昨年11月5日。大分地裁で最も広い1号法廷で、194キロ交通死亡事故の裁判員裁判が始まった。 遺族の長(おさ)文恵さん(59)は被害者参加制度を使い、廷内の検察官席の真後ろに座った。対面の弁護側には、スーツ姿の被告の男(23)がいた。顔を見るのは初めてだった。 焦点は危険運転致死罪が認められるかどうか。検事が起訴状を読み上げ、裁判長が「間違いないか」と尋ねる。証言台に移動し、じっと聞いていた男は「よく分かりません」と答えた。最後に「遺族に心より謝罪します」と頭を下げたが、視線は正面の裁判官と裁判員に向けられていた。 弟が犠牲になった事故から3年9カ月。「何を考えて暮らしていたのだろう」。長さんは男から目を離さなかった。 法律は危険運転罪が成立する条件を「進行を制御することが困難な高速度」と定めている。 男の乗用車が一般道を時速194キロで走行した記録は車両に残されていた。常識的には明らかに「危険」な速度だが、それだけでは法律上の「危険運転」とは認められない。男が車を十分にコントロールできていなかったという事実の立証も求められる。 検察側は、事故が起きた道路は凹凸があり、猛スピードではハンドル操作が不安定になることと、夜間は運転手の視野が極端に狭くなることを示そうとした。裏付けのために現場やサーキット場での走行実験を重ね、プロドライバーらの証言も得た。 弁護側は真っ向から反論した。男の車が高性能な外国製スポーツカーであり、高速度でも制御できていたと訴え、刑罰の軽い過失運転致死罪に当たると主張した。 地裁は11月28日、危険運転罪を認定し、男に懲役8年(求刑懲役12年)の判決を言い渡した。「刑が軽い」などとする検察側と、過失運転罪の適用を求めていた被告側の双方が福岡高裁に控訴した。刑事裁判は今後も続き、一審と同じように危険運転が認められるかどうかは不透明だ。 長さんは7日間に及んだ全ての公判を遺族席で傍聴した。「誰が考えても危険運転だろう」という考えとは裏腹に、検察側が立証に費やした時間と労力に驚くばかりだった。
23日付の紙面はこちら