‟その場所に置かれる”という選択 ~つなぎ、循環させるリーダーシップ~ ワールド・ビジョン・ジャパン新事務局長インタビュー


2025年10月、特定非営利活動法人ワールド・ビジョン・ジャパン(WVJ)の新たなリーダーに就任した中島みぎわ事務局長。40代で、世界最大級の子ども支援NGOの日本事務所を率いるという選択は、人生の大きな決断でした。決断を後押しした人生の経験や価値観、そして国際協力の現場で見つけてきた「喜び」や「希望」とは―。


インタビューでは、人々の思いや力をつなぎ、循環を生み出す「しくみ」をつくりたいという願いが浮かび上がってきました。また、「選択すること」は、自分を大切にすることだと捉え、支援される子ども自らが支援者を選ぶ独自の取り組み「Chosen(チョーズン)」の理念と重ねながら、新事務局長としての思いを語りました。

目次

  • 幼少期から持つ「副」の精神と、世界へのまなざし
  • 人の思いと支援をつなげて循環するしくみをつくりたい
  • 人生で何をすべきかを考え、ワールド・ビジョン・ジャパンへ
  • 国境を越えて助け、助けられる中で見えてきたもの
  • ‟その場所に置かれる”という選択
  • 世界に希望を届ける旅路を共に
  • “選択”することは、自分を大切にすること

幼少期から持つ「副」の精神と、世界へのまなざし

──これまで、あまりリーダータイプではなかったとのことですが、小さい頃はどんな子どもでしたか?

前に出るというタイプではありませんでした。周りを見て、今ここではこれが必要だと空気を読むような子どもでした。自分では「副」タイプ、「サブ」タイプだと思っています。小学校で児童会副会長、中学校でも副会長で、「副」が多かったです。小学校でバレーボールをしていたんですが、その時も守備専門の「リベロ」でした。トスをあげた仲間がアタック決めると、よかったと思うタイプでした。


私はカリスマ的なビジョンを語るタイプではないんですよね。リーダーにはそういう要素が必要だということはわかっていますが、私はむしろリーダーがビジョンを実現していくように調整し、そばで必要なことを進める方が好きでした。


──国際的なことに関心を持つきっかけは何でしたか?

出身の富山では、全校生徒百人ぐらいの規模の小学校でした。私の家はクリスチャンの家庭で、両親が一代目でした。町に一組のクリスチャンの家庭だったのではと思います。通っていたのは、カナダ系の宣教団が開拓した教会でした。いろんな人が来ていて、自分と見た目が違う人たち、文化的背景の違う人たちがいると感じられたことは、良い経験だったのかなと思っています。一人ひとり違うのだと思ったことが、この活動につながる感覚の原点でもありました。


そうした環境から、「世界」や「国際」というものを感じ始めたのですが、教会に募金箱が置いてあり、子どもたちの食料や水支援のための寄付を集めていました。世界には大変な思いをしている子がいて、苦しい思いをしている別の側面の「国際」あるのだという気付きは、そこで生まれました。


中学生の時には、ベルリンの壁崩壊や湾岸戦争が起こりました。ソ連が解体して世界はどうなるんだろうと思ったのも覚えています。国連難民高等弁務官だった緒方貞子さんが防弾チョッキを着てコソボに行く、といったニュースが社会を揺るがせていた時期でもありました。ショックを受けると同時に、緒方さんが働いている姿を見て、人間にも何かできることがある問題なのかもしれない、と考えたりもしました。


コソボからの避難民(1998年)

──大学では国際関係論を学ばれ、フィールドワークで初めて途上国を訪れました。どんなことを感じましたか?

