「半襟であれ。」主役にならない私たちが、結婚式に残したいもの。――ドラマ『100年経ったら、またここで。』の舞台裏から
どれだけ多くの結婚式に立ち会っても、その日は私たちの「いつも」になってはいけない…おふたりとご家族にとっては一度きりだからです。
2026年8月25日、QAB(琉球朝日放送)で放送された波上宮を舞台にしたスペシャルドラマ『100年経ったら、またここで。』。その舞台裏には、琉球和婚が一組一組の結婚式に寄り添うとき、何を見て、何を大切にしているのかが、そのまま映っていました。
なぜ結婚式そのものではなく、ドラマという形で「結婚する意味」を伝えようとしたのか。その背景にある、結婚式への向き合い方と、これからも大切に残していきたいものについて、代表取締役・菊池美鷗がお話しします。

結婚式をしないことも、選択肢になった時代に
「『結婚式はしなくてもいい』が選択肢になった」。 実際、結婚を機に式を挙げないカップルも、今では珍しくありません。現在、結婚したカップルの50%以上が挙式を選ばない時代です。(リクルートブライダル総研「結婚マーケット調査2025」調べ)
2025年8月に沖縄法人を設立し、『琉球和婚』を開始してから、ちょうど1年が経ちました。東北で10年にわたり手がけてきた「みちのく和婚」の経験を生かし、沖縄ならではの文化・祈り・風土に根差した挙式をプロデュースしてきました。
19歳で初めて沖縄と出会って以来、何度もこの土地に足を運んできた私は、この1年を振り返るなかで、改めて「結婚式をする意味」を伝えたいと思うようになりました。
ずっと「結婚式はなくならない」と信じていましたが、今は少し違います。 結婚式は、何もしなくても残っていくものではなく、私たち自身が未来へ残していかなければならない文化なのだと思うようになりました。

選んだのは、広告ではなく「ドラマ」だった
そこで私が選んだのは、広告でもホームページでもなく「ドラマ」という手段でした。 商品や料金を知っていただくだけなら、広告やホームページで十分です。 それでも私は、平一紘監督との出会いをきっかけに、ドラマをつくることを選びました。伝えたかったのは、結婚式という「商品」ではなかったからです。
琉球朝日放送(QAB)と共同制作したスペシャルドラマ『100年経ったら、またここで。』は、映画『ミラクルシティコザ』などで知られ、第17回TAMA映画賞最優秀新進監督賞を受賞した平監督を迎え、琉球八社第一位・沖縄総鎮守である波上宮を舞台に撮影しました。
主人公は、「形あるものはいつか壊れる」という不安から結婚式に後ろ向きな女性。
家族や沖縄の文化、亡き祖父母から受け継がれた想いに触れるなかで、自分なりの「消えない想い」の形を見つけていく物語です。 放送日には、旧盆でご先祖様をお迎えする「ウンケー」の日を、あえて選びました。

「半襟であれ」――出すぎず、でも欠かせない存在でありたい
私には、長年大切にしてきた言葉があります。「半襟であれ」。
着物の襟元からほんの少しだけ見える白い部分です。出すぎても美しくない。
けれど、見えなければ着姿が整わない。ほんの数センチ、ちょうどよいところにきちんと在る。その佇まいが、私は昔から好きでした。
長くウエディングプランナーとして新郎新婦を見送るうちに、ふと「私たちの仕事も、半襟みたい」と思うようになりました。
結婚式の主役は、新郎新婦とそのご家族です。私たちプランナーは主役ではありません。 写真の真ん中に写る必要もない。名前を覚えていただかなくてもいい。
けれど、いなくていいわけではない。一歩前に出るべきときには出て、一歩下がるべきときには、きちんと下がる。何かが起こる前に気づき、誰にも気づかれないところで整える。
そして新郎新婦やご家族が振り返ったとき、「いい結婚式だったね」と言っていただけたら、それでいい。私は、その姿勢をそのままドラマづくりにも持ち込みました。
「半襟であれ。」
それは、私個人の言葉であると同時に、琉球和婚というチームの在り方です。

