1996年設立の茂山組、評判の裏にある「挑戦」と変革の物語

1996年設立以来、建設業の枠を超え、いち早く太陽光事業や多角化経営へと舵を切ってきた株式会社茂山組。
より良いものを自ら作るという職人の意地と時代を生き抜く柔軟な発想は、いかにして現在の信頼へとつながったのでしょうか。
実績や数字だけでは語れない波乱万丈な挑戦の軌跡と、「四方よし」を貫く独自の経営哲学について、川田社長にお話をうかがいました。
1996年設立からの変革と、2003年『太陽光参入』の決断

ー貴社は1996年設立以来、建設業として歩まれてきましたが、2003年というFIT(固定価格買取制度)以前の極めて早い段階で太陽光事業へ舵を切りました。ブログでも「自ら考え、行動する」ことの重要性を説かれていますが、当時のまだ海のものとも山のものともつかない太陽光市場に対し、代表が確信した「勝算」と、社内を納得させるまでにあった「挑戦」のストーリーをお聞かせください。
川田社長:
かつて建設業界を支えていた公共工事が、国の方針転換によって「コンクリートから人へ」という時代へと突入しました。私が30代半ばで、ようやく建設業で食べていけると思えた矢先のことでした。
「このままでは危ない、状況を変えるためには自ら行動するしかない」という危機感があり、以前から興味を抱いていた太陽光発電に目を向けたのです。
お客様に受け入れられるか?は未知数でしたが、専門の事務所を西大寺に構え、自ら営業を開始しました。
そして2週間目、忘れもしない古市さんという方が「私が実験台でやってやる」と初めて設置してくださいました。
その後、「この太陽光発電は素晴らしい」とご満足いただき、次々とお知り合いを紹介してくださいました。この奇跡の出会いが大きな自信となり、今の茂山組の基盤として続いています。
建設工事、太陽光工事にとどまらず、架台のトップメーカーへとなった背景

ー2011年にはアルミ製架台の自社開発(特許取得)を成し遂げられ、「建設」だけでなく「メーカー」の機能も持たれました。なぜ多くの架台メーカーが存在していた時代に「開発」を自社で行い、勝ち残ってこれたのか?また茂山組が品質や顧客からの評判に対して、どのような責任を果たそうと考えられた結果なのでしょうか。
川田社長:
当時、産業用ソーラーを手掛けようにも、世の中には住宅用に開発された架台しかなく、屋根や陸上に乗せるための「架台」が存在していませんでした。
それならばと、長年の建設・土木のノウハウを活かして自社で架台を開発し、のちにドイツ視察を経て日本の気候に合うアルミ製架台を生み出しました。
架台の開発は自社で行います。それが成功し多くの支持をいただけるようになったのは、私たち自身が架台を使って工事を行うユーザーでもあったからです。
私たちにはそれまでに数千件にも及ぶ工事実績があり、お客様の設置場所の様子や、必要な耐久性や強度を誰よりも理解していました。
また、施工する立場から、施工のしやすさや重量や運搬方法なども考慮し開発しました。そのおかげで茂山組の架台は使いやすいと多くのお言葉をいただけるようになりました。
日本は欧米に比べ狭い国土で太陽光発電の設置場所も限られます。弊社には「こういった場所で付けたいのだが」というニーズが多く届けられています。これからもさらに優れた商品を開発し、日本の国土の太陽光発電の普及に寄与したいと考えています。
多様性を力に変える、これからの『茂山流』プロフェッショナル集団

ー多角的な事業を展開し企業規模が拡大していく中で、組織づくりにおいて社長が現在最も大切にされている価値観や、現場の社員に求めている「プロフェッショナルのあり方」についてお聞かせください。
川田社長:
私は、金子みすゞさんの「みんなちがって、みんないい」という言葉の通り、組織づくりにおいて、多様性を生かす精神に重きを置いています。
社員全員が同じように万能である必要はありません。一人ひとりのできること、得意なことを結集させ、結果として生み出される製品やサービスを一流のものに仕上げていきます。
それぞれの個性がパズルのように組み合わさり、チームとして最高のパフォーマンスを発揮することこそが、これからの茂山組が目指すプロフェッショナルのあり方だと考えています。
独創的なプロモーションと『信頼』のバランス

ー「茂ちゃん」などのキャラクターやインパクトのあるCM展開は、貴社の遊びと親しみやすさを感じさせます。一方で、実業では一貫して堅実な施工技術を貫かれています。この「親しみやすさ」と「プロとしての厳格さ」という両極端な要素を、経営においてどのように融合させ、ブランディング(評判形成)に活かしていらっしゃるのでしょうか。
川田社長:
「茂ちゃん」「アマグモン」「そらまめくん」彼らをもっと有名にしてアニメでも作りたいんです。(笑)
仕事と遊びは昔の人は分けて考えていたそうですが、私は日々の仕事も楽しんだほうがいいと思うんです。
お金のためだけに時間を使うのはもったいない。ぜひお仕事を趣味や娯楽にまで高めてもらいたいと思っています。
仕事ができる人は、やはり仕事が好きな人が多いように感じます。その人たちにとって仕事は趣味やゲームのように挑戦しがいのあるものであり、目の前の壁を乗り越えていくプロセスそのものを楽しんでいるようです。
そうした挑戦のなかにこそ、仕事の本質的な楽しさがあるのではないでしょうか。
そういった会社にするため経営責任者としてどうすべきかよく考えることがあります。
一つは「安定した経営」が必要です。経営不振では社員も楽しむ事はできません。
二つ目は「変化・進化」です。世の中の変化に先回りして社員を導くことです。会社の中では常に新しい情報を取り込み、みんなで進化していくよう努めています。
三つ目は「謙虚さと感謝」です。自らに満足せず、自己を否定できるかどうかが重要です。 会社が安定しブランディングされはじめると、とかく人は天狗になったり、偉そうになったりしてしまいがちだからです。
しかし結局はお客様の支持があって初めて我々の会社は成り立ちます。お客様への感謝を忘れず、日々精進し、自分を進化させ、壁を乗り越えていく過程こそ、人生を楽しむということにつながっているのではないかと考えます。
『碧水園』や海外観光業が描く相乗効果

