【役職定年、定年退職、私たちはどう生きるか】~校長を役職定年した後、主幹教諭として働く石下先生への取材記~

ブラッド・ピッドと公務員定年年齢

今年の夏、24歳になる映画好きの甥っ子とこんな会話をした。

私「最近なんかいい映画見た?」

甥「『国宝』おもしろかったわ。あと『F1』」

私「へえ、『国宝』はもう見たなあ。『F1』は見てないけど、ブラッド・ピッドのやつよな」

甥「かっこえかったわあ。あの人62歳でぇ。うちの上司と同い年なんよな」

私「そうよな、あの年でちゃんとかっこええよな」

甥「あの映画見た後で、上司を見たら『あああ……』と思ったわ」

私「あたり前じゃ。あんな62歳、普通おらんから」


ブラッド・ピッド、1963年、昭和38年生まれ、62歳。公務員なら昨年度が定年年齢だ。公務員の定年話にブラピを引き合いに出す必要はないかもしれないが。

「公務員の定年引上げ」は令和5年度(2023年度)から始まった制度で、最終的に昭和42年生まれ以降は65歳定年になる。定年引上げと時を同じくして「役職定年制」も始まった。管理職は、60歳を迎えた翌年度から非管理職となる(県教委が定める特例あり)。

現在岡山県教職員は、大量採用された年代が定年退職あるいは再任用期間を経ての退職という時期を迎えている。

こうした時期を迎えた人たちは、どんな選択肢があったのか。どう考えて決心したのか。どんな心持ちで「今」を過ごしているのか。何にやりがいを感じているのか。現在、教職に就いている人たちのヒントになることはないだろうか。

そこで、1年半前の3月に校長としての役職定年を迎え、4月から新たな学校で主幹教諭として働いている方を取材してお話を伺った。

石下義久62歳。主幹教諭(元校長)

取材をお願いしたのは、石下義久(いししたよしひさ)先生、62歳。現在、岡山県立玉島商業高等学校で主幹教諭(商業科主任)として勤務している。一昨年度まで岡山県立倉敷商業高等学校で校長を務め、役職定年した。

先生は、大学卒業後すぐに岡山県立矢掛商業高等学校の商業科の教諭として採用され、40年目となる現在まで主に商業高校畑を歩んできた。

偶然ながら、筆者も石下先生やブラピと同い年である。筆者自身は昨年度定年退職を迎え、再任用とはせず、現在非常勤講師として週4日中学校に勤務している。だからこうやって外部ライターの仕事もできるわけだ。「外部ライター」。仮面ライダーにも似たこの響きがちょっと、いや、かなりうれしい。

今回、6月と7月と8月の計3回、県の担当者と筆者とで玉島商業高校に赴き、お話を伺った。校長先生や教頭先生を始め、多くの教職員の方々に協力していただき、授業や部活動を参観し、様々なお話を伺うことができた。のべ7時間に及ぶインタビューの様子を、石下先生、矢部教頭先生、岡山県教育委員会の担当者、そして筆者である私との対話形式でお届けする。

石下先生と矢部教頭と筆者

1年半前、役職定年に際して悩んだこと

・県の担当者(以下、「担当」と表記):先生は笠岡高校普通科を卒業して大学に行き、商業科の先生になられたわけですけれども、商業科の先生で、普通科出身の方は少ないんじゃないですか。

・石下先生(以下、「石下」と表記):さあ、そうかもしれませんね。これまで何十年間、教科商業はよくわからない部分がたくさんありました。でも、年を経るにつれて商業の楽しさとか、素晴らしさがわかってきて、それを伝えていこうという思いに変わってきました。

・筆者:私もこの3月で退職して非常勤になりました。4月から立場が変わって、寂しいなあと思う反面、気が楽です。それに、定年で辞めてしまうには、私たちまだ元気じゃないですか。それで、先生は校長という管理職の立場でお勤めしていたのが、現在また新しい立場で勤務ということにしたのはどういう経緯なんでしょうか。

・石下:そうですね。60歳ですごく悩んで……まあ、県以外から引きもありましたね。でも、当時、おふくろの介護が必要で、忙しすぎる状況で働くことはできない。そもそも、定年というのが僕らの世代の目標でもあったと思うんですよ。役職定年と定年退職って違いますよね。もしも60歳で辞めたら早期退職。定年退職じゃないわけですよ。やっぱり生徒と関わるというのが、最初の志の一つでもあるので悩みました。今回の定年引上げは、ここで初めてのシステムじゃないですか。