「国際」といったものに興味を持ち、東京大学の国際関係論コースに入りました。国際法、国際政治、国際経済など広く学べたのはよかったと思います。先進国よりは途上国に対する興味があったので、指導教官に連れられてフィリピンへのフィールドワークにも参加しました。スラムでホームステイの機会もあったのですが、ショックというよりは人々のたくましさを感じました。暮らし向きは大変なんだけど、そこにもやっぱり人の生活があって、子どもたちを学校に行かせたい、いい生活させたいと思っている、私たちと変わらない普通の人たちなんだという感覚の方が大きかったですね。その地域にNGOが入っていて、コミュニティ構築などに取り組んでいる団体がいて、こういうところで活動しているんだと思った記憶も残っています。


ワールド・ビジョンのヤギ飼育プロジェクトの支援を受けるフィリピンの家族

人の思いと支援をつなげて循環するしくみをつくりたい

──大学卒業後、最初の仕事として外資系コンサルタント、次にメーカーを選んだのはなぜですか?

「人が社会を変えていけるのかもしれない」という関心がまずあったのですが、人の想いと支援を適切につなげることや、お金や資本の力をきちんと回すしくみが大事なのではないかと思い始めていました。


経営コンサルタントとして、1年3か月働いた後に、形のある製品を扱ってみたいと、スウェーデンの高齢者のケア製品ブランドを日本で展開する、日本とスウェーデンの合弁企業のマーケティング部に入りました。業務を進めるのに、文化や考え方が違うところを擦り合わせていかなければなりませんでした。たとえば、製品の細かい規格に対する考え方や対処の仕方など、価値観の違いを、どうすり合わせていくかという部分を担当させてもらい、そうした調整役はおもしろい経験でした。「高齢者の尊厳」を掲げる会社だったので、社会課題や社会貢献に興味ある人も多く、人にも恵まれていました。


人生で何をすべきかを考え、ワールド・ビジョン・ジャパンへ

──仕事も人間関係にも恵まれていた中で、WVJで働くという変化を選ばせたものは何だったのでしょうか?

13歳の時に洗礼を受けたのですが、当時やっぱりクリスチャンとしてきちんと生きていきたいと思いが強くなっていて、NGO活動のようなことをしたかったことを思い出していました。別の団体を通してでしたが、途上国の子ども支援に寄付をしたり、翻訳ボランティアなどの活動をしたりもしていました。「自分は何をしたらいいのか教えてください」というようにお祈りをしました。


NGOは、日本ではまだまだ知名度や信頼度が低いというのは体感していました。現地で働くこともやりたいことではあるけれど、どちらかというと、しくみに関心があり、良い活動をしている団体やセクターがあることを多くの人に知ってもらい、信頼してもらい、そこにファンドし、参加してもらえるようにしたいと思っていました。良い活動をしている団体や良い人が現場にたくさんいるなら、それがきちんと循環するようにしないとだめだという思いがずっとあったのかもしれないです。私は、物事がうまく回っている状態を見ることが好きなんです。


ある程度の基盤があり、キリスト教系の団体というと、ワールド・ビジョンだと思って調べたところ、経理を募集していたのです。締め切り日直前でした。経理というポジションならセクターは違っても、社会人としてやってきたことを生かして挑戦できるのかもしれないと思い、応募しました。


国境を越えて助け、助けられる中で見えてきたもの

──入団後はどんな経験を積みましたか?

財務経理で入団し、ファンドレイジングなど新しい働きが始まっていた時で、団体としてそれを回せるように裏方の仕事をしたりしました。


東日本大震災時には、日本が「支援をする側」から「支援を受ける側」となり、その経理や報告業務も担当しました。10か国以上のオフィスから、募金が寄せられたのを覚えています。日本が応援される立場になることはけっこうな転換でした。世界中から応援メッセージも届きました。 ありがたいという気持ちと同時に、責任を感じ、「支援を受ける側」として報告を行い、実情とリクエストとの調整をしなければいけないということは、そうなって初めてその立場がわかりました。それまでは、日本は「こちらはこのように寄付をつかってほしい」と言う側の立場でしたが、制限がある中で応えられないリクエストもあり、相手の立場を前より理解できるようになりました。

──仕事でうれしかった思い出を一つあげるとしたらどんなことですか?

