東名高速道の飲酒トラック事故で亡くなった幼い娘2人の遺影とともに記者会見する井上保孝さん(左)と郁美さん夫婦=2001年1月、東京・霞が関
最長で拘禁刑20年を科す危険運転致死罪。法が作られた2001年以前は、交通死亡事故はどれだけ悪質でも業務上過失致死罪の懲役5年が上限だった。
日本の刑法は、犯罪を「故意」と「過失」に分けて考える。殺人や窃盗など相手に被害を与える意図が認められる行為は「故意犯」として厳しく罰する。交通事故は不注意で起こす「過失犯」となり、比較的軽い処分にされてきた。
長く支配的だったこの区分を揺さぶる事故が、1999年11月に起きた。
東京都の東名高速道でトラックが車に追突し、3歳と1歳の女児2人が車内で焼死した。大量に飲酒していたトラックの運転手は誰が見てもまともな状態ではなかったが、「過失犯」で懲役4年が確定した。
まな娘を失った井上保孝さんと郁美さん夫婦は「70年、80年と生きるはずだった2人の命と釣り合う刑罰ではない」と悔し涙を流した。理不尽な結果に、厳罰化を求める世論は沸騰。危険運転罪の創設につながっていく。
それは、法の大原則の転換点でもあった。
「過失犯のままで刑を重くするのは限界がある」。東名高速道の事故を受け、法の見直しに着手していた当時の法務省刑事局長、古田佑紀さん(故人)らは壁にぶつかっていた。考え抜いて、一つの突破口にたどり着く。
「明らかに悪質なケースは、故意犯として裁けないだろうか」
例えば、大勢の人がいる場所で面白半分に刃物などを振り回し、意図せず誰かに当たって死なせた場合は、故意犯の「傷害致死罪」(最長で拘禁刑20年)が適用される。
交通事故に当てはめれば、事故を起こす意図がなくても、高速度や飲酒といった危険な運転をすれば人に凶器を向けているのに等しい―という理論だ。
こうして刑法に危険運転致死傷罪が新設され、2001年12月に施行された。現在は刑法から自動車運転処罰法に移っているが、考え方は共通する。
後に、業務上過失致死傷罪から交通事故を分離した過失運転致死傷罪も作られ、最高刑は従来より2年長い7年とされた。
遺族が「画期的」と評価した危険運転罪は法廷でどう扱われてきたのだろう。
司法統計年報によると、死亡事故を起こして23年に危険運転致死罪で、一審で有罪判決だったのは32人。うち約44%に当たる14人が懲役7年を超えており、基になった傷害致死罪の約51%(79人中40人)と近い傾向になった。
一方、過失運転致死罪での有罪判決は975人で、うち914人は執行猶予が付いた。実刑となった55人中43人は懲役3年未満で、二つの罪の量刑差は歴然としている。
厳罰化は実現したものの、刑法学者の間では交通事故に「故意」を持ち込むことへの懸念は根強い。国会も法案を可決した際、「対象が不当に拡大され、乱用されることのないように」という付帯決議をした。
そうした異論を踏まえてか、危険運転と過失運転の摘発数には大きな開きがあり、司法統計年報の有罪判決の数からも抑制的な運用がうかがえる。
交通犯罪を研究している東京都立大の星周一郎教授(55)=刑法学=は「ドライバーの意識を変える効果はあった。ただ、悪質な事故に広く対応できているのか疑問が残る」と指摘する。