・担当:そうですね。2年前から始まったわけですから。

・石下:役職定年前にあらかじめ聞かれるので、人事希望にも書かせていただいたんですけど、例えば僕がそこへ行くこと(主幹教諭になること)によって、他の先生が困るとか、新しい先生の採用をストップするとか、管理職になる先生をストップすることになるんだったらやめます、と書いて県教委に出したんですよ。そうしたら、「それは絶対ありません」と言われたんで、「わかりました。やります」と。それが第二番目の理由ですね。第一番目は……やっぱり生徒と関わるというのが一番です。時間を一緒に過ごすというか、生徒の成長を見守る立場で関われるというのは、素敵なことなんじゃないかなと自分なりに思ったわけです。納得させたといった方がいいかもしれません。校長と生徒というのは距離があって、授業には行かないし、行事とか式典とかで生徒に向かって挨拶することくらいだと思うんですよ。だけど、今こうやって、授業数は少ないですけど生徒と関わることになったら、本当に細かいところがわかってくる。この子はこんなことを悩んでいるんだろうなあとかわかるんです。だからね、よかったと思っています。やっぱり、人とつながることは健康長寿です。

・筆者:はあああ、そんな立派なこと考えてるんですね。他の人の足かせにならないとか、人とつながるようにとか、私は全然考えていませんでした。自分のことしか考えてない。まあ、管理職はしたことないですけど。

・石下:いや、もう、校長室ってね、孤独なんですよ。

・筆者:いろいろ決断しないといけませんもんね。

・担当:校長を経験したからこそのさっきの言葉ですね。自分がそこに行くことによって、他の人の行き場がなくなるんじゃないかとか、なかなか思わないですよ。

・石下:いや、ええこと言い過ぎたかな。(笑)

商業科の授業風景

役職定年後の勤め方

・筆者:元校長が主幹教諭として赴任してきて、学校の雰囲気はどんな感じなんですかね。玉商は今教職員は30人くらい?

・矢部教頭(以下、「矢部」と表記):はい、常勤は37人います。

・石下:今、僕がいるということはどういうことなのか。校長として威厳をもって、昔の「おい」って感じでは、ないですよね。

・矢部:ないです。全然、全くないです。

・石下:プライドはあるんですよ。そこに悩みもしました。最初来た時にどう接すればいいかなあと。向こうも気を遣うし、こっちも気を遣うし。でもこれ、時間が解決します。必ず。で、自分は授業なんてもう何年もしてないわけじゃないですか。

・筆者:校長は授業しないですもんね。

石下:その間にこんなにものが進歩して(タブレットなどの1人1台端末のこと)、なんだこれは? みたいなことになっていて、これをどうやって使うのか、若い人や教頭に聞くと教えてくれるんですよ。それで、できだしたらスキルアップみたいな。楽しみに変える方がいい、長生きできるから。いろんな葛藤はあります。特に去年最初の方は戸惑ったんです。わからないから。商業はね、変わるんですよ。どんどん規則が。商業の中身もそう。昔は製造と言ったのが今は仕掛品ですとかね、そんな感じで文言も変わります。それを教えてもらいました。逆OJTみたいな感じで。

・筆者:まあでも、知らないことを知るのは楽しいですよね。

・石下:そうなんですよ。そこを恐れずに。やってみたらそんなに無茶苦茶大変ではないな、みたいなところもあるし。それで、コミュニケーションを図っていけるというのは、逆にいいかもしれないなと思ったり。自分に言い聞かせるんですよ。おまじないのように。もう本当にいろいろと思うこともあるし、嫌なこともあるし、自分はなんでこんなこともわからんかなと思うこともあるし、先生方に迷惑をかけていると思うけれど、自分もそれを身近な生徒に還元できるという楽しさというのは、何物にも代えられないなと思います。

・筆者:生徒と同じように学んでいるんですよね。

・石下:そうそう。そういうことです。

石下先生と矢部教頭


・担当:矢部先生からしたら去年が教頭1年目だったわけですけれども、石下先生がいてくださったことは心強いですよね。相談できる人がすぐ隣にいるということは。

・矢部:そうです。ほんとそうです。いろんなことを俯瞰的に見ていらっしゃるので。もちろん、最後は校長に相談するんですけど、その前に自分の中のもやもやしたものを何とかしたいときは、石下先生に相談します。

・担当:一つ具体的に、これは本当に相談して助かった、みたいなエピソードがありますか?

