前田千尋さんが30年前に命を失った交通事故現場には、慰霊の観音像が建っている=昨年11月、北海道千歳市
1995年に高校生の長女を交通事故で失った札幌市の前田敏章さん(76)は、その後30年間にわたって北海道を拠点に交通安全講話を続けてきた。対象は、これから車のドライバーになっていく中学生や高校生が中心だ。
「娘は道を歩いていただけで突然、命を奪われた。通り魔殺人と同じ」
「何十年たっても無念さを忘れることはない。元の姿で返してもらう以外、完全な回復はないのです」
「運転手に重大な過失がある以上、アクシデント(事故)と考えるべきではない。私は『交通犯罪』と言っています」
事故という表現では伝わらない、「車は人を殺す」という本質をはっきりと語る。それは社会に根強くある「車中心」の意識を変えたいからだ。
講話を始めて間もないころだった。北海道警などが交通安全をテーマに編集した高校生の文集を読み、その一節にショックを受けた。
〈注意する気持ちを持って行動しても、交通事故が起こってしまうのは仕方のないこと。できるだけ防げるものは防いでいきたい〉
「仕方がない」という言葉に耐えられなかった。被害者は運が悪く、誰もが加害者になりうる―という考え方は、若い世代にも当然のようにあると思い知らされた。
法律も、同じような考え方に立っている。刑罰の重さを左右するのは、罪を犯す意思(故意)があったかどうか。交通事故は、ほとんどが過失とみなされ、比較的、軽い罰が科される。
脇見運転で、前田さんの長女の千尋さん=当時(17)=をはねた加害ドライバーの刑罰は禁錮1年、執行猶予3年だった。
窃盗や詐欺の事件で実刑判決が下されたニュースを見るたびに、「死亡事故より、物を盗んだ方が刑罰は重いのか。千尋の命や尊厳が軽くみられている」と感じる。社会や法律への不信感が沸き立った。
同じ痛みを胸に抱く人たちと、「北海道交通事故被害者の会」を結成。2000年から代表を務めて、厳罰化や事故撲滅の施策を求め続けている。
講話は、昨秋までに700回を超えた。11万人が聴いたことになる。
大勢の前で話すことには慣れたが、千尋さんが旅立った「1995年10月25日」に触れる時には、いつも声が詰まる。悔しさ、悲しさ、憎しみ…。当時を思い出すと、暗い感情がよみがえる。何年たっても涙をこらえることはできない。
あの日から、心の中で娘を生かしている。一言も発することができなくなったが、声なき声を聞き取ろうとしている。それができるのは、自分だけだ。
だから、つらくても講話の依頼は断らない。「あちらの世界で会うその前日まで、一生懸命にできることをするよ」。千尋さんに語りかけながら、演壇に上る。