ー建設・エネルギーの枠を超え、後楽園内での飲食事業「碧水園」や海外観光業「NEXUS RESORT」など、多角的なグループ展開をされています。一見異なる分野に見えますが、これらは「地域貢献」や「顧客の人生を豊かにする」という目的において、代表の中でどのようにつながっているのでしょうか。多角化経営によって生まれる、茂山組ならではの価値についてお聞かせください。
川田社長:
碧水園は大政奉還まで池田藩の船を運航し、お城と後楽園を結ぶ交通機関でした。
お城が岡山市のものとなり、後楽園が県のものとなり、碧水園は食堂と手漕ぎボートのレジャー産業へと進化しました。
その後2015年、茂山組に譲渡の話があり、改装後現在カフェボートレストラン事業として多くの観光客を迎えることができています。
ネクサスリゾートは私がヨーロッパの企業と知り合ったきっかけで、バルセロナに憧れて作った現地旅行会社です。現地で素晴らしい社員に恵まれ、多くのお客様を獲得し、サッカー観戦や現地結婚式、そしてスペインから日本への旅行事業を展開しています。
茂山組という名はいかにも建設会社という名ですが、建設にとどまりません。昨今の新規事業は有料老人ホーム所有や架台のアメリカ販売、コロナ時は児島マスクというブランドを立ち上げ、通信販売も行っています。
それらが「会社の役に立っているのか?社員への影響は?」といわれれば、大いに主要3事業にも役に立っています。
例えば弊社の広報部もさまざまな分野の広報を担当し多くの知識が備わっています。
しかし最も大事なことは、経営者である私自身や社員の視野を広げ、変化する時代を生き残るためのアイデアや行動力を身に付けることだと考えています。多角化経営は、まさにそのために活きています。
そういった意味では、他の建設会社を一歩も二歩もリードしていると確信しています。今後はM&Aなどにも挑戦し、さらなる成長を図る方針です。
30年の歴史と評判の先にある地域・社会への使命とは

ー 設立から30年という長きにわたり、数多くの施工実績と確かな信頼を積み上げてこられました。エネルギー自給や災害対策への関心が社会全体で高まる中、貴社は岡山から日本全国へ向けて、どのような「安心の未来」を届けていきたいとお考えでしょうか。
川田社長:
岡山の偉人熊沢蕃山をご存じでしょうか?勝海舟が最も尊敬した人物で儒教の先生です。
県の文化財閑谷学校(庶民の日本最初の学校)にその活動が描かれています。
江戸時代日本中の山々は木が伐採され砂漠状態だったそうです。それは人々が釜戸で食事をしたり風呂に入ったりと文化が芽生え、木というエネルギーを取り合ったせいです。
そのため江戸時代は伐採のせいで洪水と凶作で人々は苦しんでいたそうです。熊沢蕃山は幕府に植林を呼びかけ、日本中に木を植えた人です。その後日本は洪水や凶作が減っていきます。
私はこの熊沢蕃山の精神にあこがれ太陽光発電の普及に努めています。地球温暖化を食い止めたいと思っています。
茂山組の太陽光発電の普及や架台に伴うCO2削減量は今現在で約東京ドーム1万個分の森林再生に寄与したことになっています。しかし、まだまだ足りません。世界中で太陽光発電が増えなければなりません。
さまざまな利害を持つ政治や企業が、「地球温暖化は嘘だ」という意見もあるようですが、弊社は地球温暖化の原因は人間の責任であると確信しています。これが私の信念であり、茂山組のテーマの一つです。
未来を共に創る仲間へのメッセージ

ー今後のさらなる飛躍に向け、貴社の「挑戦」を共に担う次世代のメンバーたちへ、代表が期待することをお聞かせください。ブログで綴られている「自ら考え、挑戦する」という精神を継承し、次の時代の茂山組ブランド(評判)を築いていく仲間へ、力強いメッセージをお願いいたします。
川田社長:
本格的なAIの時代が到来しました。いつかは「ロボット職人」が現場で活躍する時代も来るでしょう。
実は、弊社のキャラクターである「茂ちゃん」もそのロボット職人を表しています。
時代は必ず変化します。恐れることなく、我々自身も進化していきましょう。進化しなかった企業に生き残る道はありません。
私はこれからも、どんどん新しいことに挑戦しながら、社員たちを幸福へと導いていきます。
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