天ぷら粉でクッキーをつくった少年は今、「氷を彫るパティシエ」になった。スイーツと氷彫刻、二つの世界を探求し続ける京王プラザホテル・パティシエの物語


京王プラザホテルに、こんなパティシエがいる。

子どもの頃はクッキーを天ぷら粉で作り、パティシエになってからはコンクールへの挑戦を続け、30代で「氷を彫る」という新しい哲学に出会い、そして今年の夏は「これは裏メニューかな」と思っていたかき氷が、夏のスイーツブッフェではメインになった。

山﨑光行、京王プラザホテルのパティシエ。

ジャパン・ケーキショーでの受賞歴、氷彫刻の大会での入賞歴。経歴だけを並べれば眩しいが、本人に言わせれば「なんでうまくいかないんだろう」を繰り返してきたという。その試行錯誤のすべてが、彼の作り出すスイーツには詰まっている。

天ぷら粉のクッキーから始まった探求

小学4年生のある日、母が嫁入り道具として持ってきた分厚い料理本をめくっていた山﨑は、写真に写るお菓子のきらびやかさに目を奪われた。「自分も作ってみたい」。台所に立ち、粉を取り出した。小麦粉のつもりだったその粉は、天ぷら粉だった。

「やけにサクサクしないな、なんか膨れるなって思ったら、天ぷら粉だったんです(笑)。子どもだったんで、粉って全部小麦粉だと思ってたんですよね」

恥ずかしい失敗のはずが、山﨑の手は止まらなかった。蒸し器でプリンを作り、ゼリーを作り、思いつくものを次々と試した。両親が共働きだったため家にいる時間が長かったことも理由であるが、根底にあったのは「作ってみたら、なぜか面白かった」というシンプルな手応えだった。

お菓子作りの熱はその後も冷めることはなかった。テレビドラマでパティシエを演じた芸能人に憧れたこともあり、食品科学を学べる高校に進み、発酵の仕組みなど原理も学ぶことで「お菓子作りって科学なんだ」とさらにのめり込んでいった。その後は製菓の専門学校を経て、京王プラザホテルに入社。以来、同ホテル一筋だ。

ただ、1年目の配属先は、パティシエとは無縁の料飲宴会部だった。上司は少し変わった人だったと山﨑は笑う。

「遅刻してしまったことがあったのですが、めちゃくちゃ怒られるかと思ったら、お金を渡されて『話題になっているドーナツがあるから買ってきなさい』って。戻ったら『みんなに配りなさい』って言われて。ちょっと不思議な人でした」

その上司は理不尽なようでいて、実は仕事に厳しい人でもあった。新人研修とは別に、毎日「今日感じたこと・学んだこと」をノートに書くことが課題だったが、「最近文字が少ないんじゃない」と、サボればすぐに見抜かれた。ワインの注ぎ方から宴会運営の段取りまで、菓子作りとはかけ離れた場所で、山﨑の社会人としての基盤ができた。

技術よりも先に、「人としてどうあるか」を学んだ一年だった、と山﨑は振り返る。

この学びは、のちにまったく別の場所で、もう一度顔を出すことになる。

「なぜうまくいかないのか」を繰り返した日々

製菓の現場に配属されたのち、山﨑はコンテストに出場するようになった。チョコレート細工、飴細工——工芸菓子と呼ばれる領域で、賞を目指して挑み続けた。

結果が出なかった大会のあとは、必ず振り返る。「色使いがダメだった」「この部分の精度が足りなかった」。自分自身での振り返り、審査員の講評はすべてノートに書き留めた。振り返った内容は次の大会に活かし、また振り返る——その繰り返しが、20代の大半を占めた。

「昔の自分のメモを見返すと、ずっと同じようなことで悩んでるんですよね。天ぷら粉のクッキーの頃から、多分やってることは変わってないんだと思います(笑)。」

氷彫刻という「引き算の哲学」に出会う

今から6年前、山﨑は氷彫刻を始めた。きっかけは、決して美しい動機ではなかったと本人は言う。パティシエの世界大会「クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー」には氷彫刻の部門があるが、挑戦する人間は年々減っていた。

「参加人数が少ない分野に挑戦するのは受賞のチャンスだと思ってやり始めました(笑)。」

ところが、始めてみると想像以上に引き込まれた。チョコレートも飴細工も、作ったパーツをどんどん足していく「足し算」の作業だ。氷彫刻はその逆で、一本の氷の柱から削っていく、「引き算」の作業だった。

「引き算の美学みたいなものが、すごく面白いなって刺さったんです」


技術はまだ発展途上だと本人は語る。「竜王」の作品で、明治神宮奉納 全国氷彫刻展では2位、国宝松本城氷彫フェスティバル2026では銅賞を獲得しながら、旭川で開催された氷彫刻世界大会では11位に終わった。取材当日も、その1週間前にあった大会で氷彫刻界のトップランナーたちから技術的な弱点をストレートに指摘されたばかりで、悔しさをにじませていた。


「竜王」


「パティシエのコンクールは、実はピリピリしてることも多いんです。もちろん受賞を目指すうえで、それはとても大事なことだと思っています。でも氷彫刻は仲間意識がすごく深くて。大会中に誰かが『これをこの部分に付けたいんだけど』って困っていたら、みんな自分の作品の手を止めて手伝うんです。お菓子のコンクールじゃ絶対にありえない。技術に対して、すごくストレートに指摘をいただくんですけど、そこにもちゃんと愛があるんですよね」


