「クラフトフェア」から「産地の勧業博覧会」へ。産地を次へ“すすめる”ために、ツギノテが新たな名前に込めた4年目の覚悟

ツギノテ実行委員会は2026年10月24日(土)・25日(日)、高岡駅直結の立体駐車場を会場に「産地の勧業博覧会(かんぎょうはくらんかい) ツギノテ」を開催します。4年目を迎える今年、「クラフトフェア ツギノテ」は、その名前を「産地の勧業博覧会 ツギノテ」へと改めました。
「これは、もうクラフトフェアじゃないのでは」
4年間の活動を重ねるなかで、実行委員会の中に生まれた問い。ツギノテは、ものを売る・買う場から、つくり手同士が出会い、企業や異なる産地とつながり、新たな仕事や協業の可能性を生み出す場へと変化してきました。
なぜ今、「クラフトフェア」から「産地の勧業博覧会」なのか。そして、ツギノテが目指す「産地の未来」とは何なのか。ツギノテ実行委員会委員長の羽田純氏に、4年間の歩みと今年から始まる新たな挑戦を伺いました。
お祭りの裏側で、ものづくりの新しい関係をつくる
―改めて、ツギノテはどんなイベントなのでしょうか。
羽田|簡単に言うと、ツギノテの2日間は「お祭り」なんですよ。ものづくりに関わる人たちが集まって、工場や工房の仕事を目の前で見たり、実際にものをつくったり、買い物をしたり、いろんな人と話したりする。ものづくりを楽しんでもらう2日間です。
もともとは、高岡伝統産業青年会が20年以上にわたって自主開催してきた工場見学ツアー「高岡クラフツーリズモ」が土台にありました。工場を訪ねてもらう取り組みを逆転させ、「工場そのものを一箇所に集めたらどうだろう」と始まったのがツギノテです。

普段はそれぞれの場所で仕事をしている職人や企業が一堂に会し、商品を並べて販売するだけではなく、実際に仕事をしている姿も見てもらう。子どもたちにとっては工場見学のような体験になりますし、ものづくりを仕事にしている人にとっては、新しい人や仕事と出会うきっかけにもなる。
誰でも気軽に来て、見て、触れて、話して、お祭りを楽しんでもらいたいです。
―ツギノテを続けてきたなかで、どんな変化が生まれましたか。
羽田|変わったのは、イベントそのものというより、僕ら運営側のほうだと思います。
1、2年目は、僕らが描いていることをどうしたら周りにも理解してもらえるのか手探りでした。でも、経験を重ねるうちに「誰かに理解してもらう」だけではなく、自分たちでどうやって価値を生み出していくかを考えるようになったんです。

そのなかでも特に大きかったのが、お金を集めることに対する考え方です。
最初は、「ものづくりを未来につなげたいので応援してください」とお願いをして協賛金を集めていました。でもそれだけだと、相手にとって自分ごとにはなりきらない。
それよりも、「ツギノテを通じて、御社の事業にもこんなことができるかもしれない。一緒にこんなことをやりませんか」と、相手が抱えている課題や、やりたいことに向き合っていく。その先に、応援してもらったり仲間になってもらったりするほうが、ずっと健全なんじゃないかと思うようになりました。
どうしたらツギノテを相手にとっても意味のある取り組みにできるのか。その方法を、運営しながら少しずつ学んでいると感じています。
―実際に、そうした考え方が形になった事例はありますか。
羽田|例えば、今年の「つくル〜ム」です。東亞合成さんは昨年から出展してくださっていて、今年は「もっと地域と関われる形はないか」と一緒に考えるところから始めました。
東亞合成さんには、学校と連携して地域に貢献したいという思いがあった。僕らには、「アロンアルフアを壊れたものを直すときだけでなく、何かを生み出すときに楽しく使ってほしい」という東亞合成さんの思いを、子どもたちに体感してほしいという考えがあった。それが重なって、高岡龍谷高校と進めてきたつくル〜ムへの参画を提案したんです。
接着剤が企業と高校と子どもをくっつける。東亞合成×高岡龍谷高校×ツギノテの地域共創・子どもの工作スペース『つくル〜ム』
PR TIMES
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当日は技術者の方が“接着博士”として子どもたちの隣に立ちます。接着剤を提供する“協賛”ではなく、一緒に場をつくる“共創”です。
「応援してください」ではなく、「御社の思いを、一緒に形にしませんか」と提案する。4年目になって、ようやく僕らも企業との関わり方が分かってきたのかなと感じています。
2日間のお披露目会+363日の挑戦=ツギノテ
―ツギノテは、2日間のイベントだけでなく、年間を通じた活動にも広がっていますね。
羽田|2024年に実行委員会を立ち上げてからは、年1回のイベントを運営するだけではなく、通年でものづくりの課題に向き合うようになりました。
産地プロデューサーを育てる「0門(ゼロもん)」や、寿司皿のようなプロジェクトもそう。ツギノテの2日間だけで何かを変えるのではなく、普段の仕事や事業に変化を起こす仕組みをつくっていくことを意識しています。
ツギノテは、事業者にとって1年間の成長を「お披露目」する場でもあるんです。
「去年はこうだったから、今年はこういうチャレンジをしてみよう」。そこから1年間かけて試行錯誤して、その成果を次のツギノテで見せる。
だから、本当に大事なのは2日間だけじゃなく、残りの363日なんです。その1年間で、自分たちの仕事やものづくりをどう変えていくのか。ツギノテは、それぞれが1年間かけて取り組んだ変化を持ち寄り、また次の挑戦につなげていく場でもあると思っています。

