豊臣秀吉が稲田清蔵に宛てた文書2点=中津市歴史博物館
【中津】中津市歴史博物館で開催中の企画展「伝わる古文書~中津に残る豊臣秀吉文書の謎~」で、市内の個人宅で見つかった秀吉の文書2点が初公開されている。配下の武将、稲田清蔵(いなだ・せいぞう)に宛てた書状と朱印状。家系図なども展示され、中津と縁がある武将の人物像や功績が分かる史料という。11月3日まで。
2点は2024年12月、稲田家から家系図の調査依頼があった際に見つかり、同館に寄贈された。
書状は天正8(1580)年9月19日付、朱印状は文禄4(1595)年8月21日付。いずれも秀吉が平定した播磨国(現在の兵庫県)に領地を与える内容で、秀吉の花押や朱印がある。
稲田家の家系図には▽清蔵は秀吉に仕えた蜂須賀家の家老で、豊臣家滅亡後は浪人になった▽子孫は商人となって奥平家が豊前国に国替えで移った際、お供して来た―ことなどが記されている。
清蔵の名前がある秀吉の一代記「大かうさまくんきのうち」(国重要文化財)も展示(25日まで)している。
それぞれの史料からは、秀吉が小田原征伐に出陣する際、淀君ら女房衆を迎えるため、清蔵が派遣されたことなどが分かる。
吉川和彦副館長は「秀吉関連の新しい史料が見つかることは珍しい。清蔵の人物像や功績、中津とのつながりが今回の発見で補強された」と説明する。
企画展では、秀吉の家臣で讃岐国12万石の大名となった生駒親正にも注目。同市耶馬渓町に移住した末裔(まつえい)が保管してきた秀吉からの書状やかぶとも並べている。
開館時間は午前9時~午後5時。月曜休館。一般300円、中学生以下無料。18日午後2時からはギャラリートークがある。