・矢部:僕は人間関係をどうやって上手に築いていくかというのが、教頭として大切なのかなあと思っています。例えばAという方がこう言われている、それならBはちょっと指導しないといけないな、と。でも、石下先生に相談すると「八方美人でよい」ということで、やっぱりBからもちゃんと話を聞かないといけないなとか、いろんな人から情報を集めることが大切だっていうので、自分が悩んでいたところがすっきりしました。

・石下:まあ確かに、校長を経験して視野は広がったかなと思いますよ。こんな人がいるんだとか、県の制度はこんなになってるんだとか、そこが少しでも見えたかなという気がして、そのことをもった上でこの学校(玉島商業高校)にいるということは、何らかの意味があるのかなと思います。よく聞かれることありますよ。「これどうなっとん?(校長をしてたから知っているでしょ)」 とかね。その時は、僕は、まあワンクッションおくようにしています。先生方はすぐ突っ込んでくることがありますからね。

・担当:ありますか?

・石下:ありますあります。でも、まあ、そう、なんかこうふわ~ふわっていく感じ。

・矢部:サンドバックのようになっていただいて。

・石下:いや、みなさん不安なんですよ、いろんなことが。世の中どんどん変わっていってるから。コロナの頃はもっとひどかった。すべて決断していかなくちゃいけない状況だった。体育祭はどうするんですか? 学習評価はどうするんですか? ってねえ。


校長をしていて一番つらかった時

・石下:校長をしていて一番つらかったのが、倉商(倉敷商業高校)へ行って1年目、コロナがまだ続いていた時。ちょうど春の部活動の大会があって、野球が勝ち上がって、剣道も勝ち上がって、ハンドボールも勝ち上がっていて、ハンドボールは中国大会がけで、剣道も優勝かかっとったかな。でももう、(感染が広がっていて)止めざるを得なかった。それでいろんなところに電話かけて、顧問にも電話をかけて「すまん!」と言いながら伝えると、顧問は電話の向こうで泣きながら「何でですか!」ってね。

・担当:ああ、そうなんですか。

・石下:そりゃあそうですよ。あの時、僕は校長室に夜の11時12時までいて「くそう、なんでこんなことになるんだ!」て、自分の足を叩きましたもん。コロナで学校自体止めて。そんなことの後、生徒が登校してきた時の朝一番にZoomで「本当に申し訳なく思う」て。

・筆者:あの3年間はねえ、無茶でした。特に最初の半年はね。

・石下:本当に無茶苦茶でした

・筆者:私も中学校で国語の教員をしていて、あの頃、こんな日々の思いを残しておきたいと思って中3の生徒に随筆や俳句を書かせたんです。「あの場所にもう一度行きたい県大会」とか「コンクール3年最後でなくなった」「えっないの? 兄の目指した甲子園」とか。部活動については切ないものばかりでした。今聞きながら当時のことを思い出しました。

・担当:あの3年を経験しているから、今があるのかもしれませんね。

石下:そうですね。水害もありましたよ。僕は津商(津山商業高校)へ行って1年目は水害だったんですよ、真備の。県北も同じような状況がありましたからね。その日、校長会が総合教育センターであったんですよ、で、もう自分は津山に帰れない。それで、他の管理職と電話で学校の状況を確認しながら、朝8時過ぎに休校を決定して、登校していた生徒を帰すようにしたんです。そしたら保護者からのお叱りが来ましたよ。そりゃそうです、すみませんと。

タブレットを使いながらインタビューに答える石下先生

ストレス解消法と幸せ

・矢部:石下先生はこの1年半、結構旅行に行かれたりしていますよね。

・石下:そうそう。

・担当:余裕がちょっと出てきた。

・石下:そうそう、自分自身のストレスが減ったということがあるんでね。ストレスの研究もしたんです。なぜかというと、先生方がいろいろ悩みを言ってくるから。僕みたいな性格は、教職員が校長室にもふらふらっと入りやすかったんじゃあないかと思うんです。で、どうやったらストレスが解消できるかなあと考えて、まあ快食、快眠は当然なんですが、あとは三つしかないんです。

