太平洋戦争で沖縄を巡る戦闘が激化していた1945年4月6日、宇佐海軍航空隊の神風特攻隊「八幡護皇(はちまんごおう)隊」が、鹿児島県内の基地から初めて出撃した。米軍を主体とする連合国軍の艦隊に体当たり攻撃をかけようと、沖縄へ飛んだ29機の隊員58人が帰らぬ人となった。隊員の一人、藤井真治(まはる)大尉のおい・藤井昭芳(あきほ)さん(73)=東京都中野区=が今年3月、宇佐市を訪れ、27歳で特攻戦死した伯父の写真や遺書を見つめた。
宇佐市教委によると、藤井大尉は宮崎県都城市出身で、8人きょうだいの長男。44年5月から宇佐航空隊の教官を務め、人望があり学生たちに慕われたという。
45年4月1日に特攻隊員の指名を受け、翌2日から出撃直前の6日朝までに計6点の遺書を記した。家族やきょうだいにそれぞれ宛てられ、妹や弟たちには「いつまでも守ってあげるよ」としたためている。現在、宇佐市民図書館の企画展で展示している。
昭芳さんは、藤井大尉の弟で同じ海軍に入っていた治美(はるみ)さんの長男。今年3月28日に来場した。市教委の学芸員から説明を聞きながら、展示品を1点ずつ注意深く眺めた。
「家族一人一人への心遣いがすごい。本当に頭が下がる思いだ」と遺書を読んだ感想を述べ、「国を守るという気持ちの一方で、家族に対する思いなどいろんな葛藤があったことを、多くの人に分かってもらえるといい」と願った。
藤井大尉が特攻に向かった4月6日、弟の治美さんも戦艦「大和」を護衛する駆逐艦「初霜」に乗って沖縄へ向けて出航していた。激闘を生き延びて終戦を迎え、2011年に90歳で亡くなった。
昭芳さんは治美さんから戦争の話をあまり聞いたことがないという。ただ70歳ごろ、兄のことを振り返り「片道の燃料だけを積んで特攻させて、人の命をなんだと思っていたのか」と憤りを口にしたことがあったと明かした。
<メモ>
藤井真治大尉の遺書や遺品など75点の資料を展示した企画展「えんぴつ書きの遺書 ―海軍大尉藤井真治 最期の願い―」は5月11日まで宇佐市上田の市民図書館で開かれている。
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