東京ディズニーシー®開園から25周年 その誕生の歴史から紐解く唯一無二のテーマパーク

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東京ディズニーシーは、2026年で開園25周年を迎えます。世界初の海をテーマにしたディズニーパークとして2001年9月に開園し、東京ディズニーランド®とともに東京ディズニーリゾート®の中核となるテーマパークとして進化してきました。日本国内はもとより海外からのゲストも訪れにぎわう東京ディズニーシーはいかにして誕生し、いかにして唯一無二の価値を築き上げてきたのか。その歴史を紐解いていきます。

東京ディズニーランド開園後、間もなく始動した第2パーク構想

オリエンタルランドが、東京ディズニーランドを東京駅からほど近い千葉県浦安市に開園したのは1983年のこと。それまで日本において遊園地は子どものためのものというイメージがありましたが、日本に初めて誕生したディズニーテーマパークは、あらゆる世代の人々が楽しむことができる場所として注目されました。


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1983年東京ディズニーランド グランドオープニングの様子

 来園者が年々増加する中で迎えた東京ディズニーランド5周年の記者発表の日、髙橋政知社長(当時)の口から、早くも「第2パーク構想」が発表されました。

東京ディズニーランドがまさにこれからというタイミングで、予期しない発表に報道関係者はもちろんのこと世間の人々も非常に驚きました。


実は、東京ディズニーランドが開園して間もない時期からすでに「第2パーク構想」の夢はスタートしていました。


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1988年 東京ディズニーランド開園5周年記者発表

世界で唯一、海をテーマにしたディズニーテーマパークの誕生

第2パークをつくるにあたっては、東京ディズニーランドにはない魅力を備えつつも、ディズニーの世界観を堪能できるテーマパークとしていきたい。その大方針のもと、ディズニー社との「第2パーク構想」は走り出しました。

1992年、新たなコンセプトとしてディズニー社から提示されたのが「セブン・シーズ(7つの海)構想」でした。まわりを海に囲まれた日本において「海」をテーマにしたパークは親しみやすいものになるはずと一同が賛同し、この方向で進めることになりました。


東京ディズニーシーのコンセプトを固める段階に入り、ディズニー社からは次々と新しい提案がありました。そうした中で、もっと日本人のゲストが喜び、何度でも来園したくなるパークを目指したいと、オリエンタルランドのメンバーも渡米し、ともに東京ディズニーシーのコンセプトを議論することになりました。

ディズニー社のテーマパークおよびリゾートのデザイン部門である、ウォルト・ディズニー・イマジニアリングのイマジニア(イマジネーションとエンジニアをかけあわせた造語)がコンセプトをつくるにあたり、日本の文化性や感性への理解を深めるためにオリエンタルランドのチームと協力のうえ、検討していきました。

 冒険色が強かった世界観は、ロマンを感じる世界観へと広がり、シンボルモチーフは冒険の出発点である「灯台」から、未来を想像させ“水の惑星・地球”を表現した「アクアスフィア」へとブラッシュアップ。度重なるワーキングセッションを経て内容は研ぎ澄まされていき、約5年という月日をかけていよいよ第2パークのコンセプトは完成したのでした。正式名称は「東京ディズニーシー」に決定し、1997年11月に事業概要とともに報道関係者に発表されました。


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東京ディズニーシーと東京ディズニーランドとの違い

東京ディズニーシーには、東京ディズニーランドとは違う、ここにしかない魅力を確立したいという強い信念がありました。東京ディズニーシーと東京ディズニーランドの差別化をしっかり行うことで、ゲストは必ずや2つのパークにリピートして来園し、相乗効果を狙うことができるだろうという目論見があったのです。

東京ディズニーランドは「夢と魔法の王国」で魅了する、子どもから大人まで楽しむことができるファミリーエンターテイメントの世界。一方、東京ディズニーシーは「冒険とロマン、イマジネーション、7つのテーマポート(現在8つ)」で魅了するパークに。ターゲット層をさらに広げていこうと本物のエンターテイメントショーを充実させ、上質感やスケール感にこだわりスタイリッシュな世界を目指すこととしました。