・担当:ほう。

・石下:一つは「力を抜く」。入れて、抜く。それから、「早くする」。夏休みの宿題と一緒です。遅くなればなるほどストレスがたまりますから。三つ目が一番大切で、「今を大切にする」。人間のストレスの根源として、過去のことをくよくよしたり、将来に不安を覚えたりすることが多いんですよ。だから、今できることを一生懸命する、それしかない。もう一つ言えば、やっぱり家族とかね、相談できる人がいたら一番いいねっていう話をします。まあそれでも、言ってくれるだけでストレスがいくらか発散されればいいかなと思ってね。

・担当:先生自身は倉商で役職定年を迎えて玉商に来て、最初は慣れないこともあっただろうけど、ストレスからはちょっと解放されたんじゃないですか。

・石下:ちょっとどころじゃあないですね。介護があって、津商に行ったときは単身赴任だったんです。親父が亡くなり、おふくろが認知症だったので、どうしようかなと思いながら、校長として6年間過ごして、去年ですか、おふくろが亡くなったんですよ。……妻、家族ですね。家族がしっかりやってくれたから、そこに感謝する。ここが大切にできんで、なんで生徒を大切にできようかと思うわけです。そういうことを経験しているから、妻との時間も大切にしようと思います。


岡山県立玉島商業高校

部活動を通して

・筆者:今日もこの後部活動の指導があるらしいですが、何の顧問をされているのですか?

・石下:卓球部です。でも、学生時代に卓球の経験はないんですよ。

・筆者:ご自分はされていなかったのに、顧問なのは、割り当てられたからですか。

・石下:そう。3校目に赴任した笠商(笠岡商業高校)で、がっつりと。学生の頃は吹奏楽部だったんです。だから最初はわからないじゃないですか。これも勉強した。他校の先輩に教わったり、卓球教室へ行ったりとかして。

・担当:先生はわからないことをなんとかしようとする、学ぼうというか、そこをなんとかしたい人なんですね。

・石下:ううん、でもやりすぎることもあって。でも、卓球で学ぶことは結構あった気がします。

・担当:部活の話をする先生の表情は、また格別ですね。

・石下:そりゃやっぱり楽しいですもん。健康長寿の一つですね、体を動かすのは。

・担当:すっごい痩せられましたね。もう顔からして違いますもん。やっぱり解放されたんですかね。

・石下:一病息災とか二病息災とかありますね、無病息災ではないんです。いっぱいいろんなものを抱えてるんで。

卓球部指導風景


・担当:心にゆとりができるから、そこに気が付くんでしょうね。

・石下:そう。管理職の時は、常に生徒とか先生方とか、明日の体育祭どうなるじゃろうかとか、そんなことを考えてるんです。でも今は、僕が出てきて決断するポイントはお伝えすることがあっても、決断するのは僕じゃないし、責任が全部かかってくるわけじゃないとわかってるので。それは申し訳ないけれども、もう試練ですから。それを経験しないと大きくならない。私があまり出しゃばるのはね……。そういうことがない分、時間的なゆとりとか、精神的なゆとりとかは増えてます。

・担当:校長先生をしていると、突発的なこともありますしね。

・石下:ありますあります。でもそれは教頭先生方がサポートしてくださってる。やっぱりチームじゃないと、「チーム管理職」じゃないとだめです。じゃないと回らない。つないでいかないとだめです。つないでくれると信じてるんです。商業で育ててもらった。あるいは、卓球で育ててもらった。それをつないでいきたいという思いが強いです。

つないでいくということと人間の本質

・担当:校長先生は悩みが多い仕事ですけど、弱みを見せられないじゃないですか。どこで吐き出すんですか。心身ともしんどいと思います。

・石下:でもね、管理職手当があるんですよ。(笑) そういう風な金銭面とかも含めてやっぱり伝えていくんですよ。

・担当:ああ、今までは自分が何とかしないと、という感じだったのが、後輩をとにかく育てていく方にシフトチェンジしているんですね。

・石下:人間の本質ってそうじゃないですか。だって、生命をつないでいくとか、自分の仕事とか、知識とか、知恵とか、夢とかいうものをつなげていくようなことが、僕らに組み込まれているんじゃないかと思うんです