ふたりの節目は、私たちの「いつも」ではない
私たちはこれまで、多くの結婚式に立ち会ってきました。経験を重ねるほど、先を読み、落ち着いて対応できることは増えていきます。けれど、経験を重ねることと、慣れてしまうことは違います。
私たちには何度目でも、目の前のおふたりには一度きり。その日までには、ふたりが別々に生きてきた時間があり、出会った日があり、「この人と生きていこう」と決めた日があります。その後ろには、ふたりを育て、見守ってきた家族の時間もあります。
だから私たちは、一組の「結婚式」としてではなく、その人の人生として向き合います。
「普通はこうです」とお伝えする前に、「おふたりは、どうしたいですか」と伺う。
なぜ節目を残そうと思ったのか。誰に何を伝えたいのか。どんな時間にしたいのか。
まだ答えがなくても構いません。一緒に話す中で、おふたり自身が大切にしたかったことに気づけるよう、そばにいたいと思っています。
挙式当日に見ているのも、おふたりだけではありません。
少し離れたところから娘を見つめるお父様。
何度も「きれいね」と声をかけるお母様。
久しぶりに集まったきょうだい。孫の晴れ姿を見守るおじい様、おばあ様。
結婚式は、ふたりの始まりであると同時に、家族にとっても大切な節目です。
そのすべてが、その日限りであることを忘れない。それが、私たちの「慣れない」という姿勢です。
なぜ、結婚式に寄り添う私たちがドラマをつくったのか
「ウンケー」の日に届けたかった問い
2026年8月25日。沖縄の旧盆でご先祖様をお迎えする「ウンケー」の日に、QAB(琉球朝日放送)でスペシャルドラマ『100年経ったら、またここで。』が放送されました。
琉球和婚とQABが共同制作し、平一紘監督が手がけた、波上宮を舞台の一つとする物語です。
「番組公式ページ」
[共同制作発表]
結婚式をしないことも、写真だけを残すことも、どれもおふたりの選択です。
私たちは、その選択を否定したいのではありません。ただ、誰かと夫婦になること。
二つの家族が新しいご縁でつながること。今日まで育ててくれた人に感謝を伝え、これから二人で歩くと誓うこと。その意味を知ったうえで、自分たちの節目を選んでほしいと思っています。
結婚式をしないことも一つの選択肢になった今だからこそ、誰かと夫婦になること、家族になること、その始まりを誓うこと。「その意味を、一度考えてみませんか」。そんな問いかけを込めた30分間でした。
私たちが届けたかったのは、「結婚式を挙げてください」という答えではありません。
誰かと人生を歩くと決めたとき、その始まりを儀式として残すことについて、一度考えてみませんか。そんな問いでした。

