「100年企業」を目指して。「買う心 同じ心で 売る心」を次世代へ繋ぐ、角上魚類・栁下社長が語る日本一の魚屋への歩み

まるで魚市場のような活気あふれる店内。氷の上には全国から届いた鮮魚が輝きます。
「今日は真鯛が安いよ! 半身は刺身、残りは塩焼き、アラはお味噌汁にするのが最高だね」
黄色い帽子の「親切係」が気さくに声をかけ、目の前で手際よく魚をおろす。全国から「近所に出店してほしい」と熱望されるこの魚屋こそ、首都圏を中心に22店舗を展開する角上魚類ホールディングス株式会社です。
新潟の一軒の魚屋から始まった同社は、2025年に創業50周年という大きな節目を越えました。栁下浩伸社長がバトンを受け継いでからも、売上461億4890万円と過去最高を更新する快進撃を続けています。
「日本人の魚離れ」が叫ばれる現代で、なぜ角上魚類は圧倒的な支持を集め続けるのか。設立から半世紀を過ぎ、次なる「100年企業」へと力強く歩みを進める今。 栁下社長を経営者へと成長させた若き日の挫折と、会社として未来へ向けて守り抜く「日本一の魚屋」を目指す原点。その両面から、角上魚類の強さの秘密に迫ります。
「屋台みたいな商売はやめなさい」——大繁盛の裏で突きつけられた、魚屋としての本質

その歩みを紐解くうえで欠かせないのが、栁下社長が29歳の若さで店長を任された、関東進出の第一号店「川口店」での出来事です。当時、大きな期待を背負って現場の指揮を執っていた栁下社長は、一刻も早く結果を出さなければならないという強い焦燥感の中にいました。
「どうすればもっとお客さまに来てもらえるのか」。目に見える成果を求めた栁下社長は、惣菜コーナーを自力で立ち上げるという勝負に出ます。甘海老の唐揚げや、うなぎを刻んで混ぜたいなり寿司など、手軽に買える新商品を次々と投入しました。
さらに、漁師町・寺泊に伝わる、魚のアラと野菜を味噌で煮込んだ「番屋汁」の販売を始めると、これが大当たり。近所のお客さまがわざわざ自宅から鍋を持参して買いにくるほどの人気ぶりで、お店はかつてない活気に包まれました。
「これで文句はないだろう」。数字という結果を出し、意気揚々としていた若き日の栁下社長。しかし、視察に訪れた創業者である現会長からかけられたのは、賞賛ではなく、足元から崩れ落ちるような厳しい全否定の言葉でした。
「屋台みたいなことはやめて店の中を良くしなさい。鮮度が良く、安くて、いい魚を親切に売りなさい。お客さまに通ってもらえる店作りをしなさい」
大ヒットしていた惣菜や番屋汁の展開を一蹴され、魚屋としての本質を見失っていると厳しく叱責されたのです。

番屋汁 (現在は寺泊本店で販売)

1993年川口店開店当時の写真
「選ばれ続ける理由」を磨き抜く。悔しさの中で見つけた、魚屋としての誇り
「ものすごく悔しかったですね。結果を出しているのになぜ怒られるのかと」
栁下社長は当時の複雑な胸中をそう振り返ります。しかし、悔しさを噛み締めながら現場に立ち、先代の言葉を反芻するうちに、自分の中にある「傲慢さ」に気づき始めます。番屋汁やいなり寿司を目当てに来るお客さまは、果たして「角上魚類の魚」の本当のファンになってくれているのか。魚の鮮度、価格、そして美味しい食べ方を提案するという、魚屋の根幹がおろそかになっていないか——。
「今なら、会長の言っていた意味が痛いほどよくわかります。当時の自分は、小手先でもいいから『売上を取りたい』という気持ちでいっぱいでした。でも、売上って『作る』ものじゃないんですよね。『できる』ものなんです」

お客さまに本当に良い魚を提供し、親切に接し、喜んでいただく。その結果として「また来よう」と通っていただき、ようやく店が成り立つ。売上とは、その信頼の積み重ねの「結果」でしかない。その事実に気づかされたとき、目が開かれる思いがしました。
この川口店での経験と気づきこそが、栁下社長の現在の経営の確固たる礎となっています。「うまい魚が食べたい。じゃあ、角上に行こう」と真っ先に思い浮かべてほしいからこそ、魚屋として当たり前の価値を徹底的に磨き続ける覚悟が決まりました。
人が介在するからこそ届く「想い」。対面販売が創り出す、角上魚類だけの唯一無二の強み
経営のトップに立った栁下社長が向き合ったのは、時代の変化とともに「効率」が最優先される小売業界の姿でした。人件費を抑え、セルフサービス化が主流となる現代。スーパーマーケットの棚にはパック詰めされた切り身が並び、店員とお客さまが言葉を交わす景色は、いつの間にか当たり前ではなくなっていきました。
しかし、角上魚類はあえてその流れとは一線を画し、「対面販売」を大切にし続けています。それは、どれだけ時代が進化しても、商売の原点は「人と人との心の通い合い」にあると信じているからです。
角上魚類では、すべての社員に包丁を持たせ、魚のさばき方を一から教え込みます。一人ひとりが「魚のプロ」としてお客様の前に立つ。この「人」への徹底したこだわりこそが、他社が決して真似できない角上魚類の最大の強みです。
「人時生産性という数字だけを追い求めれば、私たちのやり方は非効率に見えるかもしれません」と栁下社長は穏やかに語ります。「でも、それでいい。目の前のお客さまに最適な魚を選び、一番おいしい調理法を提案する。この一対一のやり取りの中で、スタッフも成長し、お客様との信頼が深まっていく。この『人の力』こそが、角上の価値そのものですから」