・担当:つなげていこうという思いは、役職定年を決断された段階で既にもたれていたんですか。

・石下:その前からもっていたけれど、より強くなったという言い方がいいかもしれませんね。余裕が出てきたとか、もっと深く考えるようになったとか、遠くが見えるようになったとか、広く見えるようになったとか。

・担当:もともとあったとしても、なかなか本当に余裕がないとね。

・石下:そうそう。ただ、……7割なんですよね(給料が)。(笑)

・矢部:先生は「わしはもう金はいらんのんじゃ」って言われるんですよ。「あれ? 7割でこの仕事かあ?」 みたいな感じで。(笑)

・石下:7割はちょっとなあ。

・筆者:仕事内容からして、それはいやちょっと、という感じ?

・矢部:先生は学校全体のことを考えられてるんです。僕はすごく感動したのが、主幹教諭は非常勤講師を週7時間配当できるんですよ。指導教諭や教諭はない。「7時間を非常勤の先生にもってもらえるなら、僕は主幹をする」と。そういったところで学校が大変なことを理解されている。人が少なくて授業数も増えている。それをどう減らすかっていったら、外からそういうところを考えてもってくる。これは、すごい!

・担当:仕組みがわかっていらっしゃる。主幹教諭は教務の仕事を割り振られることが多いので、授業の後補充として非常勤講師の先生が配置されていますからね。

・石下:本来は、定年まではせめて8割以上でいいんじゃないかと思いますよ。再任用になったらまあ、ある程度は仕方がないかな……。でも、日本の企業もだんだん変わってくると思うんです。

・担当:先生には残ってもらわないといけませんから。

・石下:いや、残らせてもらえるなら……。恩返しというのを僕はすごく思っていて、今まで県で一生懸命していただいているのに、それの恩返しという意味があるんです。生徒にも授業で「商業高校生の見通しをもった生き方」について「地球規模で考え、地域から行動せよ。恩返しせよ」と語っているのに、僕の生き方がそうじゃないと、本当に生徒に言えないと思うんです。

・担当:先生のような考え方の方が少なくなっていませんかね。今、若い人は嫌だったらすぐにやめればってなりますもんね。

・石下:びっくりしますよね。高校現場でもやめるのは、人間関係が多いですから。

・担当:僕も昨日ちょっと面白い話を聞いたんですけど、今の新卒の学生が何を求めているかっていうので、「3T」というのがあるらしいです。一つ、テレワークができる会社である。あと転職しやすい職場、転勤がないところらしいですよ。

・石下:違うんですよ、感覚が。それを認識しないと。

・担当:ある社長さんの話だったんですけどね。だから「もう採用せんかった、0人じゃ。そんなもんばっかりじゃ」って言ってました。転職しやすいって、やりがいも何もわからないうちにやめるのかということでどうなんでしょう。今、先生の恩返しという話を聞いたら、全然違うなあと思って。

・石下:いやいや、似たような話を聞きました。最近の若い人はもう全部メールとかSNSでしてしまうから、電話が怖いんだそうです。人と話すのは怖い、コミュニケーションが苦手なんです、と。でも社会へ出たらコミュニケーション力というのが一番大事ですよね。じゃあ、どうしたらいんですかって話ですよ。そういう意味では、特別活動があって、部活動があって、クラスでいろいろあっても、顔と顔を合わせて合意形成を図っていく「学校」という存在は絶対必要で、テレワークじゃそれは難しいそうです。本を読むとか絵本の読み聞かせといったことが大事なんだよと会社の方が言っていました。確かにね、行間を読みますから想像力はつくと思う。動画やYouTubeとか、流れていくものを見ていると怖いですよ、考えない。その点、本は自分で読んでいって想像力を働かせるので、コミュニケーション力が付きます。僕、司書教諭の資格も持っているんで。(笑)

・担当:先生、いろんな免許や資格を持ってますもんね。

・石下:たくさん持っていてばかにされることもあるんですよ。そんなに持ってどうするんと言われるんだけど、自分の力を上げる一つの手段なんです。目的じゃあなくて手段。勉強をして成長できるというか、まあ、そういうことも生徒に教えるんです。よく「簿記やって何の役に立つん? 数学をやって何になるん?」 て言う生徒が多いんですけど、いやいや、脳を鍛えなさいという話なんです。勉強をしっかりしたら、周りの人も自分も幸せになれるはずです。

1963年時の自身の写真を見せつつ「商業とは何か」について

考えさせる授業をする石下先生

校長から主幹教諭2年目の今、衝撃的だったこと

・担当:60歳で役職定年を迎えて、いろいろ選択肢があった中で、公立の先生ということで主幹教諭2年目の今どうなんですか? 自分の選択は間違ってなかったですか?

