香川の小さな水産会社が、「海老で日本一」を目指す理由
🔳一尾のロブスターとの出会い
香川の片隅にある、小さな水産加工の会社。そこから私は本気で、「日本一の海老ブランド」を目指しています。無謀に聞こえるかもしれません。でも、そう思うようになったのには、理由があります。
始まりは、海老とは縁もゆかりもない少年時代でした。
小学生で始めたレスリング。私はそれが大好きで、毎日夢中になって練習に打ち込んでいました。

1994年、サンフランシスコにて(ニット帽が船田)
そんなある日、遠征で訪れたアメリカ・サンフランシスコ。試合の後に立ち寄ったレストランで、窯で豪快に茹で上げられた特大のロブスターが運ばれてきました。ひと口食べた瞬間、こんなに美味しいものが世の中にあるのかと、子どもながらに驚いたのを、今でもはっきり覚えています。「美味しい」なんて言葉では、とても足りない。それが、私が初めて“海老”を意識した瞬間でした。とはいえ当時の私は、この一尾がやがて自分の人生に大きな影響を与えることになるなんて、思いもしませんでした。その後も、レスリング漬けの毎日は続きます。高校では県代表に選ばれ、卒業後は全国トップクラスの強豪チームがある大学へ進学しました。仲間と汗を流し、ライバルと本気でぶつかる日々。あのロブスターの記憶は、心の奥深くで静かに眠ったままでした。
🔳地元・香川へ。そして海老の世界へ
大学を卒業した私は、生まれ育った香川が好きで、地元に戻って働きたいと考えていました。そうして選んだのが、高校時代から付き合っていた彼女 ― 今の妻 ― の実家が営む、水産加工の会社です。義父が漁師として営むその会社は、瀬戸内海の魚介や海外の海老を、お寿司のネタに加工する仕事をしていました。あのサンフランシスコの記憶が、見えない糸で私を海老へ引き戻したのかもしれません。
けれど、待っていたのは厳しい現実でした。当時の会社は発展途上で、課題は数えきれないほど。市場は目まぐるしく変わり、国内の水産業界は高齢化が進み、製造はどんどん海外へ ― 業界そのものが、冷たい向かい風の中にありました。しかも、レスリングしか知らなかった私には、水産の経験も知識も、何ひとつありません。それでも私は、この場所で何かを成し遂げたかった。「お客様が本当に求めているものは、何なのか」。答えの見えない問いを抱えて、長い挑戦が始まりました。
うまくいかない日々の、その先に
そこからの日々は、華やかさとは無縁でした。
全国の水産のプロを訪ね歩き、頭を下げては教えを乞いました。少しでも良い商品を作りたい一心で、日付が変わるまで試作を繰り返す夜が、いくつも重なりました。地道で、泥臭くて、報われない時間。それでも私は、海老から離れられませんでした。苦しさの奥で、「この海老には、まだ誰も引き出せていない可能性がある」― そんな手ごたえを感じ、いつしか「海老にすべてを賭けてみたい」とまで思うようになっていたのです。
向き合うほどに、その思いは確信へと変わっていきました。栄養価が高く、和にも洋にも、主役にも脇役にもなれる万能さ。そして「長寿」「繁栄」という縁起を宿した、特別な存在であること。知れば知るほど、私は海老に惚れ込んでいきました。

海老を求めて、世界の産地へ(インド)
🔳世界の海をめぐり、たどり着いた答え
やがて私は、ひとつの揺るぎない確信にたどり着きます。「海老は、生で食べるのが、一番美味しい」。世界中の海老を味わい尽くした末の、私なりの答えでした。
ところが、ここには大きな壁がありました。その最高の味を、家庭で楽しむのは簡単ではありません。生きた海老を買い、殻を剥き、下処理をする ― ふだんの暮らしの中で、そこまで手をかけるのは、なかなか難しいことです。「この美味しさを、もっと手軽に、もっと多くの人へ届けたい」。その想いが、抑えきれないほど大きくなっていきました。

現地の漁師とともに(インドネシア イリアン海域)
🔳こうして「海老乃家」は生まれた
答えを形にするには、長い時間がかかりました。培った目利きと加工技術、現地の人々と一から築いた信頼、そして獲れたその場で鮮度を閉じ込める船上凍結。それらをつなぎ合わせ、ようやく「お刺身でも食べられる、おいしい海老」=海老乃家が生まれたのです。
2020年、私はこれまで海老に注いできたすべての想いを込めて、「海老乃家」というブランドを世に送り出しました。掲げた言葉は「海老の可能性を、もっと。」。挑んだクラウドファンディングMakuakeでは、目標の1234%もの応援が集まりました。顔も知らない方々が、私たちの海老に期待を寄せてくださる。ずっと裏方で働いてきた私が、初めて受け取った“お客様の声”でした。
その後もお客様の声をもとに、海老の新しい可能性を、一つひとつ形にしていきました。旨味の詰まったカンジャンセウ、忙しい毎日に寄り添う揚げない海老フライ、そして縁起物にふさわしいギフトセット ― 気づけば、その品数も増え、一尾のむき海老から始まった食卓が、こんなにも豊かに広がったのです。まさに「海老の可能性を、もっと。」を、お客様と一緒に育ててきた5年間でした。

海老は、和にも洋にも。広がる“海老の食卓”
海の神様の参道に、店を開く
そして2025年4月には、金刀比羅宮の参道22段目に、初めての実店舗を構えました。金刀比羅宮は、古くから漁業や航海を見守る「海の神様」として親しまれてきた場所。海の恵みである海老を、縁起物としてこの参道でお届けする ― 私たちにとって、これ以上なく意味のある一歩でした。看板商品は、できたての「参道海老のあられ揚げ」。ひとつに天然海老を5〜6尾も使った、海老専門店ならではの贅沢な一品です。このあられ揚げを通じて、海老乃家の海老をたくさんのお客様に召し上がっていただきました。参道で頬張るその笑顔こそ、私が届けたかったものそのものでした。
参道えび 海老乃家 こんぴら店(金刀比羅宮 参道22段目)

参道海老のあられ揚げ(ひとつに天然海老5〜6尾)
🔳目指すのは、日本一の海老ブランド
香川の小さな水産会社が、なぜ「日本一」を目指すのか。それは、最高の海老を自分たちの手で届けることこそ、私の使命だと信じているからです。つくる人、食べる人、贈る人 ― 海老に関わるすべての人を、笑顔にしたい。
目指すのは、「海老なら海老乃家だよね」と、真っ先に思い出していただけるブランド。日本一の、その先には、世界の食卓も見据えています。サンフランシスコで一尾の海老に心を動かされたあの少年の挑戦は、まだ始まったばかりです。海老の可能性を、もっと。
海老専門店「海老乃家」
代表 船田 裕亮
運営:FGROW JAPAN株式会社
● ECサイト:https://ebino-ya.jp/
● 参道えび 海老乃家 こんぴら店:https://konpira.ebino-ya.jp
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