【特別対談】 ねじの技術が、未来のものづくりを変えていく。日本のモノづくりに今必要なのは“イノベーション”
自動化技術と次世代ねじ
「ねじは、一見ローテクですが、実はハイテクでもあります」
そんな印象的な言葉が交わされた、ねじの技術と未来を語る特別対談。
ねじ締結システムによる自動化を提唱する、株式会社ハイオス 代表取締役・戸津勝行(東京都墨田区)と、日本のねじ先端研究の強化を目指す、日本ねじ研究協会 会長・澤俊行教授(広島大学名誉教授)は、世界におけるモノづくり大国としての日本の立ち位置が揺らぐ中、いま日本に求められているのは「イノベーション」であると語ります。今回の対談では、ねじ締結を軸に、自動化、分解・リサイクル、教育・研究、知財戦略まで――現場と研究、それぞれの立場から見える課題と可能性を掘り下げていきます。

技術革新の原点
戸津:若い頃はエンジンやキャブレターなどを分解して、ねじに触れるのが楽しくてたまらなかった。キャブレターの調整ねじはマイナスねじで調整していましたが、調整中にドライバーがたびたび滑って失敗することが多く、なんとかならないかと考えました。そこで思いついたのが、マイナス部の中央に丸孔を設け、ドライバー先端を凸形状に加工することで滑りを防ぐという方法です。この瞬間こそが、ねじ開発人生の第一歩となりました。1967年に開発したトツネジです(編集注:トツネジ=マイナスビットの滑りを防ぐため、スリ割り中央に丸孔を備えたリセス。ハイオス初の製品)。それにしても、今でも、ねじは「回さないと締まらない」ですね。
澤:ねじは生活にも産業にも欠かせない存在です。私の大先輩である故・山本晃先生(元東京工業大学名誉教授)は、日本にねじ技術が火縄銃とともに伝来したと考えておられましたが、ねじ自体は紀元前、アルキメデスの時代から存在します。その後、産業革命を経て、金属製ねじが蒸気機関に使用されるなど、製造工程とともに発展してきました。―ねじは変わらないからこそ未来がある
戸津:産業は常にイノベーションを繰り返してきましたが、ねじほど長い歴史の中で変化の少ないものは珍しい。今、自動車のエンジンはモーターに変わりつつあるのに、ねじに大きな変化はありません。だからこそ、私はねじがこれからのマーケットを担うと思っています。CO2排出削減にはじまる自然環境の問題は、ねじがなければできない時代になるでしょう。例えば、古い機械式カメラは修理をすれば何度でも使えますが、電子部品が多いデジタルカメラはメーカーでも修理が困難。悪い部分だけを取り換えて再利用するリビルドの考え方において、ねじは重要な役割を果たすのではないでしょうか。

戸津(右)よりハイオス製品の説明を受ける澤氏(中央)
澤:イノベーションはユーザーとの関係性の中で必ず生まれます。今の日本はGDPが下がり、科学論文数も世界13位まで落ちました。10位以下は「二流国」とも言われます。同じものを作り続ければ商売になった時代は終わり、今は探究心を持って研究・挑戦し続けなければなりません。
戸津:私にとっては研究というより趣味です。苦痛ではありません。
澤:趣味と喜びの中からこそ、本物のアイデアが生まれるのだと思います。苦しんで生み出す人もいますが、それでは続きませんね。
イノベーションを生む視点と教育のあり方
戸津:例えば「3×6=18」と答えが出るけれど、その経緯や背景を探ることが大切。開発とは、固定概念や常識を捨てて、「こうしたらこうなるのでは」という仮説から始まる。器用な人は何でもできてしまうから新しい発明をしないが、面倒くさがりの人はそれを解決しようとする。その発想からイノベーションが生まれます。
澤:日本の教育は、知識の詰め込み型であり、探求型とは言えません。リトマス試験紙が何色になるかではなく、なぜ色が変わるのかを教える必要があります。
シリコンバレーでは、世界中の企業が集まりオープンにディスカッションすることでイノベーションが生まれています。一方、日本では仲間内の議論にとどまり、違う意見の人とは対立したまま終わってしまう。米国では相手をリスペクトする前提があるので、激しい議論をしてもすぐに仲直りできる。この差は大きいですね。
世界と日本、認識に差
戸津:私の趣味となってしまったのはパテント出願で、これまでに2000件弱はあると思います。中小零細メーカーが大手から身を守るには、知的財産しかない。–度もの荒波をくぐり抜けてきました。老齢の機長として、若い人にはない経験値を活かして風に対処しています。ねじはローテクで研究者が少ない分、隙間を狙うことができます。
澤:ねじは一見ローテクですが、実はハイテクでもあります。
宇宙や原子力など、最先端の分野でも使われています。欧州ではねじの重要性が日本よりも強く認識されており、例えば独シュトゥットガルト大学の地下にある広大な実験室では、欧州の自動車メーカーと連携したねじの研究が行われていました。
私が「日本ではここまでの実験はできない」と言うと、現地の研究者は「ねじは命に関わる最後の生命線」と語っており最重要視していたのが印象的でした。
ねじの進化と自動化対応技術
戸津:ねじの種類も増え、さまざまな用途に対応するねじが開発されてきました。
また、ねじの相手材料も進化しているのに、十字穴のプラスねじだけは戦後からあまり変わっていません。セルフタッピングねじやドリルねじの登場でトルクは上がっているのに、従来の十字穴ビットでは負荷が大きすぎる。
これは、例えるなら1㌧トラックに2㌧の荷物を積むようなものです。そのためビットの摩耗が激しく、自動化においては相当な工夫が必要とされています。
ビットの摩耗はアナログ的な現象ですが、ロボット制御はデジタルです。つまり、アナログとデジタルは相性が悪く、自動化には大きな壁があるのです。
そのため、自動化には超硬チップのようなデジタル的に管理しやすい工具が求められます。十字ビットでは、材料や熱処理の工夫以外には、現時点で大きな対策はありません。
日本では戦後、低コスト生産重視でプラスねじが普及しましたが、欧州ではトルク伝達力が高くカムアウトしにくいヘクサロビュラが好まれていました。当社が開発した「インタトルク」は、ヘクサロビュラにガイドポイントを加え従来のぐらつきを防止し、ビットがねじ中心に誘導される構造で作業性を向上させています。
推力が不要で回転方向の力のみで締付けが可能なため、ロボットはコンパクトに、省スペースで高効率な自動化を実現します。さらに、ビットの消耗も大幅に抑えられ、交換時期のデジタル管理も可能です。
55年間の結論は「ねじの推力を抑える」「ビットの消耗をなくす」。これが自動化の鍵となります。
未来のねじ技術とは
戸津:メーカーはモノを作るだけでなく、廃棄までのプロセスを見据える必要があります。
澤:多くの技術者が「作ること」に注力しすぎて、リサイクルや廃棄を軽視してきた。使用済み核燃料、リチウムイオン電池、プラスチックなど、処理に困る物質が世界中で問題になっています。解体を容易にし、役割を終えたら安全に分解できる設計が必要な時代です。エンジニアリングはリサイクル可能なシステムまで含めて構築しなければなりません。