・石下:今思えば間違ってなかったと思います。一瞬、間違ったかなと思ったのは、この6月30日にあったんです。

・担当:ボーナス? 

・石下:そう!

・担当:ああ、やっぱりなあ。(笑)

・石下:衝撃ですよ。だって1か月分ですもん。

・担当:そうか。先生は、昨年度末で61歳定年となって、今年度からはいわゆる暫定再任用(定年が段階的に引き上げられる期間中、定年退職した教職員を65歳まで再任用する制度のこと)としての勤務ですからね。1か月分の給料くらいですか。

・筆者:あら、あたしなんて非常勤だからボーナス0円よ。4月の給料は4,000円でした。(笑)

・石下:強く生きて。(笑) 常勤講師の先生と再任用の先生と比べたら、一概には言えないんだろうけど、講師の先生の方が上になる場合もある。

・担当:手当の支給の有無で、講師の方が高くなる場合があるようですね。

・筆者:デメリットに思う人もいるかも。

・石下:こういうのがうわさで広がるんですよ。今、60歳ぐらいの方がいっぱいいるんですよ。そしたら、どうする? どうする? と

・筆者:みんな同じことを考えてますよね。今後どうしようかと思って。

・石下:そこなんです。不安がいっぱいあるんです。僕みたいな、もう何もないような、子供も出ていった、家もローンを払い終わった、介護もほぼ終わった、みたいな人間ばかりじゃないですから。

・筆者:お金のことを考えたらどういう働き方が一番いいんですか?

・石下:うーん、お金のことに限らず、いろんなことを考えると、やっぱり続けることが一番いいと思う。

・担当:なんともありがたいお言葉。

・石下:そうして考えたときに、これでよかったのかなと。ただ、6月30日だけが。(笑)

・筆者:ここだけはねえ。12月はもうちょっと出るでしょう。

・石下:同じくらいだと思う。

・筆者:あら~。強く生きて。(笑)

にこやかにインタビューに答える石下先生

現在の仕事のモチベーション

・筆者:現在の仕事のモチベーションという点ではどうですか。私はこの3月で定年退職して非常勤講師となった今、気楽な反面、寂しいです。学校に、世の中に必要とされていないような気がして。そういう感覚があります。先生は、校長時代と違って、去年と今年の2年間、この仕事(主幹教諭 商業科主任)を続けてみてどうですか。

・石下:ああ、それはやっぱり同じです。モチベーションというか、僕を必要としてくれているかということに非常に敏感かもしれません。校長時代は、もう役職としてこれは僕がおらんとだめじゃというのでやってきた。なので、今、校長上がりが来て、必要じゃないのになあと思われるのが一番悲しい。やっぱりね、これまでしてきたことがありますから。

・担当:そうですねえ。

・石下:やっちもねえ人が来た、とかあるじゃないですか。役に立たないとか邪魔になるなあというのだったら、やめどきかな。前に県教委に出した紙にも書いた通り、いつでもそれはやめます、という感覚はもっています。

・担当:そんなことはないでしょう。この前の部活動の時もいい表情をされていていましたよね。部活動もモチベーションの一つになっているんじゃないですか。

・石下:部活の時間が妻といる時間よりも長かったですからねえ。いい感じの時間の使い方を考えていかないと。いや、もうこの年ですし、第3顧問ですから。(笑)

・筆者:いや~、この前生徒が、第1顧問よりよく部活に来ているって言ってましたよ。(笑)

