義手でヴァイオリンを弾き、Mrs. GREEN APPLEの「ライラック」を演奏する動画が、162万回再生を超える反響を呼び、「美しい音色」「感動して泣きそう」「いつかコラボしてほしいな」などとコメントが寄せられた。演奏者の伊藤真波さんは、20歳の時に事故で右腕を失い、ヴァイオリン専用の義手を駆使したヴァイオリニストとして活動している。これまで義手の看護師、2度のパラ五輪出場と、さまざまな活動を行ってきた伊藤さんの原動力とは? そして大阪・関西万博や東京パラ五輪の開会式での演奏経験を持つヴァイオリニストとしての活動について聞いた。
【写真】日本初の義手看護師や五輪選手時代、義手ヴァイオリニストでの超絶技巧も「人間に不可能はない」
◆「母のためにもう一度弾きたい」ヴァイオリニスト活動を始めたワケ
――Mrs. GREEN APPLEの「ライラック」を演奏する動画が話題になりました。Instagramでは「いつかコラボしてほしいな」という声も寄せられていました。楽曲演奏について教えて下さい。
【伊藤真波さん】 コラボだなんてとんでもございません、恐れ多いです(笑)。「ライラック」は速い曲で、そのぶん肩甲骨を速く動かして義手に伝えさせないといけないので、とても難しかったです。弾きはじめの頃は、何度も弓が飛んでしまいそうでした。私の大好きな曲でもありますし、自身のレベルアップにも繋がる曲でした。
――20歳看護学生の時に交通事故に遭い右腕を切断。復帰後は、義手での看護師生活を経て、2008年「北京パラ五輪」と2012年「ロンドンパラ五輪」に出場。現在は、ヴァイオリニストとして活動されています。事故後にヴァイオリンを再度演奏するようになったきっかけを教えてください。
【伊藤真波さん】 事故後はお箸さえまともに持てませんでした。そんな状態なのに、「ヴァイオリンを弾けなくなっちゃったね」と母に言われました。小さい頃からヴァイオリンを習っていて、「いつかお母さんのためにヴァイオリンを弾いてね」と約束していたのを忘れていて、母のために弾いたことがなかったと気がつきました。
――約束があったのですね。
【伊藤真波さん】 “いつか”を先延ばしにして弾いてこなかったけれど、「母のためにヴァイオリンを弾きたい」ということを義手を作る義肢装具士さんやリハビリの作業療法士の先生に伝え、看護師になれてからヴァイオリン専用の義手製作が始まりました。
◆「こんなに重い弓を動かしているの!」難しさと苦労しかない義手でのヴァイオリ演奏
――義手で弾けるようになるまでは、どのくらいかかったのでしょうか?
【伊藤真波さん】 初めは人前で弾くのが嫌で、部屋でこっそり弾いていました。でも、義手を作ってもらった人たちのためにも、「見てもらう義手」というのも良いのではないかと思い、人前で弾くようになりました。キラキラ星から始めて、満足に弾けるようになるまでには、5~6年かかったと思います。
――ヴァイオリニストとしては、現在はどのような活動をしているのですか?
【伊藤真波さん】 パーティーや音楽フェスなどのイベント、国内とアメリカでのテレビ番組出演などで演奏をしています。大きなイベントとしては、東京パラ五輪の開会式や大阪・関西万博の開会式でも演奏させていただきました。
――ヴァイオリン専用の義手の制作はどのように行われたのですか?
【伊藤真波さん】 おそらく日本でも海外でも初めての試みなので、わからないことだらけでした。私はヴァイオリンのことはわかるけれど義手のことがわからず、義手を作る先生たちはヴァイオリンのことがわからず、試行錯誤でした。制作前は「やめておいたほうがいい」「無理に決まっている」などの声もありました。ですが、義手を作る職人さんや作業療法士の先生が「ワクワクするからやってみよう」と言ってくれて、進めることができました。
――動かし方は?
