危険運転致死傷罪の見直しを進めている法務省有識者検討会の委員ら=13日、東京・霞が関
大分市の時速194キロ交通死亡事故で適用要件の不明確さが浮き彫りになった危険運転致死傷罪について、法務省有識者検討会は13日、一定の速度以上で引き起こした死傷事故に一律に同罪を適用できるよう、条文を見直す報告書案を公表した。各地の遺族から「曖昧」と批判されてきた従来の要件を明確にする狙い。飲酒運転にも同様に数値基準を提唱した。
最終報告がまとまり、法務省が危険運転の罪を定めた自動車運転処罰法を改正する必要があると判断すれば、法制審議会(法相の諮問機関)に諮ることになる。
現行の条文は、処罰対象となる事故について▽高速走行を「進行を制御することが困難な高速度」▽飲酒運転を「アルコールの影響で正常な運転が困難」―などと定める。
猛スピードや酒酔いで死傷事故を起こしたとしても、「制御困難」や「正常な運転が困難」を証明できなければ同罪は適用されない。立証のハードルが高いため、法定刑の軽い過失運転致死傷罪になる事例が続き、各地の遺族が「納得できない」と声を上げていた。
報告書案は、現状について「常識的に極めて危険性の高い高速度であっても、実際に進路を逸脱していない事故で適用されない場合がある」と言及した。
条文を見直し、「常軌を逸した速度」を数値で明示することで、基準が明確になるとの意見が大半の委員から出たという。具体的に、法定速度の「2倍」や「1・5倍」を示す委員もいた。
飲酒運転も条文が抽象的なため、捜査機関によって「適用できるかどうかの判断にばらつきが生じる」との懸念を表した。アルコールの影響は個人差があるものの、一定の濃度が検出されれば一律に危険運転の罪を適用するべきだとの意向が多かった。基準の数値は呼気1リットル中0・15~0・5ミリグラムの間で考えが割れている。
数値を下回っても厳罰に処すべき危険な運転があるとして、委員からは数値基準を設けた上で、柔軟に判断できる要件を別に定めるように求める声もあった。
このほか、ドリフト走行も新たに危険運転の対象に加える考えを記した。一方で、運転中にスマートフォンを操作する「ながら運転」の厳罰化や、危険運転と過失運転の中間に新たな刑罰を創設する意見については「必要性に乏しい」などと消極的な表現にとどめた。
検討会は2月に発足し、改正の可否を議論してきた。この日は第10回会合が東京・霞が関で開かれ、刑法学者や被害者遺族ら委員10人が報告書案について非公開で協議した。
■「不条理」解消できるか
<解説>法務省有識者検討会の報告書案は、危険運転致死傷罪の構成要件を明確にするため、法改正を迫った内容と言える。
背景には「過失とは言えない悪質な事故に厳罰を科す」という立法時(2001年)の目的が果たされてこなかった経緯がある。
18年12月に津市で時速146キロの車がタクシーに激突して5人が死傷した事故で、一審津地裁と二審名古屋高裁はいずれも危険運転を認定しなかった。
今年5月には群馬県伊勢崎市で、トラックが乗用車に突っ込み、家族3人が死亡。飲酒していたとされる運転手を前橋地検は当初、過失運転の罪で起訴。遺族が署名活動をした後に危険運転の罪に切り替えた。大分市の時速194キロ死亡事故でも、同様の経過をたどって訴因変更されている。
報告書案が示した数値基準は、繰り返されるこうした「判断のぶれ」に終止符を打つのが狙いだろう。
曖昧さを排除する見直しとして評価できる一方で、多くの人が納得できる数値の設定や、立証する手段の確保といった課題は依然として残る。
不条理は解消できるのか―。遺族たちが悲嘆しながら「過失で起こす事故ではない」と街頭で声を上げることがないように、23年前の立法趣旨に立ち返った議論が求められる。
<メモ>
大分市の事故は2021年2月9日深夜、同市大在の県道(制限速度60キロ)で発生した。当時19歳だった男(23)が乗用車を時速194キロで走らせ、交差点を右折中だった乗用車に激突。乗っていた同市の男性会社員=当時(50)=を出血性ショックで死亡させた―とされる。大分地検は当初、男を過失運転致死罪で在宅起訴。遺族が「過失なわけがない」と署名活動を展開した後、地検は危険運転致死罪に切り替えた。今月5日に大分地裁で裁判員裁判が始まり、15日に結審する予定。判決は28日。