・石下:第1顧問の先生は登録とかを一生懸命されていてね。だから僕は技術指導をするわと。昔は第1顧問で、勝たせたいという思いが強かったけど、中国大会へ連れて行ってあげたら人生変わるかなみたいな。今もいくらかありますけど、それ以外のことでも成長できる部分は当然あるかなと思ってます。ホワイトボードにも書いていたと思うけど、「コンフォートゾーンから出る」ということができない生徒が多い、なかなか自分の居心地のいい場所から出にくいので。そういう意味では部活はいい機会になる。

部活動指導に使うホワイトボードに書かれた「コンフォートゾーンから出る」


・担当:先生はこのままでいくとあと3年? でもそれは1年ごとの契約になるんですよね。

・石下:はい、今は再任用になったからね。

・筆者:そうか、再任用は1年契約になるんですね。

・石下:そうです。だから来年どうするかもまだ決めていない。でもまあ、こうやって取材が入ったわけですから、これは続けるしかないかなあ?(笑)

・担当:あ、そうですね。しばらくは先生、ちょっと。(笑)

・筆者:自分の人生ですからね。気にしないでいいです。(笑)

・石下:いやいやいや、いろんなことを言われながらも、まあ、自分で決めたんだから。それで、それを最高にするしかないんです。決断は今までいっぱいしてきたわけですけれども、決断した後で悩むのはストレスです。その先を悩むのもストレスなので、今できることをするしかない。決断したことを最高にするしかないんだと思います。だってそうしないと生徒もかわいそうですよね。

卓球部3年生と

これからのこと

・筆者:これからしたいことは何ですか。

・石下:時間の使い方をうまいこと考えられるようになったので……。今までは学校、仕事、生徒、先生のことばかりで、自分のことは関係ないような生活をしていたので、具体的にはないけど、「豊かな時間を過ごす」ことに注力をしていくというか、そのためにも健康長寿かなと思うんです。最近は、家の庭で妻と二人、バーベキューしたり、コーヒー飲んだりしています。

・担当・筆者:いいですね。豊かですね。

・石下:何もないんだけど、時間を楽しむというか、そういった感覚、これを一番したいと思っています。今まで時間というのはないものだと思っていた。だから時間を楽しむということを思いついた。それをしたいですね。ウェルビーイングです。

・筆者:気の置けない人とおしゃべりするというのは楽しいですよね。

・担当:ワーク・ライフ・バランス。

・筆者:そうね、やっとバランスがとれるようになったからね。

・担当:先生、だいぶ痩せられましたよね。こんなこと聞いたら失礼かもしれませんが、何キロ痩せられました? 滅茶苦茶痩せてますもん。

・石下:今僕は69キロなんですが、2年前は76、77キロはあったかもしれない。みんなそうやって病気じゃないかと心配してくれるんだけど、大丈夫ですと答えるんです。なぜかというと、二つ理由があって、一つはさっきの健康長寿です。だって健康じゃないと生徒に教えられませんもん。みんなにも普及してるんだけど、健康長寿のためには三つ大事なことがあって、一つは「食物繊維」。二つ目は「発酵食品」。三つ目は「つながり」なんです。人間は社会的動物だから、他の人とのつながりがないと、すぐ駄目になりやすい。それから、もう一つ何がしたいかというと、8月に手術をするんです。そのために自分の体を鍛えてきれいにしておこうという感じ。ストレスがあったらだめです。それは取れたので。

・担当:役職定年で主幹教諭になって健康になっていますね。いいことですね。

・石下:そういうふうにしなければならない、という思いもあります。

・担当:あと、先生は自分の役目として調整役に徹しているとか、若手の育成もしていると思いますが、具体的には?

・石下:具体的に何をしているんだと言われたら……何もしてません。(笑) まあちょっと話をしに行くとか、聞いてあげるとかはしているつもりですけれど。これも、熱く「商業とはこうだ! こう勝負だ! 」なんて言わない方がいいかなと思ってはいるんです。いろんな人間関係の中でフラットに見ながら、人の気持ちをつないでいく、そういう役回りが自分に合っているのかなと思っています。

・担当:上手なつなぎ役として、バランスをとる役目ですね。

・石下:八方美人的なところが自分の弱点でもあるとわかっているんです。それでも、自分の中ではひとかどでありたい、坂本龍馬みたいな人間になりたいという思いがあるんですよ。私たちはファーストペンギンかもしれません。それぞれの職業という海で自分の立場を生かして、精一杯生きていけばいんじゃないですかね。

