変革は現場から始まる――吉田松陰に学ぶ生産DX
「何なんだ、これは!」
2023年、柴山昭宏は製造業のDXソリューション展示会で立ち尽くしていた。
AIを利用した図面検索システム、外観検査AI、AR作業ナビゲーション、AGV等の自動搬送システム…目の前にあるのは、生産現場の業務を変革する最先端ツールの数々。まるでテーマパークにいるような感覚だった。
しかし同時に頭をよぎったのは、紙ベースで発注や在庫管理をしている自分たちの工場の姿。
「ダルトンは10年以上も前のやり方のままだ」
衝撃と焦り。
しかし同時に、柴山の胸は高鳴っていた。
「遅れているからこそ、大きく変われる」
そう思った。

研究施設向けブランド「MAGBIT」のドラフトチャンバーを背にする柴山昭宏
イトーキグループの主要子会社である株式会社ダルトン(本社:東京都中央区、代表取締役社長:澤田 正)は、研究施設で使われる局所排気装置や実験台を主力事業とする。柴山は、静岡県藤枝市の生産拠点をまとめる施設機器事業部の生産統括部長だ。多くの志士を世に出した吉田松陰に影響を受けた柴山が、この3年で進めてきた生産現場の変革を振り返る。
現場をよく知る男の、拭えなかった違和感
2011年、ダルトンはイトーキの連結対象子会社となったことで、転機が訪れる。それまで物流拠点だった静岡が生産の拠点として生まれ変わり、ドラフトチャンバーや実験台といった研究施設で使われる設備の製造が始まったのである。イトーキの生産現場の知恵を借り、考えを取り入れながら土台を築き上げてきた。
大阪で調達業務を担当していた柴山も、2015年に静岡へ転じ、生産の現場に加わった。
その過程で柴山は、言語化できない泥臭い努力や技術、知見が、現場の社員一人ひとりにあることに気づく。積み重ねてきた自らの仕事に、社員たちはもっと自信を持っていいはずだ――そう感じるようになっていた。
一方で、日々の業務に追われていることに釈然としない思いも感じていた。
ダルトンの製品は顧客の要望を形にするための特注品が多い。規格図をベースに、高さや幅、取付ける機器、穴の位置などをカスタマイズして設計していく。しかし、参考になりそうな過去の図面を探そうとすると、普段から設計に携わっている社員でさえ、目的の図面にたどり着くまで多大な時間を要していた。ファイル名やフォルダ名から記憶を頼りに探すしかなく、開いてみると形状が異なるケースも頻発。図面探しだけに一人あたり月平均10時間ほど費やしていたのだ。
また、製品の組み立てマニュアルも保管場所が点在し、紙のまま残っているものも多く、結局はベテラン社員に直接尋ねる属人化が常態化していた。
生産管理部長を務めて8年。現場の改善を進めてきた自負はあったものの、柴山にはどうしても解決できない大きな壁が立ちはだかっていた。それが「ロジスティクスのシステム化」だ。
特注品が多いダルトンでは、製品の積み込みや配車、在庫管理の多くが紙ベースの手作業。熟練社員の「勘と経験」に頼る属人化から脱却できずにいた。
「ダルトンのロジスティクスをシステム化しなければ、現場の努力は報われない」
その解決策を探すため、柴山は2023年に展示会へと足を運んだのである。
そこで目にしたものこそが、冒頭の光景だった。

調達から生産、物流まで取り組みの幅は広い
一人では出来ないことがある
会場の熱気から離れ、頭の中を整理するうちに冷静な現実へと引き戻された。展示会場で見たツールはどれも魅力的で、可能性に満ちていた。しかし、これほど大きな変化を柴山一人で推進するのは、限界がある。現場を動かすには、同じ熱量で未来を描ける「仲間」が必要だった。
そんな折、展示会場で名刺を交換した一社から柴山のもとへ営業の連絡が入る。
提案されたのは、類似図面を瞬時に見つけ出し、過去の知見を資産化する図面データ活用ツールだった。
設計や現場の負荷を大きく減らせる可能性があると感じた柴山は、生産設計部の鈴木啓介に対応をお願いすることにした。
後日、柴山のもとにやってきた鈴木の様子を見て、柴山は驚くことになる。
普段は感情を大きく表に出さず、常に冷静で穏やかな鈴木が、その日は目を輝かせて熱く語りかけてきたのだ。
「柴山さん、このシステム、本当にすごいんです! 過去の類似図面や見積データが一瞬で呼び出せる。これなら図面を探す時間も劇的に減ります。僕たちが探していたのはこれですよ!」
あの静かな鈴木が、ここまで身を乗り出してツールへの期待を語るとは――。 現場の最前線にいる人間が、同じように変化の必要性を感じ、未来の可能性に胸を躍らせている。その熱量が、柴山の背中を強く押した。
「仲間がいるなら、やってみよう」
柴山の心に固い決意が宿った。一人きりの挑戦ではなくなった瞬間だった。
一人ではない――その確信は、少しずつ工場内へと伝播していった。
柴山は現場の人間を巻き込む動きをさらに広げていく。翌年の展示会には、現場の従業員5名を連れて会場を訪れた。さらにその翌年には10名へと規模を拡大。柴山一人ではなく、現場で汗を流すメンバー自身が「最新のテクノロジー」に直接触れる機会を作ったのだ。
会場を巡りながら、「これはうちの組立に使えるんじゃないか」「このシステムならあの手戻りを減らせるかも」と、従業員たちの目が輝き始める。
会社に帰ると、メンバー同士でプレゼンテーションを実施。「このシステムを使いたい」「自分たちの業務がどう変わるか」を語り合い、どのツールを導入すべきか喧々諤々の議論を重ねた。
議論の中で柴山たちが最も大切にしたのは、「現場の全員が使いこなせるか」という視点だ。いくら機能が優れていても、現場の従業員のデジタルスキルに合わず、一部の人しか使えないものでは意味がない。現場を動かす一人ひとりが主体となり、「自分たちが本当に使いたい」「いま本当に必要としている」を納得いくまで徹底的に話し合った。
トップダウンで押し付けるDXではなく、現場の意思で選び、育てていくDX。
かつて紙と勘に頼り切っていた現場は、少しずつ、しかし確実に「自分たちの手で変革を起こす集団」へと生まれ変わりつつあった。
「僕一人では気付けなかった視点を、皆が発掘してくれる。やっぱり、一人では出来ないことなんです」