アートを描くような世界初のテーマパークの建設

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1998年 東京ディズニーシー着工式後の記者会見の様子


1998年10月に着工式が執り行われ、約3年にわたる大規模工事がはじまりました。“世界初”というだけあって、新しいテーマパークをゼロから開発する厳しさと苦労は並大抵ではありませんでした。東京ディズニーシーは「海」をテーマにしていますので水がパークの一部となっており、その水が滞留しないようにするため、高低差を利用して設計されています。しかし、あらゆる年齢、身体条件をお持ちのゲストが来園した際に快適にお過ごしいただくことが重要ですので、設計には充分に工夫や検討を重ねていきました。


そして、唯一無二のアートを描くようなパークづくりは時間をかけて行われました。

ディズニー社とのプロジェクトは、デザインの詳細化と建設が同時に進んでいきます。ウォルト・ディズニー・イマジニアリングのパークづくりでは、世界のディズニーテーマパークでも取り入れられている「ステージング」という手法が用いられており、机上のプランが現実と整合するかどうかをつくり上げながら実証していきます。

東京ディズニーシーに入るとすぐに、メディテレーニアンハーバーという古きよき時代のイタリアの佇まいが残る港町が広がっています。モデルはイタリアのポルトフィーノで、その街並みの外壁を模して「東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ®」の外壁にはルネサンス期の絵画様式「トロンプルイユ」の手法が取り入れられています。こうした細部へのこだわりのひとつひとつを、ディズニー社と力を合わせて形にしていきました。


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構想時のコンセプトアート



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完成したプロメテウス火山

ディズニー社とオリエンタルランドとの絆

東京ディズニーシーは、「第2パーク構想」から13年のときを経て、2001年9月4日にグランドオープンしました。当日は待ち焦がれた多くのゲストが来園し、華々しくオープニングセレモニーが開催されました。

“夢がかなう場所”東京ディズニーリゾートは、東京ディズニーシーが加わったことで、東京駅から電車で約15分という好立地に位置する、類稀なる一大テーマリゾートとして一段と進化しました。


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2001年9月 東京ディズニーシーオープニング式典


1つエピソードをご紹介しましょう。

グランドオープンした9月4日は、かつてディズニーランドの日本誘致に奔走し、さらには第2パークの構想を発表し、2つのパークの礎をつくった髙橋政知の誕生日でもありました。パークにかけた情熱には並々ならぬものがあり、オリエンタルランドの誰もがリーダーとして尊敬し、ディズニー社で一緒に働いた方からも厚い信頼を得ていた髙橋でしたが、東京ディズニーシーの開園を待つことなく2000年1月に他界しました。

また、ディズニー社においても、パーク実現に向けて大いに貢献したPresident and Chief Operating Officer(社長兼最高執行責任者)であったフランク・ウェルズ氏が少し前に不慮の事故で亡くなりました。

この2人の功績を刻んでおこうと、1枚のプラーク(陶板)を東京ディズニーシーの敷地の一角に置くことになりました。「パークをこの2人に捧げる」という同じ文章を、オリエンタルランドは加賀見俊夫社長(当時、現 代表取締役 取締役会議長)が日本語で、ディズニー社はマイケル・アイズナー会長(当時)が英語で記しました。このプラークは、オリエンタルランドとディズニー社が共同で進めた一大パーク事業の成功を象徴する記念碑となっています。このエピソードを知っているのか今でも記念撮影をされるゲストがいます。

なお、髙橋政知、加賀見俊夫ともに、ディズニー社に多大な貢献をした人物に贈られる最高の栄誉「ディズニー・レジェンド」として表彰されています。


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常に進化し続けてきた東京ディズニーシー

エンターテイメントやパークの景観に徹底的にこだわり、幅広いターゲット層に楽しんでいただける東京ディズニーシー。常に来園者の動向の分析やマーケティングを行いながら、ゲストによりご満足いただけることを追求してきました。