―出展者にも、毎年変化していくことを期待しているのでしょうか。
羽田|ツギノテが一番恐れているのは、マンネリ化することです。
例えば、昨年まで3年連続で出展していた企業が、今年は出展を辞退したケースがありました。でも、僕はそれをすごくポジティブに捉えています。「今年は一度外からツギノテを見て、来年、自分たちが何をするべきか考えたい」と言ってくれたんです。
一度外からツギノテを見て、自分たちのやり方を考え直し、また新しいチャレンジを持って戻ってきてくれたらいい。
そうやって出展者自身の1年が変わり、その変化が次のツギノテで見える。そんな循環が生まれることが理想です。
勧業博覧会を、令和の高岡から
―今年から「産地の勧業博覧会 ツギノテ」と名前が変わりました。なぜ、4年目のいま改名を決意したのでしょう。
羽田|僕ら自身、「ツギノテは、もうクラフトフェアではないよね」と思うようになっていましたし、周りからも「これってクラフトフェアなんですか?」と言われることが増えてきました。
もちろん、クラフトフェアやオープンファクトリーにも、作品の販売や工場の公開を起点に、人と人との交流や地域との関係づくりまで広がっている取り組みはたくさんあります。
そのうえで、ツギノテとしてはそこからさらに一歩進んで、出会いや交流が次の仕事や協業につながったり、産地そのものの変化につながったりする場を目指したいと思うようになったんです。
そこで行き着いたのが「勧業博覧会」という言葉でした。
ルーツをたどると、明治時代の「内国勧業博覧会」に行き着きます。当時、日本の文化やものづくりを国内外に広く発信していこうという流れのなかで、技術や産業を紹介する博覧会が開催されました。
僕自身がポジティブに感じているのは、「閉じられていたものを開く」という部分なんです。
高岡にも、これまで受け継がれてきた技術や文化があり、新しいものづくりも生まれています。それを産地の中だけで完結させず、外へ開いていく。そして異なる分野の人や企業、他の産地ともつながり、新しい可能性をつくっていく。今のツギノテがやりたいことと重なっているんです。

―「勧業」という言葉そのものに、ツギノテの目指す方向が込められているのでしょうか。
羽田|「勧業」は、文字通り「業を勧める」ということです。
産地を次の時代、次の事業、次の販路へ“進める”。バイヤーや企業に向けて、これから必要になるものづくりを“勧める”。さらに、これからの社会に必要なものづくりのあり方を、産地として“薦める”。
「産地を、次へ“すすめる”」。僕らがやってきたこと、これからやろうとしていることを表す言葉として、すごくしっくりきたんです。
だから、「クラフトフェア ツギノテ」から「産地の勧業博覧会 ツギノテ」へと名前を変えました。

―高岡でも、過去に博覧会が開催されたのだとか。
羽田|戦後まもない1951年、高岡の古城公園で50日間にわたる大規模な博覧会が開かれました。当時の高岡の産業を広く紹介し、これからのものづくりを盛り上げていこうという一大イベントだったようです。
その歴史へのオマージュはありますが、昔の博覧会をそのまま再現したいわけではありません。大切なのは、誰が始めたかではなく、そこにいろんな立場の人が加わっていけることだと思っています。行政や企業、学校、他の産地など、いろんな人がどんどん加わって、一緒に産地を前へ進めていく「勧業の場」をつくっていきたい。
正直、ちょっと重い荷物を背負うくらいの名前だと思います。でも、そのくらいの名前を背負ったほうが、自分たちの決意としてはいいかなって。
2026年の高岡から、僕らなりの「令和の勧業博覧会」を始めてみたいと思っています。
ツギノテ自身が、これからのものづくりを問い始める
―今年も、新しい取り組みが増えていますね。
羽田|今年は「サーキュラーエコノミー」をテーマに、「ツギノテラボ―循環と創造―」を始めます。
これまでは、出展者それぞれが持っている技術や商品、活動をツギノテが集めて、一つの場として編集してきました。でも今年からはそれだけではなく、ツギノテ自身も「これからのものづくりって、どうあるべきなんだろう」と問いを立て、それを展示や企画として社会に投げかけてみたいと思っています。「ツギノテラボ」は、その最初の試みです。