【伊藤真波さん】 私の義手はロボットではなく、背中に通っているワイヤーを引っ張って動かす能動義手です。肩甲骨を開いたり閉じたりして動かします。速い動きはかなり疲れ、ゆっくりだと息がしづらくなります。全身運動なので、普通にヴァイオリンを弾くより疲れると思います。今の形に落ち着いたのは2作目の義手で、弾き始めて9年後にできましたが、まだまだ完成しているとは言えません。
――義手での演奏の難しさや苦労した点を教えてください。
【伊藤真波さん】 難しさと苦労しかないです(笑)。弾くと弓が飛んで落ちてしまったり、押さえる力がなくて違う弦や2本の弦を弾いて音がギイギイしたりなど、問題だらけでした。弓の引っ掛かりを強くするためにチェロ用の弓を使ってみるなど、ヴァイオリン工房の職人さんも知恵を貸してくれました。先日、プロのヴァイオリニストに「こんなに重い弓を動かしているの!」とびっくりされました。
――ヴァイオリを弾く楽しさは、どういったところにありますか?
【伊藤真波さん】 できなかったことができるようになる楽しさがあります。昨年まで弾けなかった曲が弾けるようになったり、同じ曲でも過去の動画と比べると動きが良くなっていたりすることがあります。最近では、大阪・関西万博の開会式にバンドメンバーとして演奏しました。今まで1人で弾くことが多く、誰かと合わせるのが不得意でした。メンバーからプロの音楽家として迎えてもらい、「義手だから」と言い訳ができない状況で演奏し、成長を感じることができました。
◆「ただ手がないだけで、それが根本」やればできるということを見せたいわけではない
――活動をする中で自信につながった出来事は?
【伊藤真波さん】 大阪・関西万博の開会式と主催者催事イベント『Physical Twin Symphony』に8日間に渡って出演しました。その時に、ある有名なチェリストの方から義手についてお褒めの言葉をいただきました。「本当に弦楽器を弾く上で理想的な形をしている。変な力が入らず、自分の生徒たちに教えたい形を体現してくれている」と言ってもらえました。
――それはうれしいですね。
【伊藤真波さん】 周りは音大首席卒業や音大大学院卒業などと素晴らしいプロフィールが並ぶ中、私は看護学校卒業で弦楽器の基礎を知らない。それでも、職人さんたちと何度も改良を加えた義手が理想の形へと変わっていったことにも驚きました。そして、「自分たちが進んでいた方向性が間違っていなかった」と自信につながりました。
――すごくいい経験になっていますね。
【伊藤真波さん】 そのチェリストが「チェロも弾けるよ」と、何百万円もするチェロを貸してくれました。今は「キラキラ星」をゆっくり弾ける程度ですが、義手の長さなどを改良すれば弾けるのではと手応えを掴むことができました。
――これまでを振り返り、改めて思うことはありますか?
【伊藤真波さん】 実はクラシック界に義手を持ち込むことに不安がありました。「怒られるのではないか」「批判があるのではないか」と言われていましたが、実際は何もなく、むしろ賞賛のほうが多かったです。
――SNSでは「不可能はない」「努力は裏切らない」というユーザーの声もありますが、大切にしているマインドや言葉は?
【伊藤真波さん】 私自身、不可能はあるし、努力が実らないこともあると思っています。上手にヴァイオリンを弾けたと思える日はないです。
――SNSを始めたきっかけは?
【伊藤真波さん】 約8年前に知人が公開した動画がバズり、世界でも多く拡散され、アメリカまで呼んでもらえました。ありがたいことに「もっと聴きたい」との声もあり、SNSに演奏動画を上げる活力になりました。
――SNSを通して実感したことは?
【伊藤真波さん】 SNSがなければ、アメリカに行くこともなかった。大きな舞台で演奏できたり、いろいろなお仕事もいただけるようになりました。幸い、今のところ誹謗中傷などはあまりなく、そこまで見ないようにもしています。SNSで投稿する時は、「自分の意見を押しつけない」を心がけています。やればできるということを見せているのではなく、ただ手がないだけで、それが根本だと思っています。SNSは、講演会では伝えられないことを伝えていくツールとして付き合っていきたいと思っています。
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