「別府ムスリム霊園」の整備計画を伝える標識。日出町南畑の町有地に立っていたが、町が土地の売却方針を撤回した後、取り除かれた=1月
日出町南畑でイスラム教徒(ムスリム)の団体が宗教上の必要性から土葬墓地整備を計画し、町がストップをかけて1年が過ぎた。水源汚染の懸念から広がった地元住民の反発は根強く、ネット空間では信仰自体に対する誹謗中傷も飛び交う。根本的な問題解決が見いだせない中、近隣自治体の首長、議会などからは「地方任せは限界だ」と政府に積極的な対応を求める声が強まっている。
団体は別府市の「別府ムスリム教会」。中心メンバーはパキスタン出身の日本国籍取得者で、立命館アジア太平洋大(同市)の教員や元学生だ。ムスリムは教義で火葬ができない。
計画は2018年に動き出した。整備を目指す「別府ムスリム霊園」は、4943平方メートルに79区画を設ける構想。当初は同じ南畑内の民有地で進んでいた。「水源が汚される」と反対した地元の高平区が代替地を提案し、町有地に移った。
教会と区は23年に協定を結び、町も土地の払い下げ手続きを進めてきた。24年8月の町長選で整備阻止を訴えた安部徹也氏が大差で初当選。「民意が示された」として同年10月、売却方針の撤回を教会に伝えた。
反対運動は杵築市にも広がった。見直し後の計画地近くに地元集落の水源があったため。高平区に対する不信感も生まれた。
町は杵築市側で水質汚染につながる可能性を否定している。世界保健機関(WHO)の報告書などを基に、計画地から水源までに推奨される以上の距離があることを根拠に示す。
土葬は墓地埋葬法が認めるが、厚労省統計「衛生行政報告例」によると、24年度に全国で営まれた葬送167万4520件のうち383件(0・02%)に過ぎなかった。ムスリム墓地の整備を巡っては、他県でも地元理解を得られず頓挫するケースが起きている。
交流サイト(SNS)で別府ムスリム教会や市民への誹謗(ひぼう)中傷、偏見も広がる。「侵略者とどう違う」「イスラムは危険」「開設賛成の住民は売国奴」といった投稿があふれている。
これらの状況を踏まえ、日出町の町長・町議会のほか、杵築、別府両市長はそれぞれ「国が対応方針を出すべきだ」といった考えを示してきた。11月には自民党県連杵築市支部が同様の趣旨の要望書を厚労相らに提出した。
大分合同新聞の取材に対し、教会のカーン・ムハマド・タヒル・アバス代表は計画の継続・中断について明言を避け「今は静観している」と話した。日出町の安部町長は「最終的な解決に向けて話し合いを続ける」とコメントを寄せた。
■火葬、地獄での責め苦をイメージ
ムスリムはなぜ火葬を忌避するのだろうか。
日本ムスリム協会(東京都)や「新イスラム事典」(平凡社)によると、イスラム教の地獄は「ナール(火)」「ラザー(火炎)」「ジャヒーム(火のかまど)」などと表現される。ムスリムにとって火葬は、地獄での炎による責め苦を強くイメージさせる。
人間は丁重に扱われるべき存在として神が定めた―との教えもある。聖典「クルアーン」に火葬を直接的に禁止する規定はないが、それらを合わせて考えれば「亡くなった後だから焼いていいとは、もちろんなりません」(同協会)。
炎による懲罰は神にしか許されていないとの教えもあり、火葬はこれに通ずるとして避けられている面もあるという。
天国、地獄の行き先が決まる「最後の審判」の際、死者が復活して臨むとされていることを踏まえ「肉体が焼失すると生き返れない」との解説もある。同協会は、イスラム教の神「アラー」は全知全能のため、間違いだと否定する。
では、なぜ土葬がいいのか。
NPO法人千葉イスラーム文化センター(千葉市)によると、土葬もクルアーンで直接、指示されているわけではないが「示唆」されている箇所が複数ある。
同センターは「日本も元々は土葬」と指摘し、土葬は葬送の方法として自然な選択だと説明している。