この感覚には、覚えがあった。1年目の料飲宴会部で、上司から教わった「人としてどうあるか」——それと同じ手触りだった、と話を聞いていて気づかされる。

実際、山﨑自身もそのつながりを自覚している。

「大切にしようと意識しているわけではないんですけど、後輩に対しても、気づいたら同じような接し方になってるんですよね」

愛をもって人と接する。その関わりの中で気づきを得て、試行錯誤しながら技術を高めていく。

それが山﨑光行というパティシエだ。

「裏メニュー」のはずが、看板になった

氷彫刻の技術は、思いがけない形でホテルの厨房に還ってきた。今年のサマースイーツブッフェでも提供されているかき氷だ。

もともと、山﨑は同僚とかき氷の名店を食べ歩くのが趣味で、それは氷彫刻を始めるより前からの習慣だった。ただ当時は氷の扱いに関する実体験がなく、「なぜこの店のかき氷は口どけがいいんだろう」と考えても、答えは出なかった。しかし、氷彫刻を続けるうちに、氷の温度が関係していると体感としてわかるようになっていった。

「マイナス23度くらいまで凍らせた氷をそのまま削ると、パウダースノーみたいにサラサラ崩れちゃうんです。でもマイナス5度くらいの温度で削ると、薄く削れるんです。これがふわふわの正体なんです。氷彫刻をやってきたからこそ、理論立てて作れるようになりましたね」

今年のかき氷のラインナップには、「酒粕」、「とうもろこし」、「西京味噌」という変わり種が並ぶ。しかしこれらは当初、表に出るメニューになる予定ではなかった。

左から「獺祭の酒粕香るエスプーマ仕立て」「MISO NOIX」「香ばしとうもろこし バター醤油添え」


「桃とマンゴーとベリーを軸にして、酒粕は『本日の裏メニューです』くらいの感じで出そうと思ってたんです。日本酒が好きで、お酒に合うかき氷は絶対にあると思って作ってはいたんですけど、さすがに多くの人が頼むメニューにはならないだろうな、って」

ところが社内の後押しもあり、メインメニューに据えることに。メディアでも紹介されるなど、好評を得た。

なかでも「香ばしとうもろこし バター醤油添え」のかき氷は開発が最も難航した一品だという。コンソメやブイヨンを使ったコーンポタージュのような食事系のアプローチも試したが、思うような味わいにはならなかった。その後も試作を繰り返し、たどり着いたのが、コーン茶を煮出したシロップにスイートコーンのピューレを合わせるという手法だった。

「焼いていないのに、ちょっと香ばしさが出るんです。コーン茶をベースに使ってる人は、他にいないんじゃないかなと思いながら作ってます」


1年を通して、さまざまなスイーツの企画を実施する京王プラザホテルにおいて、メニュー考案の期間を長くとることは難しい。しかし、今回のかき氷に関してはうまくいく確信が山﨑にはあった。酒粕も西京味噌も、実は2〜3年前から自宅でかき氷機を買って試作していたのだ。

山﨑 光行がつくるスイーツを、食べてみたくなる理由

山﨑には「人類は皆、バニラが好きだ」という持論がある。

「世の中の美味しいお菓子って、だいたいバニラが入ってるんですよ。チョコレートにも入ってる。人間って、ちっちゃい頃からバニラ風味のものにちょっとずつ慣れ親しんでいて、潜在的に好きになるようにできてるんじゃないかと思ってます。だから、私はほとんどのスイーツにバニラを入れているんです」

半分冗談のような話しぶりだが、根底にあるのは「人が美味しいと感じる王道を外さない」という姿勢だ。王道を踏まえたうえで、変化を加えるからこそ、美味しい進化系スイーツが生まれる。

これから——一度きりの人生だからこそ

夏が終われば、次は秋に向けたスイーツの企画が待っているが、すでに構想はあるという。

「みんなが慣れ親しんでいるスイーツをホテルクオリティに引き上げたいと思っています。かき氷でいう『かき氷レベル100』みたいなイメージです(笑)。ホテルじゃないと味わえない、そんなスイーツを考えています。」


また、氷彫刻師としても、技術を磨き続けていく。

「コンクールに出続けてもいいですか、って社内で聞いてみたんです。そうしたら『頑張ってください』と言われたので、『じゃあ出続けますね』って答えました(笑)。すごく内輪の話なんですけど」

「一度きりの人生なので、自分がやりたいことができなくなるのは、ちょっと違うかなと思っていて。表現する場がないと、なんだか自分が死んでいくような気がするんです」

天ぷら粉のクッキーから始まり、料飲宴会部での経験、コンクールで幾度となく重ねた反省、そして氷を削りながら見つけた「引き算」の哲学——山﨑光行という人間の中では、このすべてが一本の線でつながっている。

だがその線を描いてきたのは、技術への探求心だけではない。1年目の上司や、ストレートな言葉の奥に愛情を感じる氷彫刻仲間との関係から学んだ、「人としてどうあるか」もそうだ。

「なぜうまくいかないのか」を自分で考えて、周りに意見をもらって、また試す。

この試行錯誤の末に、京王プラザホテルでは新しいスイーツが生まれ続けている。





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