グローバルな内視鏡医療を日本の医療現場へ――その黎明期を支えたエム・シー・メディカルの情熱と「医療現場本位」の組織が紡ぐ次世代への継承

エム・シー・メディカル株式会社(エム・シー・ヘルスケアグループ)

外科事業本部 本部長 井上 正行氏


内視鏡医療が普及する平成初期の原風景

1990年代、日本の医療現場では腹腔鏡を利用した手術をはじめとする「低侵襲医療」が急速に広がり始めていた。


それまで大きなメスを入れて切り開く「開腹手術」が当たり前だった外科医療に対して、内視鏡手術は全く新しい手技だった。お腹に数ミリから1センチ程度の小さな穴を数カ所開け、そこからカメラ(スコープ)や細い専用器具を挿入し、モニター画面を見ながら治療を行う。患者の体への負担を最小限に抑え、術後の回復を劇的に早めるこの技術は、医療の歴史において「100年に1度の大革新」ともいえる凄まじいインパクトを持っていた。


1990年代当時、内視鏡手術の適用範囲は胆嚢摘出などの消化器外科から広がり始めたばかりだった。その後、婦人科や泌尿器科へと大きく広がりを見せていくが、当時はまだ技術そのものが日本に定着しきっていなかった。そのため、従来の開腹手術よりもはるかに高度で繊細な器具のコントロールが要求されるこの手技は、医師にとっても看護師にとっても、「手探り」の部分が大きかった。


しかし、このイノベーションの日本における普及は、医師の技術と努力だけで進んだわけではない。手術室に必要な機器を確実に届け、使い方を共に理解し、医師や看護師とともに運用を整えていった販売会社(ディーラー)の存在も大きかった。


エム・シー・メディカル株式会社(MCM)の外科事業本部長・井上正行氏は、1995年11月からドイツの名門・カールストルツ製品の販売に携わり、内視鏡外科が日本の医療現場に根づいていく過酷な過程を見つめ続けてきた1人である。


当時の井上氏を突き動かしていたのは、戦略的な計算や小手先のマーケティングではない。「目の前の先生の信頼を絶対に裏切りたくない」「この本当に良い製品を現場に根付かせたい」という、営業としての純粋な熱意と圧倒的な情熱だった。


しかし、それは決して単なる根性論ではない。オペ室の取り回しを読み解き、医師や看護師の動き、視線、言葉にならない要望までを完璧に掴み取っていったその姿勢は、まさに顧客の想いに寄り添い抜く「現場本位」の原点だった。


内視鏡医療が成熟した現在において、かつてのような「未知の技術を世に広める」フェーズは過ぎたかもしれない。しかし、MCMの営業現場には、あの黎明期に培われた「地に足のついたスピリッツ」が今も脈々と息づいている。派手な新奇性を追うのではなく、時代が変わっても変わらない「誠実さ」を、いかにして若手社員へと伝承し、組織としての再現性を持たせていくのか。個人の想いや情熱から始まり、今やMCMのアイデンティティの1つでもある「現場本位な組織づくり」の試みに迫りたい。

人体模型を使用したカールストルツ製品の手技のデモを学ぶ井上氏(1990年代終わり)

留守電の嵐と一日数百キロの疾走

井上氏が新卒で入社した関西の医療機器専門商社から、1995年11月にMCMへと転職した当時、同社は世界のトップブランドであるカールストルツ製品の販売パートナーとなったばかりのタイミングだった。


「あのカールストルツ製品を扱える」と井上氏は胸を躍らせたという。しかし、高揚感も束の間、配属された現場で待っていたのは、その期待感を容易に挫くほどの圧倒的な「やるべきことの量」だった。


当時のMCMは、総合的にさまざまな医療機器を扱っていた。しかし、内視鏡外科という特殊な領域における選定基準や、複雑な手技への理解、医師の細かな傾向、そして購買決定に至るプロセスなどの社内蓄積はまだ浅い状態だった。そのため、ノウハウをゼロから確立し、新しい医療文化を日本の現場へ浸透させてしていく役割を、わずかな人数で担わなければならなかったのである。


井上氏の担当エリアは近畿から中国・四国地方に及んだ。それを自身も含むわずか3人の営業担当者で東奔西走する日々が始まった。1日に社用車で数十キロ、時には数百キロを移動するのは当たり前の毎日だ。当時の携帯電話は、端末やキャリアの仕様で留守電の受付数が最大で「64件」までに制限されている時代だった。だが、病院を出て移動の合間に画面を開くと、その64件の枠がすべて埋まっていることすら珍しくなかったという。


「常に留守番電話の残り件数、折り重なっていく着信履歴との戦いでした」と井上氏は振り返る。医師からの緊急の呼び出し、機器の確認、至急の注文。病院への訪問も、じっくり腰を据えて話す余裕などなかった。普通であれば心が折れてしまうような過酷な環境だが、井上氏の心にはそれ以上の「内視鏡医療が普及する現場にいるという高揚感」と「患者さんのアウトカムに帰結するミッションへの納得感」があった。


