苦手の背景を一緒に探り、克服に向けた作戦を立てて実行していきます。試行錯誤を重ねながら、その子に合った方法を見つけていくアプローチです。
地域の子どもが幸せな学校生活を送るには?個々の発達に向き合い、自立を促す「学校作業療法室」【作業療法士×飛騨市:前編】
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地域の子どもたちが安全に楽しく遊べる環境を整えるため、2022年に古川町杉崎公園を、2025年に神岡町坂巻公園をリニューアル。年齢ごとに遊べるコーナーが分かれており、小さなお子さんはより安全に、大きなお子さんは目一杯楽しく遊ぶことができます。
藤本:こうした取組みをきっかけに、子育て世帯からお問い合わせいただくこともあります。
ただ、改めて強調したいのは、それだけを理由に移住を決めてしまうと、移住後の暮らしに不安が残る可能性があるということです。だからこそ、まずは窓口に足を運んでいただきたいという思いがあります。
飛騨市では、子育て世帯やシニア世帯といった特定のターゲットに絞らず、間口を広げた支援制度を用意しています。これまでにご紹介したもの以外にもさまざまな制度があり、その全てをWebサイトに掲載はしていますが、Webだけで申請まで完結する仕組みにはしていません。
前任者からは「この制度は顔を見て申請する前提でつくった」と聞いています。
移住にあたって必要とする情報や支援は、人によって異なります。同じ子育て世帯であっても、抱える事情はさまざまです。実際に顔を合わせなければ、その人にとってどのような情報が必要なのか、どのような支援が適しているのかを十分に把握することはできません。
「子育て世帯」「単身世帯」「シニア世帯」といった属性ごとに一律の提案をするのではなく、目の前の一人ひとりに合った支援を届けたい。そう考えているからこそ、あえてターゲットを絞らず、個別に向き合う姿勢を大切にしています。
来てくださる方一人ひとりを大切にする。それが、飛騨市らしい移住支援のかたちです。
まとめ:後悔させない、移住支援のかたち
どんなに制度が充実していても、水が合わなければ移住を後悔することになりかねません。
「おせっかい」な飛騨市では、移住後の生活を心から楽しんでほしいという思いのもと、一人ひとりに向き合いながら地方移住の「現実」を丁寧に伝え、定住を見据えたサポートを続けています。
地域のリアルを直接伝える移住コンシェルジュの仕組みや、何度も足を運びながら暮らしを確かめられるよう交通費・宿泊費を補助する制度も、こうした思いから生まれたものです。
移住を検討する側にとっても、支援する側にとっても、時間も手間もかかります。それでもこうした取組みを続けるのは、その先に心から納得できる移住生活があると信じているからです。
◆ お問い合わせ先
飛騨市役所 ふるさと応援課
住所:〒509-4292 岐阜県飛騨市古川町本町2-22
TEL:0577-62-8904
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