富山市でアップサイクルに取り組むトトンさんと一緒に、単なるリサイクルやアップサイクルではなく、「なぜ新品ではなく、こちらを選びたくなるのか」という価値そのものを考えていきます。
答えを今年の会場で完成させることが目的ではありません。まず一緒に考えて、学んでみる。そのプロセスそのものを、これからのものづくりにつなげていきたいんです。
―視察ツアーも、これまでより開かれた形になったそうですね。
羽田|はい。これまでも関係者向けに視察ツアーを行っていましたが、今年はそこから一歩広げて、ツギノテを知らなかった人にも参加してもらえる形にしました。
ツギノテの「10年かけて産地を変える」というビジョンを考えたときに、これからはいろいろな業界の人や、「一緒に何かをつくりたい」と思ってくれる人たちを巻き込んでいくフェーズに入りたい。
ただツギノテを「みてもらう」のではなく、そこから一緒に活動する仲間になってもらう。そのきっかけのひとつとしてツアーを始めました。
そして、高岡だけで完結するのではなく、他の産地ともつながっていきたい。産地同士がつながり、その先で企業や行政、異業種の人たちとも、ものづくりを通して一緒に何かをつくっていきたいです。
ー子どもたちが楽しめる企画も用意されているんですよね。
羽田|はい。子どもたちにも、ものづくりを身近に感じてもらえる仕掛けを用意しています。そのひとつが、先ほどお話しした「つくル〜ム」。工場や家庭から出る廃材を使って、子どもたちが自由にものをつくって遊べる体験スペースで、昨年は列が絶えないほどでした。今年も「お絵描きや でこりん」の監修で、2日間で全6回のワークショップを開くほか、自由工作でつくった作品は持ち帰ることもできます。

もうひとつが「ごちペイ」です。昨年から、高岡市の子どもたちに外食の機会を届ける官民連携の支援活動「こどもごちめし高岡」とツギノテがタッグを組み、食も文化体験も作品購入も楽しめるプレミアム商品券「ごちペイ」を発行しています。今年は昨年より多い、20近くの企業が協賛してくださっています。

「つくル〜ム」で実際に手を動かしながらものづくりを学び、「ごちペイ」を使ってものづくり体験をしたり、食を楽しんだりする。業界を越えて、地域全体で子どもたちが文化やものづくりに触れる機会をつくる取り組みが、少しずつ広がっているんです。
子どもたちにとっては、遊びに来たことがきっかけで地域の仕事を知ることができる。そこから将来、ものづくりに興味を持つかもしれない。そんな体験の積み重ねが、長い目で見れば産地の未来につながっていくんじゃないかと思っています。
「産地の勧業博覧会」は、未来への宣言
―最後に、「10年かけて産地を変える」というビジョンの現在地をどう感じていますか。
羽田|順調だと思います。もしかしたら、10年もかからないんじゃないかな。
目指していること自体は、最初から変わっていません。ただ、そこに向かうなかで、僕ら自身の経験値が少しずつ積み上がってきた。一方で、高岡の伝統産業に関わる人たちが、自分の会社の未来だけではなく、「高岡という産地そのものに未来がありそうだ」と実感できるところまでは、まだ来ていないと思っています。
外から来た人だけではなく、実際にここでものづくりをしている人たち自身が、「高岡って、これから面白くなりそうだ」と感じられるようになったらうれしいですね。
ツギノテをきっかけに、誰かが新しい人と出会う。新しい仕事を始める。自分たちのものづくりを考え直す。別の産地とつながる。そうした積み重ねで、ツギノテの2日間だけではなく、残りの363日の景色が変わっていく。
産地の中だけで考えていても変わらないことがあるからこそ、ものづくりに関わる人たちの「関わりしろ」を、少しでも大きくしていきたい。出展者だけでなく、見に来る人、企業、行政、異業種、ほかの産地の人たちが、「これは自分にも関係がある」「自分も一緒に何かできるかもしれない」と思える仕掛けを増やしていきたいんです。
そして「人に産地を体験してもらう」だけではなく、「産地もまた、人や社会との出会いを通じて新しい経験を重ねていく」。そうやって、産地そのものが少しずつ変わっていくことが、僕らが目指していることなんだと思います。
「産地の勧業博覧会」という名前は、僕らが何を目指しているのかを示す、自己紹介であり、宣言だと思っています。
「産地を、次へすすめる」。
今年の2日間も、まずは楽しんでほしいです。その楽しさの裏側で、高岡のものづくりが次の一歩を踏み出そうとしていることを、少しでも感じてもらえたらうれしいですね。

ーーツギノテの2日間の裏側には、ものづくりの産地がこれからも必要とされ、次の世代へ続いていくために、私たちは何をつくり、誰とつながり、どんな未来を描いていくのかという問いがあります。
「クラフトフェア」から「産地の勧業博覧会」へ。
名前は変わりましたが、目指していることは変わりません。高岡のものづくりに関わる人たちの「関わりしろ」を増やし、産地の内外にあるさまざまな出会いや可能性をつないでいく。
2026年のツギノテが、その新しい一歩になればと思っています。
まずは、10月24日・25日の会場でお会いしましょう。そして、ツギノテの2日間を楽しんだその先で、高岡のものづくりと産地のこれからについて、一緒に考えていただけたらうれしいです。
ツギノテ実行委員会 一同
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