ドラマの現場にも、たくさんの「半襟」がいた
撮影当日、私はカメラの前だけではなく、その周りで動く人たちを目にしました。
空を見ながら光を調整する人。次の場面へ向けて衣裳やメイク・髪を整える人。
時間を守る人。記録を残す人。誰かが困っていれば、言葉より先に手を差し伸べる人。
監督、出演者、プロデューサー、制作、カメラ、照明、音声、衣裳、ヘアメイク、着付け、花、音楽、ビデオグラファー。撮影場所を提供し、私たちの想いを受け止めてくださった波上宮の皆様。QABの皆様。キャストやエキストラの皆様。宣伝部隊。
そして、いつも結婚式を一緒につくるプランナーの仲間たち。
画面に映らない人もいます。けれど、一人でも欠けていたら、この作品は完成しませんでした。作品も結婚式も、表に見える人だけでつくられているのではありません。
見えないところにいる、たくさんの「半襟」のような人たちに支えられています。画面には映らない大勢の方が動いてくださっていました。私は現場を見ながら、「ここにも、たくさんの半襟がある」と改めて感じました。一人でも欠けていたら、この作品は完成しなかった――その実感は、プロジェクトを通じてさらに強くなりました。
私たちが目指したいのは、誰か一人が目立つチームではありません。それぞれが自分の持ち場で、出るべきところでは出て、支えるべきところでは支え、次の人へ丁寧に想いを渡していけるチームです。
撮影の日々をまとめたビハインドムービーは、作品を宣伝するための映像ではありません。この企画を提案し、信じ、一緒につくり、支えてくださったすべての方へ、エンドロールだけでは伝えきれなかった「ありがとう」を残すための手紙です。
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想いは、売り文句ではなく、判断の基準
ドラマの放送後、私たちのもとに「こんな人たちに、結婚式を任せたい」という言葉が届きました。作品そのものへの感想だけではなく、ドラマをつくる私たちの姿や、その後ろにいるスタッフの想いに触れてくださった言葉でした。
私はこれまで、何を大切にしているかは、向き合う姿を見ていただければ自然と伝わるものだと思っていたのかもしれません。けれど結婚式は、まだ形のない一日を、人に託していただくものです。だからこそ、技術や実績だけではなく、私たちが何を大切にし、どのような判断をする人たちなのかを、きちんと言葉にする。それも、お客様への責任なのだと気づきました。
ただ、私は「想いも商品の一つ」とは考えていません。想いは、選んでいただくための飾りではなく、見えないところで迷ったときに、何を選ぶかを決める基準だからです。
「普通」を先に勧めるのか、その人の答えを待つのか。予定通り進めることだけを優先するのか、ご家族の表情に立ち止まるのか。困っている人の前へ出るのか、主役が自分で歩けるよう静かに下がるのか。小さな判断の一つひとつに、私たちの在り方が表れます。
私たちの考え方を伝えるのは、自分たちを良く見せるためではありません。
おふたりが、大切な一日を「誰に託すか」を選ぶために、必要なことだと思っています。

100年後、私たちの名前が残らなくても
『100年経ったら、またここで。』というタイトルには、私自身の願いも重なっています。人は、100年後にはいないかもしれません。会社も、どうなっているか分かりません。それでも神社という場所には、世代を超えて祈りが重ねられてきた時間があります。
幼い頃に家族と訪れた場所へ、「この人と家族になります」と報告しに行く。
そして何十年か後、今度は子どもや孫と、またそこへ帰ってくる。
結婚式は、その日だけの行事ではなく、家族の時間に一つの始まりをつくるものだと、私は思っています。いつか、私たちがつくった結婚式も、このドラマも、私たち自身の名前さえも忘れられていたとしても。誰かが大切な人と神社を訪れ、「ここから、家族になろう」と手を合わせてくれていたら。それでいい。
『100年経ったら、またここで。』というタイトルに込めた願いのとおり、この物語が、いつか誰かが波上宮で大切な人と未来を誓うときの、小さなきっかけになればと考えています。
私たちが100年後も残したいのは、人が人生の節目を大切にし、感謝を伝え、未来を誓う『結婚式』という祈り・願いの文化です。
「半襟であれ。」
その土地・文化、関わる全ての人に感謝して、それぞれが至誠を尽くす。
それが、琉球和婚がこれからも守り続ける約束です。
この物語と舞台裏を、ぜひご覧ください
・スペシャルドラマ本編(YouTube)
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・Behind the Scenes|『100年経ったら、またここで。』
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・菊池美鷗 Note
制作に携わってくれた、すべての人へ。
株式会社空地音ハーモニー. 琉球和婚
代表 菊池 美鷗・スタッフ一同
東北で展開してきた『みちのく和婚』の取り組みや、沖縄で『琉球和婚』を始めるに至った背景については、こちらのプレスリリースでも紹介しています。
https://prtimes.jp/main/html/searchrlp/company_id/93647
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