校内の教職員からの言葉

取材の最後に、校長先生を始め、校内の教職員の方々に石下先生についてのお話を伺った。


*佐藤校長「元校長の石下先生がいることは、自分にとってはものすごい安心感だし、頼りになります。だからといって立場があるので、何でもかんでも聞くわけにはいかないけれど、そのあたりは今までの関係性の中でサゼスチョン(示唆)してくれます」

「先生方はそれぞれの思いがある中で、みんな一生懸命してくれています。いい雰囲気でやっていますが、いいことばかりじゃないときがある。それを話し合って擦り合わせていく、まとめていくのは校長としてやりがいがある。そういう中で石下先生が玉商にいることは、大きいです。自分がもし石下先生のような立場になったときに、どう振舞えばいいのかを考えますが、そのいいお手本になっていると感じます」

佐藤校長

校長室にて佐藤校長と


*土倉先生「わかりやすい授業をされていて、私が授業をすると退屈そうなのに、石下先生が授業をすると、生徒からいろいろ反応があって、さすがだなと思います」

商業科の土倉先生と


*板垣先生「最初は怖いイメージだったけど、実際来られると穏やかで親しみやすい人柄でした。全体を捉えた発言をされるし、人間関係を大切にされる発言をされる、本当にありがたい存在です。職員会議で空気がちょっと……、という時に、石下先生が一言柔らかく発言してくれて、空気が変わったことがあり、助かりました」

保健室にて養護の板垣先生と


*鳥山先生「相談しやすく頼れる方です。ただ、すぐに着替えて部活動に行かれるので、なかなか相談が……(笑)」

職員室にて社会科の鳥山先生


*司書中山さん「いつも気さくに声をかけ、図書室に様子を見に来てくださり『今日、どんな感じ?』みたいに話して、また帰っていくんですけど、それに救われています。自分も学校の一員だと思わせてもらえます」

*大嶋先生「校長をされていたので、何かあったら最終的に相談できると思っています。だから、(再任用は1年契約だけど)まだいてくださいね、どっか行かないでくださいね」

図書室にて司書の中山さん(左)と国語科の大嶋先生(右)と


*事務室の職員の方々「校長先生の経験があるので、事務室の業務のこともよく理解されていて、助かっています」「事務室と職員室の関係がいいのは、石下先生が橋渡し役になってくださっているからです」

事務室にて左から三垣さん、江口さん、岡﨑さん、河嶋事務長と


取材と分かっているからネガティブな発言はないのだけれど、石下先生が必要とされていることは、ひしひしと伝わってきた。言葉だけでなく表情からも周りの教職員の方々からの敬愛の情が読み取れ、温かい人間関係を築いていると感じた。



編集後記

今回、外部ライターという肩書をもらっての初仕事が、同じ1963年生まれの石下先生への取材だった。同級生である共通の知人もいて、縁を感じる。

先生は、どんな質問にも真摯に赤裸々に答えてくださった。対話の書きおこしをしていると、経験を重ねた言葉の重みを感じ、筆者自身もこれからの生き方について考えさせられた。「自分に言い聞かせているんです。おまじないのように」「楽しみに変える方がいい。長生きできるから」「決断したことを最高にするしかない」といった言い方からわかるように、先生は意識して明るい方に楽観的な方に考え、行動していこうと努力している。自分で自分の機嫌を取っている。この記事を美談にはしたくなかったのだけれど、なんだか美しい、残念だ。いや、残念ではないけれど、残念だ。

最後に、石下先生に、この記事の中途のものをメールで送ったところ、返信に「玉商のブラッド・ピッドになりたいと思う。言い過ぎました」とあった。私は「ほぼブラピです。ほぼ」と返した。



執筆:中原真智子


岡山県倉敷市出身。元公立中学校国語教諭。

3年間、中国の蘇州日本人学校に勤務し、主としてその時の体験をもとにした旅のエッセイ単行本「旅するマダム」と、東京での文章講座に通った体験と生徒たちの作品を集めた新書「国語の先生文章講座に通う」の2冊を執筆。

現在は、非常勤講師として勤めつつ、旅と図書館通いと太極拳の3Tを楽しみながら「アフター定年退職」を満喫中。







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今日 9月6日(

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今日 9月6日(

晴れ晴れ
気温 37℃ -
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