派遣社員から正社員登用されたメンバーらも、導入したシステムを皆が使いこなせるよう、積極的に挑戦している
泥臭い努力を重ね、技術と知見を積み上げてきた現場の社員たち。その仕事に、もっと自信を持ってほしい――。柴山が抱き続けてきたその想いは、敬愛する吉田松陰の「草莽崛起(そうもうくっき)」の教えと深く重なり合っていく。
「変革の主体は、いつの時代も草莽の志士である。上がただ決めるだけではなく、現場の一人ひとりが立ち上がって変えていかなければならない」
主役は汗を流してきた現場の社員たち自身だ。「自分たちの現場は、自分たちで考える」という覚悟が周囲へ伝播し、手さぐりだったDX改革は、現場の熱量とともに力強く加速していった。
芽生えた、三つの挑戦
こうして仲間と共に見つけ、選び取っていったツールが、いくつかある。図面を探す時間を大きく減らしてくれた製造業AIデータプラットフォームのCADDi(キャディ株式会社)。ベテランの技術を動画で残し、誰もが平等に学べるようにするマニュアルツールのtebiki現場教育(Tebiki株式会社)。そして今年9月から運用を始める、倉庫内の在庫の動きを可視化するWMS(株式会社Rights)だ。
いずれも、ただ導入して終わりではない。CADDiの運用を担う生産管理部の小梁雄也は「ようやく可動が始まった。今後は運用とルール作りに取り組みたい」と言い、生産設計部の原田誠一は「設計図の検索が格段に楽になった」と満足しながら、「ただ満足をするだけでなく、今後は設計前にミスを防ぐ仕組みを作りたい」と次の目標を語る。
動画マニュアルツールの導入時には、社員も派遣社員も分け隔てなく現場全員で意見を交わし、「もっともダルトンに合っている」ものとしてtebikiを選んだ。生産管理部の河村洋介は「ベテランの頭の中にしかなかったことを、若手がマニュアル化してインプットできるようになってきた」と話す。

若手の活躍が、職場に好循環をもたらしている
WMSの導入で活躍しているのは、昨年派遣社員として入社したばかりで20歳の山田直生だ。柴山は「山田はまだ若いが、IT系の学校で得た知識を活かして、どんどん新しいアイデアを出してくれる」と目を細める。現場に声をかけ続けてきた結果として、「若手があんなこともやってくれるんだ」という景色が、職場で少しずつ見えるようになってきた。
柴山の取組を後押ししてきた施設機器事業部長を兼ねる、田中智・上席執行役員は「柴山は現場の声を力に変え、生産DXを着実に推進してきた。この挑戦の輪を事業部全体へ広げ、ダルトンのさらなる成長につなげていきたい」と語る。
皆で立ち上がる文化を、次の世代へ
ダルトンの生産現場では、これまでの文化のうえに新しいものを作っていこうという動きが、確かに芽生え始めている。
自分たちが本当に欲しいと思うものに対し本気で取り組めば実現できる――その成功体験こそが、これからのダルトンを支える礎になっていく。本気で会社を変えたいと願う人の熱意を、今の現場は温かく受け入れてくれるはずだ。
これこそが吉田松陰が唱えた「草莽崛起」そのものである。
「今後は役職や雇用形態の垣根を越え、教え合う『相互学習』の機会を広げたい」と柴山は語る。
「新しいシステムは、むしろ若手や派遣社員の方が詳しいことも多い。一方的に教えるのではなく、互いの得意を持ち寄って学び合うことで、自分の長所に気づき、役に立つ喜びを感じられる。そうやって立場を超えて認め合う空気を作りたいんです」
一方的に教えられるのではない。押し付けられるのでもない。夢だと思うのではなく、実際に出来ると信じて取り組む、一人ひとりの従業員。
ダルトンの生産現場は今、次の段階へ進む準備が整いつつある。
「一人ひとりが立ち上がり、できないという固定観念にとらわれず、チャレンジする雰囲気に変わってきたのを感じる。今までの延長線上だけではなく、まったく新しい世界線で取り組めば、新しい扉を開けると思う」
柴山らが歩んでいる生産DXはまだ道半ばだ。しかし現場に芽生えた挑戦の連鎖は、ダルトンの新たな成長ストーリーを描き始めている。
【ダルトンについて】
ダルトンは、ラボや製造現場における研究・生産プロセスの構築を共創する総合エンジニアリング企業です。研究施設や製造工場の計画・設計から、装置選定、環境・安全対策、運用を見据えたソリューション、アフターサービスまで、「創造の、共創へ。」を経営理念に、研究施設からモノづくりの現場までを俯瞰した伴走をいたします。医薬、化学、食品、精密機械、半導体などの分野において、研究施設事業、粉体機械事業、クリーン機器・半導体製造装置などの各事業を展開し、創業85年以上にわたり、お客様の研究開発とモノづくりの現場に寄り添い続けています。
ダルトン公式サイト
研究施設向けブランド「MAGBIT」公式サイト
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