娘たちの遺影の前で、加害者と関わろうとしてきた日々を語る井上保孝さん(右)と郁美さん=2023年9月、東京都内
東京・東名高速道路の飲酒死亡事故で、当時3歳と1歳だった娘を失った井上保孝さん(76)と郁美さん(57)夫婦は、一貫して加害ドライバーの男性と関わろうとしてきた。
酒に酔ってトラックを運転した男性は懲役4年の実刑を言い渡された。東京地裁の判決によると、事故の数時間前に東名高速道路のサービスエリアで缶酎ハイとウイスキーを飲んでいた。常習的に飲酒運転を繰り返していたことも分かっている。
夫婦は服役中の男性に読んでもらうため、家族に宛ててアルコール依存症の本を送った。「出所したら私たちの自宅に来てほしい」と書いた手紙を添え、住所と連絡先を伝えた。
男性は刑期満了で出所した2日後の2004年2月11日、妻を伴って当時千葉県にあった井上さん方を訪ねてきた。
口数は少なかった。「私はもともと子どもが大好きだった」「なのに命を奪ってしまって…」。ぽつり、ぽつりと言葉をつなぐ。遺影の前で、「二度とハンドルは握らない。酒も飲みません」と約束した。
夫婦は「彼には一抹の良心があった」と謝罪を受け入れた。
同時に「服役は国への償い。私たち遺族への償いはこれから」という思いもあった。「せめて、酒を断つという誓いは守ってほしい」と伝えた。
男性は「また来ます」と言ったものの、訪ねてくることはなかった。その後は娘たちの月命日に合わせて、男性の妻から菓子のお供えが届くだけだった。
再会がかなったのは15年12月だった。初めて対話した日から10年以上が過ぎていた。男性が住む高知県で開かれた断酒会の催しに参加し、空き時間を利用して住居を訪ねたのだ。
出迎えた男性は71歳になっていた。保孝さんが「酒は飲んでいませんよね」と聞くと、男性の妻は即座に「飲んでいません」と答えたという。隣で静かにうなずく男性の顔色は良く、保孝さんも言葉通りに受け取った。
「彼はあのまま酒を飲み続ければ、アルコール依存症で長くは生きられなかったかもしれない。事故がきっかけで健康を取り戻すことができた」。郁美さんはそう思う。
その一方で、70年、80年と生きるはずだったまな娘の人生を思うと、切なくなる。
その後、23年11月と今年4月にも自宅を訪ねたが、いずれも姿を見ることはできなかった。男性が健在なのかどうかも分からない。
四半世紀にわたって対面にこだわり続けてきたことには理由がある。
「刑務所で過ごした4年間は、罪と向き合い、反省する時間になっていなかったのではないか」と保孝さんは言う。
出所したばかりの男性に「服役中にどう過ごしていたのか」と尋ねたとき、返ってきた答えは「寒かった」「他の受刑者とのトラブルに気をつけた」といった生活上の「感想」だった。被害者である娘や遺族のことを少しでも考えたのだろうかと、ショックを受けた。
それでも井上さん夫婦は憎しみのままに男性を拒絶するのではなく、接点を持つ生き方を選んだ。「後悔」「過ち」を社会に語ってほしいという願いもあった。
男性には出所を待つ家族がいた。「大罪を犯しても、命があれば元の生活に戻ることができる。自分次第で有用な人間にもなれる。彼にはそうなってほしかった」。郁美さんはつぶやいた。