2025101日()

第1部 キーノート セッション

熱量、誠実、遊び心

 キーノートセッションでは、アドバイザーを務める天野春果さん(東京五輪・パラリンピック組織委エンゲージメント企画部長)がJリーグ川崎フロンターレでの経験を踏まえ、プロスポーツクラブが地域に愛されるために必要なことについて講演。コーディネーターの首藤誠一大分合同新聞社報道部編集委員と、スポーツの多様な可能性と地域での展開を考えた。

98%が貢献を評価

アドバイザー 天野 春果氏
 首藤 きょうはスポーツの多様な力を再認識し、さらに展開していくきっかけづくりをしたいと思います。天野さんは、東京五輪・パラリンピック組織委員会に出向中ですが、川崎フロンターレで地域密着事業を数多く進めてきました。
各ホームゲームの来場者にアンケートしたJリーグのサマリーレポート(2018年)によると、「Jクラブはホームタウンで大きな貢献をしている」と評価する人は、平均で81・4%。大分トリニータは91・8%と頑張っていますが、フロンターレはなんと98・5%。9年連続1位です。それを進めてきたのが天野さんです。まずはお話をじっくり聞かせてください。

 天野 もちろん1人でやっているわけではなく、戦略を考え継続していった結果だと思っています。20年間活動してきて、スポーツクラブが地域に愛されるために必要だと思う11のことをお話しします。
 今フロンターレのホームゲームでは、スタジアムがチームカラーのスカイブルーに染まり、周辺も大変なにぎわいをみせます。昨季の収容率は83%で、今年のシーズンチケットは既に完売。ただ、僕が入った1997年はがらがらでした。いったい誰のため、何のために試合をしているのか分からない。そこからのスタートでした。

土地の特徴を知る

 大切なことの一つ目は「熱量」。スポーツはなくても生きられますが、人が人らしく、豊かに暮らすために必要なツールです。勝ち負けがあり、これほど人間の喜怒哀楽が揺さぶられる文化はスポーツの他にない。日本ではこれまで、スポーツが純粋に生活を豊かにするものとして活用されることはありませんでした。まだまだこれからの分野で、日本になかったものをつくろうとしているのだから熱量が必要です。僕は日本にスポーツが根付いて人の生活が豊かになる様子を生きているうちに見たいので、熱量を持って取り組んでいます。
 次に「誠実さ」。スポーツでこの国を元気にしたい、笑顔をつくりたいというピュアなものがベースにないといけません。継続・発展させるためにビジネスも必要ですが、スポーツに対する純粋な誠実さがないといけないと思います。
 第3に「謙虚さ」。フロンターレは今すごく調子がいいので、何も仕掛けなくても取材依頼がきます。でも謙虚な気持ちを持って、「まだここがゴールじゃない、もっと先を目指している」と思えるかどうか。うまくいかなかった時も人や予算のせいにせず「他の人ならうまくいったのでは」と思えるかどうか。常に謙虚であればこそいろんなチャレンジができ、駄目でも違うやり方で頑張ろうと思えます。
 第4は「農業のイメージで」。クラブの運営は農業に近く、まず大事なのはその土地の特徴を知ることです。土地によってできる作物は違います。僕は徹底的に自分で地域を見て回り、多くの人と話して情報を収集し、その土地に合った種とやり方を考えます。そうして戦略と長期プランを立てずに適当なものを植えても育ちません。
 プロスポーツは運営の過程で予期せぬことが起こりますが、いろんな協力を得て乗り越えていくことでおいしい実ができ、豊作の時を迎えます。では何をもっておいしい実とするか。タイトルを取ること? いや、大事なのはクラブが愛されることです。タイトルを取ってみんなで喜び合えること。取れなくても寄り添い応援しようと思ってもらえること。
 では誰とするか。農協のように、同じ志を持った人間が集まってすることが大切です。まちを元気にしたいのはクラブのスタッフだけではない。行政の人も同じ志で働いているし、サポーターも同じ目標に向かう仲間です。僕が意識したのは、クラブづくりをクラブの人間だけでしないこと。関係づくりです。商店街にあるクラブのタペストリー交換を、商店街の人やサポーターに手伝ってもらったりしています。一緒に汗をかくと、温度や考え方が伝わり、ネットワークが広がり、興味・関心が出てきます。多くの人を巻き込み仲間にしていくのがポイントです。

強化部と信頼関係

 第5に「強化部が事業部と同一の目標に向かう」。クラブには強化部と事業部があり、強化部の目的は勝つことです。事業部はチームが戦うことでまちを元気にすることを目的にしています。強化部に「勝つことはまちを元気にするため」「試合じゃないところでも自分たちの力でまちの人を笑顔にしよう」と思ってもらい、折り合いを付けるためにどう働きかけるか。ポイントは強化部長(GM)、キャプテン、監督という3人の理解者を得ることです。どれだけ熱意と作戦を持って伝えられるか。信頼関係ですね。
 第6は「線を最初から高いところに引く」。フロンターレはファン感謝デーで選手が女装したりして、楽しませます。選手は当然ピッチで躍動することが大事ですが、感謝デーには何でもやると示すことも大事。半年くらい前から練習するんですよ。「喜んでもらうために体張ろうぜ」と、やることのラインが上にあります。最初から「大事なのはピッチの上だけじゃない」というところに線を引けばできますが、一度下に引くとそこから上げていくのは大変です。
 第7は「サッカーとかけ離れた企画を意識」。仲間を増やすには、サッカーとは違うきっかけをいっぱいつくり、知ってもらい、スタジアムに来てもらうことが必要です。
 第8に「地域性と社会性」。単に利益になることだけではなく、地域性と社会性のある企画を立てると、行政や企業とのタッグを組みやすくなります。フロンターレのホームゲームのイベントの7割は行政関連です。地味にならないようにどう面白く仕立てるか、アイデアを出し、行政から金と人を出してもらう。多くの人を巻き込めるし、メディアも取り上げやすくなります。
 9番目に「100聞 < 1見< 100見 < 1験 < 100験 < 1感」。たくさん経験する中で感じることがあり、コツが分かってきます。聞くだけ、見るだけでは無理なんです。自分の感覚でしか得られない。多く経験するにはとにかく動くことです。
 10番目に「スピード感」。すごい人はこれが違います。ロッククライミングと一緒で、早く動けば、疲れる前に次の手を打っていけます。
 最後に「ユーモア」。遊び心です。楽しくできるかどうか、みんなが笑顔になれるかどうか。スポーツの明るい未来を目指してやっているので、元気に面白く、明るくできることを第一に考えています。

人同士がつながる

コーディネーター 首藤 誠一
 首藤 ありがとうございました。クラブづくりを進めてスタジアムが満員になっていくにつれ、住民、まちにどのようか変化がありましたか。

 天野 コミュニティーの広がりですね。フロンターレがあることで、知らなかった人同士がつながっていく。家にユニホームが干してあるのを見て隣人と会話が生まれ、一緒に観戦に行くことになるかもしれません。クラブがハブになって人のつながりが生まれる。スポーツの大きな役割だと思います。

 首藤 クラブづくりはそのまま、まちづくりに当てはまりますね。これもスポーツの力といえるのかもしれません。