「自分が今扱っているのは単なる機器や機械ではない。きっと医療の歴史をひっくり返すイノベーションであり、目の前の患者の苦痛を劇的に減らすことができる最高峰の製品だ」という強い自負があった。このビジネスとしての計り知れない面白さと、社会的意義の深さに魂を揺さぶられたからこそ、井上氏はあの想像を絶する激務を確かなエネルギーを持って駆け抜けることができた。


そんな極限の忙しさの中でも、あるいは切迫した時間の中だからなのかもしれないが、コミュニケーションは常に「結論ファースト」であり、医師とは必ず「本音ベースで付き合うこと」を大切にしていた。


一般的な営業であれば、自社製品を売りたいがために「できます、やれます」と答えてしまいがちだ。しかし井上氏は、本当に自信を持ってお勧めできるものは熱を込めて伝える一方、医師のニーズや考え方に合わないと判断したものは、「これは先生には合いません」「私はおすすめできません」とズバッと伝えた。


一見、淡泊にも思えるその対応の裏には、「先生の先には患者さんがいる。絶対に嘘はつけない」という愚直な誠実さがあった。この営業側の「本気」と命を預かる医師の「本気」が合わさったとき、確固たる信頼関係が生まれ始める。お互いに求め合うものが分かっているからこそ、「阿吽の呼吸」で商談を進めていくことができる。


時として2000万円を超える高額な納品であっても、医師のもとへ急ぎ足で向かい、わずか10分で対応を済ませ、また次の病院へ向かうために足早に社用車へと戻る。「必要なものを必要なときに届ける対応は苦しみと緊張の連続でしたが、どこかハイクラスのドイツ車を扱うような誇らしさも感じていました」と笑みをこぼす。

近畿・中四国エリアを駆け巡っていた時代の井上氏、当時の同僚とともに(1996年)

「オペ室の呼吸」をつかむ黒子の役割

井上氏の営業活動は、信頼の深化とともに「段階」を追って進化していった。「最初からすべてがうまくいくわけではない。1つずつステップを踏んで、関係を深くしていくことが大事なんです」と語る。


最初は製品の納品や丁寧な商品説明から始まり、誠実な対応を積み重ねることで、本当に信頼され、期待されるようになる。そのステップを上りきった先に、ようやく「オペ室の中まで入れてもらえる」という切符が手に入るのだ。


それは単に物理的な入室を意味しない。まさに「堂に入る」という言葉の通り、院内の最奥部へ入ることを許される信頼関係と、その世界の空気に馴染んで振る舞いが「深く精通していく」プロセス。その2つがきれいに重なったとき、ディーラーは組織やビジネスの壁を越え、医療機関の「本当の一部」として外科医療を一体的に考える機会を許されるのである。


一般に、病院における手術は分刻みの業務の流れで動いている。患者の予定入院が決まると、まずは医師や看護師による術前カンファレンス(症例検討会)が実施され、手術の綿密な計画が立てられる。そこから手術、その後の術後管理(リカバリー)にいたるまで、すべてのプロセスがリレーのようにつながっている。この一連の流れの中で、医療機器の不具合や準備不足によって進行が滞ることは、患者の安全や病院の信頼を揺るがしかねない。だからこそ、機器を届ける営業担当者であっても、実際に現場で何が行われているのかを深く理解しておくことが重要だ。


井上氏は医師ではなく、看護師などの医療資格を持つ立場でもない。しかし、自らオペ室に入り、手術の流れを見つめ、当時の質の低かったモニターに映し出される手技の1つひとつを必死に吸収していった。


どのタイミングでスコープが挿入されるのか。医師がどの器具を求めるのか。そして、医師の横に立つ看護師が、どの順番で機器を準備し、どう器具を受け渡しているのか。職種を越えたスタッフの動きと機器の取り回しが1つの流れの中で動く、その呼吸を自らの体に染み込ませていったのである。


当時はまだ技術そのものが日本に定着しきっていなかったため、執刀する医師だけでなく、サポートする手術室の看護師(オペ看)も手探りの状態だった。器具のコントロールに苦労する現場を間近で見つめ続けた井上氏は、やがて「オペ室の呼吸」を完全に掴んでいく。医師の素早い指示に対して、オペ看が次に何の器具を出せばいいのか一瞬まごつくような場面。そこで「次はこれやー!!」と、心の中で応援できるくらいまで現場の呼吸が身体化されていた。こうした泥臭いコミュニケーションの積み重ねがまだ手探りだった当時のオペ室において、一体となって手術を乗り切るための安心感につながっていった。


また、単に現場を見るだけにとどまらず、新しい技術を学びたいと願う若い医師たちのために研修の機会も企画した。内視鏡手術において卓越した手技を持つトップ医師がどのような動きや判断をしているのか。そのコツや勘所を伝えていく場を作ることも、ディーラーの重要な役割の1つだ。

エム・シー・メディカル株式会社の社内にて取材に応じる井上氏

カタログだけでは提案できない

井上氏が配下の若手社員に営業の経験を求めるのも、この現場主義があるからだ。「早い段階からマーケティングや経営企画といった業務を志向する若手もいます。もちろん、医療機器の販売において欠かせない機能ですが、医療現場を知らないまま、医療機器の価値を伝えることは難しいでしょう。カタログ上のスペックを理解することと、手術室でその製品がどのように使われるかを理解することは本質的に違います」と喝破する。