2〜3年前にタイからファンドレイジングのチームが日本に研修に来たことがありました。タイはずっと支援を受けてきた国で、日本も支援国の一つでしたが、タイのオフィスが国際的な支援から卒業し、自分たちで資金を集めて行くことになりました。その時、「ファンドレイジングをする側として、今度はそのやり方を学びたい」と言ってきてくれたことは、とてもうれしいことでした。

──事務局長に就任する直前にフィリピンを再訪し、その際に現地の少女から聞いた言葉が、強く心に残っているそうですね。

支援を受けながら成長し、高等教育に進んだ一人の女の子が、「自分にこんな可能性があるとは知らなかった」と伝えてくれました。とても優秀な子なのですが、もともとは引っ込み思案だったそうで、子どもは本当に変わるんだって素直に思いました。これまでも、支援活動の一環であるチャイルドクラブに参加した子どもたちの、「自分の意見が言えるようになりました」、「自分も大切な存在だと思えるようになりました」、という声は聞いていましたが、その実感が高まり、腑に落ちました。


学校に行けることや、きれいな水が飲めることに加えて、「自信が持てる」という部分を目撃できたのです。ワールド・ビジョンが大事にしている「自尊心」だったり、「自信」、「希望」を見ることができたのは大きかったです。


2025年にフィリピンの支援地域にある学校を訪問

‟その場所に置かれる”という選択

──20年務めてきたWVJで事務局長に就任する選択をしました。どんな思いで決断したのでしょうか?

1年前くらいから、前事務局長の木内から話はされてました。2017年に木内が事務局長に就任した時も、組織が転換点にある中でよく引き継いだなと思っていました。その時に 「副」精神がメラメラと燃えて、「これは絶対に支えないといけない」と思いました。その木内が、本気で勇退と継承を考えているなら、その跡を継ぐことにノーと言えないのかもしれないと思いました。


信頼してる何人かの方にも相談したのですが、事務局長就任を受ける前提でのアドバイスしか返ってこなかったんです。「もうこれは“置かれた”んだと思いました。拒否することもできたけれど、そこに置かれるということに力を頂いたのだと思いました。先ほどお話したとおり、私はクリスチャンなのですが、自分がここに置かれるという選択をしたことを神様が祝福し、そこから良いものを生み出してくださるであろうことへの信頼みたいなものはありました。そして、すでに一緒にいてくださるご支援者、現場のスタッフ、チームの存在もありました。


去年10月、木内前事務局長からバトンを受け取った

世界に希望を届ける旅路を共に

──新たなWVJでの自身の役割をどういう風に考えていますか?

今の世界や日本を見てると、WVJの存在意義はあり、活動を続けていく必要があると思います。良いところを残しながら、次の世代のWVJをみんなで作り上げていく大きな役割を担っていると思っています。


2024年に来日した、ワールド・ビジョンの現総裁アンドリュー・モーリーは、私たちにこう言いました。「あなたが誰かに『なんの仕事してるの?』と聞かれたら、『私たちは、子どもたちのために、世界を変えてるんだ。希望を届けてるんだよ』と答えてください」。これからのWVJを考える時に、やはり「子どもたちのために」ということだと思います。子どもたちのためになるのか、なっているのかを、常に問いなさいと言われた気がしました。


ワールド・ビジョン創始者の「”何もかも”はできなくとも、”何か”はきっとできる」という言葉もあります。一人の子どもに向き合うことが原点ではあるのですが、モーリーの言う「世界を変える」ためには、点の活動を面の活動に広げていく必要があることを突きつけられます。


モーリー現総裁を囲んでスタッフたちと

──中島さんにとって、「希望」とは何でしょうか?

先日、甥っ子が「 楽しいから夜寝たくない。すぐ明日が来ちゃえばいいのに」と言ったんですよね。寝るのがもったいないくらいに明日が楽しみだと思えるのは希望だなと思います。WVJは、本当に良いご支援者に恵まれて、コミットメントが高いスタッフがいて、支援に感謝を伝えてくれるチャイルドもいて、それらも大きな希望だと感じています。


現実は厳しいこともたくさんありますが、それを忘れて良いことだけ見ようというのではなく、現実を直視しつつ、歩み続けることが、「希望」のイメージに近いかもしれません。支援を届けるために一緒に歩いていくということでしょうか。その歩みを共に続けることが、 “希望を届ける”ことなのかもしれません。

──こうあればいいなというビジョンはありますか?