開園5周年前後には「レイジングスピリッツ」「タワー・オブ・テラー」が加わりアトラクションが充実。さらに、ウォルト・ディズニーの目指した“ファミリー・エンターテイメント”を強化する形で、ディズニーキャラクターと会える「ミッキー&フレンズのグリーティングトレイル」「ヴィレッジ・グリーティングプレイス」や、人気キャラクターの世界が満喫できるアトラクション「タートル・トーク」「ジャスミンのフライングカーペット」「トイ・ストーリー・マニア!」、最新技術を取り入れた、米国でも人気の体験型アトラクション「ソアリン : ファンタスティック・フライト」など、次々と増やしています。

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2006年 東京ディズニーシー5周年

 

2013年度には、東京ディズニーシーと東京ディズニーランドの2つのパークをあわせた年間入園者数が3,000万人を超えるようになってきていました。並行して、お越しいただくゲストに快適なパーク環境を提供し、ゲストの体験価値を高めていくためにさまざまな取り組みを実施しました。

ゲストの体験価値を高め、より魅力ある東京ディズニーシーへと発展するためにオープンしたのが、2024年6月にオープンした8つ目のテーマポート「ファンタジースプリングス」です。ファンタジースプリングスは、東京ディズニーシー開園以来最大規模のエリア拡張で、投資額は既存施設への追加投資としては過去最高の約3,200億円となりました。開業そのものが大きなチャレンジではありましたが、この大規模な開発はゲストの体験価値向上につながるものとなりました。


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「ファンタジースプリングス」コンセプトアート


 また、2つ目のパーク一体型ホテル「東京ディズニーシー・ファンタジースプリングス・ホテル」が加わったことで、東京ディズニーシー、ひいては東京ディズニーリゾートにおける滞在の仕方そのものが大きく変わってきています。パーク内ホテルに滞在することで、ディズニーの世界により没入して楽しんでいただくことができ、ホテルからパークへ、あるいは朝・昼・晩の時間帯も超えてシームレスに堪能いただけるような工夫を取り入れています。数々の工夫はゲストの体験価値を向上させ、楽しみ方の選択肢のご提供につながっていると考えています。世界で唯一の海をテーマにした東京ディズニーシーは、世界中でここでしか体験できない「ファンタジースプリングス」が加わったことで、さらなる進化を遂げています。


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2024年6月 ファンタジースプリングスオープニングセレモニー

2026年4月からはじまる、東京ディズニーシー25周年の祝祭

東京ディズニーシーが25周年を迎えるにあたり、2026年4月15日(水)〜2027年3月31日(水)と1年間をかけて「東京ディズニーシー25周年“スパークリング・ジュビリー”」を開催します。今回のアニバーサリーイベントでは、パークのさまざまな“海の魅力”から着想を得た特別な色“ジュビリーブルー”をテーマカラーにパーク全体を華やかに彩り、あふれる祝祭感で1年を盛り上げていきます。

メディテレーニアンハーバーでは、ジュビリーブルーの衣装に身を包んだディズニーの仲間たちが、ゲストの皆さまと一緒に25周年をお祝いするエンターテイメントプログラムを公演し、アメリカンウォーターフロントのウォーターフロントパークでは、世界のダンスと音楽の祭典をテーマにしたステージショー、さらに期間限定コンテンツも予定しています。また、25周年限定フードワゴンやスペシャルメニューの展開、ジュビリーブルーのスペシャルグッズやダッフィー&フレンズのスペシャルグッズなども企画され、多彩なプログラムで東京ディズニーシー25周年をゲストとともにお祝いしたいと考えています。


「東京ディズニーシー25周年“スパークリング・ジュビリー”」の開催に伴い、全4回にわたり、東京ディズニーシーのこれまでの歩みや独自の価値づくりについてご紹介していきます。



※写真はすべてイメージです




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