どれほど優れた機能を持つ機器であっても、それだけで目の前の命が救われるわけではないからだ。


「使いやすいかどうか、先生が信頼するに足る製品かどうかは、カタログやマニュアルの文字からだけでは読み取れません。製品ごとの使いにくさ、医師が感じるストレス、信頼性、製品のムラのなさ。それらはすべて、手術室で実際に何が起きているのかを知ることでしか見えてこない。現場の事実を知り抜くからこそ、顧客への提案に確固たる理論武装ができるんです」


人が命を預け、医師や看護師が極限の緊張感の中で戦っている手術室。その場に実際に立ち、独特の空気感を肌で吸うことなしに、病院側の切実な気持ちや言葉にならない要望を本当の意味で理解することはできない。


医療の世界は極めて特殊な生態系だ。そこは専門的な職能を持った集団によるギルド(職業組合)的な連合体である。医師、看護師、臨床工学技士――それぞれが高い使命感を持って仕事に臨んでいる。この特殊な生態系において、単なるビジネスの枠組みやロジックだけで医療機関からの本当の信頼を勝ち取ることはできない。組織を越え、ビジネスを越えて、医療現場の「一部」として一体的に考える領域にまで踏み込んで初めて、彼らはパートナーとして心を開いてくれる。だからこそ、言葉にならない現場の「暗黙知」を丸ごと呑み込むことが、ディーラーには何よりも大切だと井上氏は考えている。


「医療の世界は、人情、義理、心意気がけっこう大事な世界なんです。社会的なルールやビジネスのロジックはもちろん必要ですが、究極的には『患者の心身を良くしたい』と心から願う善き人たちの世界でもある。だからこそ、現場を知り抜き、そこをどうにかうまく良い方向にもっていこうとする私たちの善き心――つまり、組織の壁を越えて相手と一体となり、プロとして現場を支え抜く覚悟こそが、実はビジネスを切り開いていくことになる。回り道のようだけど、これが本質だと思います」


徹底的に現場へと入り込み、顧客の期待に応えられたその先には、1人の患者の人生がある。さらに、自分たちが届けた機器や研修の機会を通じて、医師や看護師が新たな手技を体得し、それぞれのキャリアを切り拓いていく瞬間にもつながっている。日本の高度な医療提供体制の一翼を、自分たちの働きかけが確かに支えているのだという自覚と誇り。これらは、オペ室の呼吸に寄り添い、泥臭く現場に通い詰めた人間にしか決して体得できないものだ。


成熟期を迎えた現代の医療業界において、求められる営業のスタイルは変わっていくかもしれない。しかし、時代がどう変わろうとも、MCMの営業の根底にあるべきなのは、「顧客の息遣いや想いを受け取る力(感受性)」であり、人と人との関係を深めていくための高い人間力、そして「かわいげ」である。


井上氏は、この言葉にするのが難しい「人間力」や「気遣い」を、ある身近な例え話で若手に説明することがある。


「例えば、みんなで居酒屋に行って、テーブルに運ばれたビールが少し足りなかったとする。その後、最後に追加で届いたばかりのビールがある。前に来たビールと、最後に来たビールの差なんて、時間にしてわずか1〜2分程度のことかもしれない。でも乾杯前にその『少しでもフレッシュで冷えたビール』を当たり前のように自然と相手に渡せるかどうか」


これは、単なる飲み会のマナーや処世術の話ではない。どんな小さな場面であっても、目の前の相手を心から思いやり、深い敬意を抱いているか。その純粋な気持ちは、日常のほんの些細な仕草や行動にこそ温かく滲み出るものだ。相手の心地よさのためにどれだけ心を砕き、目に見えない気配りの細部を磨き上げていけるか。誰かのために自発的に動くという、理屈だけでは説明しにくい「感受性」や「人間力」こそが、実はすべての仕事の根底にある。


現在、管理職として組織の再現性づくりに挑む井上氏にとって、何よりのやりがいは、配下の若手社員たちの中にその「感受性の芽」を見出す瞬間だという。それは、カタログスペックを押し付ける営業ではない。顧客のために緻密な段取りを惜しまず、相手へのリスペクトを込めた言葉と美しい所作が立ち表れ始めた若手の姿を見ることだ。居酒屋のビールのような小さな気遣いを、医療現場の医師や看護師に対しても自然と実践できている姿を見出すことは、マネジメントを担う上での大きな喜びとなっている。


医療機器ディーラーとしての価値は、扱う製品の強さだけで決まるわけではない。ものをいうのは、徹底した現場視点に立ち、市場動向を捉えて行動する姿勢だ。医療現場の声を聞き、メーカーと顧客の間で必要な調整を担う人材がいて初めて製品は現場に根付く。


かつて手探りの黎明期に、1人の営業として「信頼を裏切りたくない」という情熱から始まった現場主義。それは時代に応じて少しずつ形を変えながらMCMのアイデンティティ(遺伝子)として、今も次世代の組織へと確実に受け継がれている。




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