私は、自分や誰かがいなくても何かが進んでいく状態が良いと思っています。最初のきっかけの一つがWVJだったのかもしれないけれども、その結果、世界やコミュニティが良くなって、家族が良くなって、その人自身が良くなっていくというようになればと。WVJが選択のきっかけになって、ご支援者の旅路が続くというのがすてきだと思っています。そうして、いつかワールド・ビジョンがいなくなっても大丈夫な世界になったら、本当にいいですよね。


中野坂上のオフィスでスタッフとともに

“選択”することは、自分を大切にすること

──支援を待つ子どもが自分の意志でスポンサーを選ぶ「Chosen」は、ワールド・ビジョン独自の取り組みですが、中島さんも参加され、ケニアの男の子に選ばれたそうですね。「Chosen」にどんな可能性を感じていますか?

子どもの「自尊心」や「自信」の話にも通じますが、何かを選べること、自分に選択肢があることは、大げさかもしれないけれど、「自分には価値がある」「I matter (自分は大切)」と思うことにつながるんじゃないかなと思うんですよね。私にも、僕にも選べるんだと思えるその選択が、もしかしたら、その子たちの後の人生の大きな力になる可能性があると思うんです。


私を選んでくれた男の子は、「私がオレンジ色のセーター着てたから」というのが’理由でした。選ぶことを考える機会になったとしたらよかったと思います。日本人は「自分が選ばれたい」と、なかなか言えないと思うんですけど、単純に選ばれたらうれしいですよ。「You matter」(あなたも大切)で、あなたも選ばれるんですよと。選ばれるという選択をしてほしいです。選ばれるという選択をすることで、何か変わっていくかもしれないと思うんですよね。


「I matter(自分は大切)」という感覚は、すごく大事で、まさに希望で、「自分が選ぶ」という決断をしていく源泉だと思います。「Chosen」は、「I matter, you matter(私も、あなたも大切)」の仕組みなんだと思います。


今年のChosenはウガンダで3月16日にスタート 詳しくはこちら

──まさに、事務局長に選ばれるという選択をしたわけですが、これから人生を選び取っていく若い世代へのメッセージはありますか?

目の前に道が開かれているなら、やってみたらいいと思います。もし違ってたとしたら、その先に別のドアや道はあると思うので、また選んでいけばいい。踏み出さないとドミノも倒れていきません。迷ったり、悩んだり不安になったりすることは普通で、全然特別なことではありません。 迷ったり不安になったりしたから間違いというわけでもないし、それがないから正しい選択だというわけでもないんだと思うんですよね。


私は落ち込んだ時はとことん落ち込みます。落ち込むのに飽きたら、「もうここから進むしかない」という感じになります。雪国出身なので、粘り強さはあるのかもしれませんね。一歩一歩進んでいくタイプなのかもしれないです。



中島みぎわ (なかじま・みぎわ)— 富山県出身 1978年生まれ。東京大学教養学部(国際関係論コース)卒。米系コンサルティングファームなど民間企業勤務を経て、2005年ワールド・ビジョン・ジャパンに入職。団体全体の財務経理を担当しつつ、戦略(中期計画)策定に関わる。2012年より財務経理課長として国内外の支援事業を含む財務経理を統括。2016年より戦略企画室長として中期計画策定と実行を牽引。2024年副事務局長となり、2025年10月1日より理事・事務局長に就任。


<ワールド・ビジョン・ジャパンとは>

キリスト教精神に基づき、貧困や紛争、自然災害等により困難な状況で生きる子どもたちのために活動する国際NGO。国連経済社会理事会に公認・登録された、約100カ国で活動するワールド・ビジョンの日本事務所です。

詳細はこちら:www.worldvision.jp









































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