茅葺(かやぶ)き職人、作家、詩人 上村明子(56)(筆名・野田明子)=日田市前津江町= 私は、東日本大震災の時、福岡の博多に住んでいた。子供を育てながら、右半身不随となった父の介護をしていた頃である。東京でめいの世話をしていた母の代わりであった。 黒い壁が押し寄せてくるような津波の映像が何度も何度も流れて、人々やそこにあるものを飲み込んでいった。日本の半分はもうなくなってしまったと思った。東京の都市機能がまひしているのを目の当たりにして、福岡の街中で暮らすことにも、限界を感じていた。いざという時、自分たちで、立ち上がれる場所がいると痛切に感じていた。 茅葺き屋根の家に暮らし、昔ながらの、田畑を耕しながらの、生活をしながら、同時代に起こったことなどを書き、生きている証しとなるような詩や小説を書いていけたらという思いを募らせていた。その時に、大分の日田で農家民泊の体験ができると友人に教えてもらい、そのお世話をしていた市役所の方から、茅葺き屋根工事をしている会社を紹介された。そこで茅葺きのやり方を学びながら、自分の茅葺きの家を探して、手入れをしながら、そこで暮らしていこうと思った。 今年は味噌(みそ)を甕(かめ)の中で作ってみた。囲炉裏(いろり)のある茅葺きの家においては、昔から味噌玉を囲炉裏の近くにつるし、その家にある菌がその家の味噌を作っていくという、菌との共生があった。屋根や壁や床の自然素材が温度・湿度調整も担っていた上に、自然に溶け込み、自然に帰っていくことの、命の営みの中の「無理」のなさに惹(ひ)かれ続けている。 いろいろ紆余(うよ)曲折があり、茅葺き屋根を手がける上村組の棟梁(とうりょう)とともに独立した。その後、移住の下見で作業場近くの茅葺き屋根を見て、一番最初にそこで暮らしたいと思った。その家に、生きがいである茅葺き職人をしながら、こうしてものを書きながら住んでいる。ありがたさを日々実感している中、この茅葺きのある生活を残していくことが使命だと思うようになっていった。 味噌の手作りに限らず、昔ながらのやり方で、手植えで田植えをして、自分たちの食べるものは自分たちで確保しつつ、屋根葺きの材料も確保できるという試みも今年から始めた。米を採った後の稲わらは茅葺き屋根の軒付けの一部に使ったり、名護屋城跡(佐賀県唐津市)にある博物館内にある稲わら葺きお茶室の屋根に使ったりしてきた。これからは、荒縄そのものも自作してみようと思っている。 古代日本において、縄張り師的な存在が、土地を収めていった、つまりは国を治めていったという説がある。その縄張りを測量する際に三種の神器と荒縄を使ったのではないかということを古村豊という方が『卑弥呼の道は太陽の道』という本に書いていた。そこでは、縄を張っていく行為が結界を作り、目印の場としての御神体の石や山などの自然物、あるいは拠点としての神社や鳥居などを作っていったのではないかという地道ではあるが壮大な国造りの話がある。「縄張り」という言葉はそこからできた可能性があるという。私は、荒縄作りから、もう一度、稲作りという原点を見失うことなく、日本を再構築していく可能性を探りたいと強く思っている。 子供も大人も今、ものを買うだけの生活に慣れ切ってしまっている。少しずつでもものを作る喜びを取り戻していくことは、人生そのものの充実にもつながっていき、おのずと身近な自然を守る行為にもつながっていくと思っている。 先だっての万博において、茅葺きの屋根を作られたのは自然との調和を目指すという意思表示とも取れて、大いに結構だと思われたが、万博跡地におけるカジノ構想には自分は反対の立場である。万博跡地こそ、自然との調和を目指す、人々が平和な時を過ごすことができる場になっていくことがふさわしい。 「人類皆兄弟」という目標を掲げているとするならば、それは、外国資本とその協力者のための場、言ってみれば、「賭け事によるお金のやりとりの場」ではなく、自然との調和を愛(め)でることができる庭のような、関東大震災の時、人々が避難できた三渓園(横浜市)のような場となることが望ましい。当時、三渓園は人々を楽しませる美しい庭であり、文化を尊ぶ交流の場であったが、災害時には、避難場所として解放され、雨風をしのげるバラックなども作ったという。 万博跡地では、災害時には必ず必要となる水を海水などから浄化する施設や最先端の技術の水力発電を駆使できるよう取り組んでもらい、人々を自然を守る美しい場として、一歩も万歩も先を行ってほしいと強く願っている。 山口県山口市徳地にある「重源の郷」の茅葺き屋根3棟の葺(ふ)き替えをさせてもらったご縁で、平安時代末期に焼かれた東大寺の再建のために、大木を山口から運んだ僧侶の俊乗房重源(しゅんじょうぼうちょうげん)を知り、当時のことを学ばせていただいた。 源平の争いの中、焼け跡にたたずんだ重源は、誰も引き受けたがらなかった東大寺の大仏の再建を試み、勧進帳を行い、当時の技術の粋を集め、ついに再建にこぎつけていた。その時に、子供千人の純粋な声で、お経を唱えることで、世の中が穏やかに平和になっていくようにという思いを大仏に込めたいと思われたそうだ。 この作文コンクール「地球さんご賞」に寄せられる幾千、幾万、数えきれない子供たちの声、言葉もまた、同じように自然との調和への願いが形になっていく道しるべとなっていくと確信している。 ★★★★★★★★★★★★★★★★★ 地球さんご賞は、命や自然、環境の大切さをテーマにした、子どもたち(小中学生対象)の作文コンクールです。募集要領と原稿用紙をPDFで添付していますので、奮って応募ください。
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