ハイオス墨田区本社にて
戸津:現在、緩める機能を持たせたビットを開発中です。
EVも正しく解体しなければ爆発の危険があるため、接着剤ではなくねじが注目されるでしょう。解体時にねじが集約できる仕組みや、解体の規格整備も必要になるはずです。今後、自動化の流れは加速しますが、人の関与は完全にはなくならない。
多能工によるねじ締めや、ロボット操作には依然として技術が求められる。当社のねじ締結システムは、これからも自動化ラインに貢献していきます。
【プロフィール】
「探求心持って研究開発を」
▼澤俊行(さわ・としゆき)=1948年3月10日生まれ。最終学歴は東京工業大学大学院・機械物理工学専攻博士課程修了(工学博士)。広島大学名誉教授。専門は機械工学で、特に材料力学、弾性論、計算力学、実験力学に精通。日本ねじ研究協会ではISO/TC1国内対策委員会の幹事、研究委員会委員長(2008年~2022年5月)、副会長(2019年~2022年5月)を歴任。
その他、(一社)日本機械学会では標準化規格センタ-長、及びJIS 規格委員会委員長、ISO TC5―SC10の日本代表を務めている。
米国機械学会(ASME)などでも学術講演会の大会実行委員長および研究委員会委員長などの要職を務める。2022年に(一社)日本ねじ研究協会の会長に学術研究者として初めて就任した。受賞歴には、米国機械学会各部門での功績賞(2005年、2009年、2012年)、及び2010年にS.Y.Zamrik-PVPMedal受賞。
さらにはASME,JPVT論文集の副編集長を6年間にわたり務め「Life Fellow」である。日本ねじ研究協会貢献賞(2019年)、経済産業省の令和3年度産業事業表彰・経済産業大臣表彰などがある。
また、専門知見を活かし、全国の警察・検察・裁判所から依頼される事故鑑定調査の実績も多数。著書に『再入門材料力学(基礎編/応用編/実践編)』(日経BP)などがある。
「ねじこそ未来がある」
▼戸津勝行(とつ・かつゆき)=1940年7月4日生まれ。㈱ハイオス代表取締役。1968年に戸津研究所を設立し、マイナスねじの改善品「トツねじ」および「電動ドライバー」の開発に着手。1970年に㈱ハイオスを設立し、ねじ締結システムの電動ドライバー、ねじ、トルク計測器などの開発・販売を行う。
1993年には十字ねじの改良品「トツプラねじ」を考案し、1999年に実用化。2001年には環境問題が注目される中、いち早くブラシレスモーターを採したブラシレスドライバーを開発・販売した。
受賞歴は多数にのぼり、2007年の黄綬褒章をはじめ、2010年に“超”モノづくり部品大賞「機械部品賞」、2014年に第57回「十大新製品賞」中堅・中小企業賞、2018年に“超”モノづくり部品大賞「機械・ロボット部品賞」、2022年に第5回エコプロアワード奨励賞などを受賞。発明はライフワークとし、国内外の特許申請件数は300件、知的所有権の総数は1500件に及ぶ。
(ハイオス 本社にて/司会・取材 金属産業新聞社=東京本社・大槻)
企業情報
[ HIOS Webサイト ]
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