2026年度入社式の様子
「日本人の魚離れ」が叫ばれていますが、栁下社長の視線は常に「人」へと向いています。「調理の仕方がわからないだけで、日本人はみんな魚が好きなんですよ」。
だからこそ、直接会話をし、魚の魅力を丁寧に伝える。お客様の「今日のご飯、どうしよう?」という悩みに寄り添い、食卓の楽しさを一緒に創り上げる。スタッフ一人ひとりがお客様に対して誠実であり続けるこの対面販売の積み重ねこそが、角上魚類が「日本一の魚屋」として100年先も愛され続けるための、揺るぎない原動力となっているのです。
すべては「今日一番の魚」を届けるために。最新システムで研ぎ澄ます、魚屋の本質と現場の力
角上魚類の躍進を支える強さの源泉は、現場一人ひとりに託された「圧倒的な裁量権」にあります。
バイヤーは市場で「今日一番の魚」を自らの目利きで判断し、確信した量を買い付けて各店へ送り込みます。店舗側は届いた魚を見て瞬時に、対面販売、寿司、惣菜と「どう売るか」を自ら決める。この仕入れから販売までの一貫したスピード感こそが、その日のうちに売り切る「鮮度重視の経営」の正体です。

このアナログな強みをさらに強固にするため、2022年には最新基幹システムへと刷新しました。バイヤーはリアルタイムのデータを活用し、戦略的な買い付けをさらに進化させています。デジタルの目的は、効率化そのものではなく、対面販売という「人間臭い価値」を守り、最大化することにあります。
こうした基盤の上で、栁下社長は「失敗はいくらしてもいい。やらないのが一番悪いんです」と公言し、現場の挑戦を力強く後押ししています。この自由な土壌から、四色丼や具材たっぷりのおにぎりといった、現場の熱量から生まれた大ヒット商品が次々と誕生しました。

ただし、自由な挑戦を尊ぶ一方で、魚屋の矜持に関わる一線には鋭い眼光を向けます。かつて「カレー味の海鮮和え」が提案された際、試食した社長は「これは魚である必要があるのか?」とだけ問いかけ、判断をスタッフに委ねました。誰もが果敢にチャレンジできる環境を守りながらも、「お客様にとって本当に価値ある、おいしいものだけを出す」という信条だけは、決して揺るぎません。
旬のいい魚を安く、おいしく提供するという昔ながらの価値を受け継ぎながら、最新技術で商売のあり方を磨き続ける。この独自の進化と信念こそが、100年の未来へと歩みを進めるための確かな背骨となっています。
目の前の「おいしい」の積み重ねが、次の50年、100年企業を創る
「買う心、同じ心で売る心」
角上魚類には、先代が築き上げたこの社心があり、新人研修から徹底されています。店には「接したあなたが角上魚類」という意識が浸透し、黄色い帽子の「親切係」や、接客技能を評価する「スターマイスター制度」を通じて、一人ひとりのお客様に寄り添う提案を磨き続けています。
栁下社長も自ら店舗を巡り、晩酌の肴を買いながら現場を観察するのが習慣です。スタッフとお客さまが旬の魚の調理法を語らう、昔ながらの魚屋らしい活気ある光景。「特別なことは何もしていない。社心や『四つの良いか』を愚直に実践するだけ」と語りますが、その気負いのない言葉には、100年企業を目指す不退転の決意が滲みます。
※社心:角上魚類における、いわゆる社訓、社是にあたるもの
※四つの良いか:鮮度はよいか・値段はよいか・配列はよいか・態度はよいか


近年はSNS発信にも注力し、「日本の食文化を守る存在」として幅広い世代から支持を集める同店。店内は大人も子供も目を輝かせる活気に満ちています。「まるで魚のテーマパークですよ。いろいろな魚がいて見ているだけで楽しいし、気に入った商品が一つでもあれば嬉しい。マグロの解体ショーもあるし、おいしさを伝える『キャスト』もいます。ぜひいらしてください」と栁下社長は顔をほころばせます。
しかし、その賑わいを支えるのは派手な戦略ではありません。角上魚類の100年への道は、目の前の一尾の魚をおいしく届けることの積み重ねでしかありません。急拡大を目指すのではなく、お客様の「おいしかった」という声を一つひとつ、丁寧に積み上げていく。
そんな地に足の着いた歩みの先に、次の50年、そして100年へと続く確かな未来を、全社員が一丸となって切り拓き続けています。

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