おえつが静寂を破る。 日出町南畑の山中で、ユハン・クエクさん(26)、妻の呉超群(ウーチャオクン)さん(28)=別府市=が小さな布の包みを抱きかかえていた。手放せないまま、しばらく立ち尽くしている。 2025年1月。薄暗い空から雪が降りしきり、土の地面をまだらに白くする。冷気でつま先が凍えるようだ。 傍らで深さ2メートルの穴が口を開けていた。顎ひげの男性が底に立って包みを受け取り、横穴に置いた。 ショベルカーがアームをガタガタ鳴らし、豪快に砂を落としていく。 穴が埋め戻される様子から2人は目を離さない。手を握り合い、口を引き結び、しかし、スマートフォンのレンズを向け続けるのが不思議に思えた。 「生きている時間が短かったので。少しでも思い出を残したいから」■せめて来世で幸せに 今頃、新米のパパ、ママとして忙しく過ごしているはずだった。 マレーシア出身のクエクさん、中国出身の呉さんのイスラム教徒(ムスリム)カップルに娘が生まれたのは、24年12月27日午後9時44分。聖典クルアーン10章5節にちなみ、アラビア語で光を意味する「ディヤー」と名付けた。 「私にそっくりだったんですよ」。クエクさんがよどみない日本語で話す。 年が明けた1月6日午前3時15分、ディヤーちゃんは急逝した。死因は敗血症性ショックだった。 たった11日間の人生。せめて来世で幸せになってほしい。「戒律にのっとった土葬で天国へ」 親としての願いは切実だった。■九州一円にムスリムの墓地なく 最後の審判―。ムスリムにとって生涯は唯一神「アラー」の裁きに備えた試練の場に他ならない。 日本ムスリム協会(東京都)によると、死者は魂として生き続け、感覚も残る。やがて来る審判を経て天国か地獄に行く。 地獄で待っているのが、炎による責め苦だ。 火葬は、遺族が故人に責め苦を味わわせるのに等しいという。「愛する家族に誰がそんなことをできるでしょうか」。前野直樹理事(50)は説明する。 土葬は墓地埋葬法で認められているが、火葬が普及した現代の日本では珍しくなった。九州一円にムスリムの墓地はない。 クエクさん夫婦が幸運だったのは、別府市に隣接する日出町にキリスト教カトリック教会の「大分トラピスト修道院」があったことだ。 修道院には土葬墓地があった。ディヤーちゃんも宗教の違いを超え、受け入れてもらえた。 クエクさんは言う。「火葬はどうしても選べない。土葬できる場所が見つからなければ、どこまでも探したはずです」 × × × 海外にルーツがあったり、異文化の信仰や慣習と共に生きていたり―。大分県内の在留外国人が6月末、統計開始以来最多の2万1246人に達するなど、多様な背景を持つ人との共生が進んでいます。その半面、日出町で「別府ムスリム霊園」(土葬墓地)の整備計画が頓挫するなど思わぬ課題も見えてきました。年間企画「共生リアル―新たな隣人たち」では現場を追い、これからの在り方を考えます。プロローグは墓地計画を巡るルポ(7回続き)です。
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